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あなたの死を願うから 《短編小説》

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魔女が住むという城の見学ツアーに参加した青年は──。 文字数:本編 約30,000文字、番外編 約13,000文字の短編小説。 傾向としてシリアスとコメディ半々ではと。 最… もっと読む
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お姉さまと呼びなさい 1/2 《短編小説》

【文字数:約4,400文字】 ※ 終盤に暴力的・残酷な描写を含みます。 ※ 本作は『あなたの死を願うから』の番外編『あなたの声を聴かせて』の続編に当たりますが、未読でも問題ないと思います。  かつて私は魔女と呼ばれ、今は聖女として崇められている。  この世に救世主を遣わしたとされる存在ながら、住処にしている城の主が子供の頃に現れたとかで、私もその自称の聖女様とやらにあやかることにした。  たまに奇跡で人を救ってみたり、神がお隠れになったからとサボったり、やりすぎないよ

お姉さまと呼びなさい 2/2 《短編小説》

【文字数:約4,400文字 = 本編 3,400 + あとがき 1,000】 ※ あとがきは有料にしています。 ※ 暴力的・残酷な描写を含みます。 ※ 本作は『あなたの死を願うから』の番外編『あなたの声を聴かせて』の続編に当たりますが、未読でも問題ないと思います。  悪い空気を吐いているヒマそうな人間を数人集め、そのうちのリーダー格に前金を渡し、成功報酬を約束して野に放つ。以上。  とっても簡単な方法で人さらいの出来上がり。 「たーすーけーてー! あーれー!」 「おい

有料
100

あなたの死を願うから 1/8 《短編小説》

【文字数:約1,700文字】  目の前に置かれた年代物のゴブレットには、墓場の土を夜の闇で溶かしたような液体が注がれており、ぷつぷつと不規則に泡立つ音が鼓膜を叩く。  磨き上げられた石の食卓を挟み、絹糸と見間違えそうな白い髪の女が言った。 「もしも望みを叶えたいのなら、それを飲んでみせなさい」  友人に勧めるのと同じ口調と笑みを浮かべているけれど、夕暮れ色をした瞳から放たれる眼差しは鋭さを増し、対面する1人しかいない招待客の動きを縫い止めている。 「……わかりました

あなたの死を願うから 2/8 《短編小説》

【文字数:約2,000文字】  Back to 1/8 → 〇  バス同士がすれ違える幅の城門を抜け、中央広場へと向かう途中には観光客向けの店がいくつも並んでいた。 『兵士の詰所や食堂、武器庫などを改装した店内は見るだけで楽しいと思います。スタンプラリーも行っていますので、ぜひすべての場所を訪ねてみてくださいね』  お決まりらしい宣伝文句を明るい口調で話し、先に到着した観光客の集まっている店には、特徴や必見ポイントを間断なく添えていく。  すっかり平常運転になったバス

あなたの死を願うから 3/8 《短編小説》

【文字数:約2,500文字】  Back to 2/8 → 〇  城を取り囲む城壁の上を一周してから中に入り、ふたたび攻城戦の体験をした。  地震を体感するような部屋があるのかと思いきや、兜の形をしたVRゴーグルを渡されて装着すると、あちこちが破壊されている城壁内に立っていた。 「とても見晴らしが良いので敵軍もよく見えますね」  鎧を着たガイドが腕を上げ、ガントレットで隠した指先を外に向ける。  城壁の上から見えたのと同じ平野が視界に入り、さっきとは違う部隊編成だと

あなたの死を願うから 4/8 《短編小説》

【文字数:約4,100文字】  Back to 3/8 → 〇  やってくるはずの衝撃と断絶が訪れることはなく、貼りついてしまったような瞼をゆっくり持ち上げる。  痛いほどに浴びていたはずの陽光は柔らかく、どうやら室内にいると気づく。部屋の中央には磨き上げられた石の食卓が鎮座して、周りには美しい装飾を施された胡桃色の椅子が囲んでいる。  その場所が城の中だと気づいたところで、椅子に座っていた人形が口を開いた。 「やぁ、おはよう。よく眠れたかね?」  少女のようでもあ

あなたの死を願うから 5/8 《短編小説》

【文字数:約3,500文字】  Back to 4/8 → 〇  魔女についてくるよう言われ、食卓のあった部屋を出てから2つの階段を下りた。  途中で通りかかった窓から外を見ようとしたけれど、使われているのが曇りガラスらしく、滲んだ青空と城の灰色しか分からない。  そもそも城には大勢の観光客がいるはずなのに、聞こえてくるのは少し後ろを歩く甲冑の軋みだけだった。 「君が考えているとおり、ここはノルシュタイン城でもあるし、違う場所でもある」  白い絹糸のような髪が揺れ、

あなたの死を願うから 6/8 《短編小説》

【文字数:約4,100文字】  Back to 5/8 → 〇  墓地の階段を上り、来たのとは違う道を進んだ突き当りに扉があった。ここまで先導してきたのは魔女ではなく甲冑で、同行者たちの様子を確認するように後ろへと兜を向ける。 「安心しなさい。外は夜だから咎める者はいない」  魔女の言葉に頷いて、まるで中に人間が入っているような動きで扉を開ける。  途中に見かけた窓の色で予測していたけれど、すでに空は暗くなっていた。それでも城壁の上で燃える篝火が小さな太陽となり、温か

あなたの死を願うから 7/8 《短編小説》

【文字数:約3,000文字】  Back to 6/8 → 〇  教会の前に来ると、魔女は見上げるほどの高さがある扉に向かって話しかけた。 「ノルシュタイン城主が命じる。その懐に我らを導き給え」  すると扉の装飾に見えた妖精が、いかにも機械で作られた音声でもって応じる。 『よいでしょう。そなたたちに祝福があらんことを』  続いて金属の軋みと共に、重そうな扉がひとりでに開いていく。  日中に見学したときと同じ方法で足を踏み入れたけれど、月明りだけが差し込む夜の堂内に

あなたの死を願うから 8/8 《短編小説》

【文字数:約4,600文字】  Back to 7/8 → 〇  真意を測りかねている表情の魔女が、思い出したように指先で目尻の雫を払う。それでも言い返してこないので、より簡潔に力を込めて声にする。 「僕があなたの死を願います」 「……魔女の死を願うとは、気でも触れたのかね?」  抑えきれていない動揺の影を、「僕は正気ですよ」と一蹴する。 「あなたが僕に新たな呪いをかければいい。あなたは魔女でなくなり、僕は今までと同じように生きていく。お互いに益のある選択じゃありませ

あなたの死を願うから エピローグ 《短編小説》

【文字数:約4,700文字】 ※ 本作は『あなたの死を願うから』を未読ですと意味が分からないと思います。  遠くに城を眺める村の端に、レンガ造りの小さな家があった。補修を繰り返された外壁は所々で色の濃さが違うため、どこか曇り空を描いたようにも見える。  茶色の木枠に囲まれた窓が外側へと開け放たれ、中からは古いレコードの曲に混じって人の話し声が聴こえてくる。 「私には砂糖をもらえるかな」 「もう若くないんだし、2匙くらいにしときなよ?」 「女性に年齢の話をすると嫌われる

私は甲冑である 《短編小説》

【文字数:約2,400文字】 ※ 本作は『あなたの死を願うから』の番外編ですが、未読でも問題ないと思います  私は甲冑である。名前は教えてあげない。  もとから甲冑で生まれたわけではないが、私の生まれた場所にさえ興味があるとは思えず、もう地図にない場所なので覚える必要もないだろう。  そもそもナントカ村といった名前もなく、なんとなく街道沿いに生まれた集落なので、日当たりの良さで繁茂した雑草と大差がない。  親は土を耕すことを生業にしており、小麦に野菜といった作物が

あなたの声を聴かせて 《短編小説》

【文字数:約5,000文字 = 本編 4,500+ あとがき 500】 ※ 本作は『あなたの死を願うから』の番外編ですが、未読でも問題ないと思います。  なんの特徴もない村に生まれた娘。それが私だった。  あの頃は街道に沿って大小様々な集落があって、町ほどの大きさがない村は飢饉や疫病、戦争なんかで簡単に生まれては消えるから、新鮮なビールの泡のほうが長生きかもしれない。  両親は領主の城に勤めていたけれど、多くの人がそうであるように読み書きは苦手で、私もまた同じだった

はじまりの魔女 《短編小説》

【文字数:約6,500文字 = 本編 6,000 + あとがき 500】 ※ 冒頭に暴力的・残酷な描写を含みます。 ※ 本作は『あなたの死を願うから』の番外編ですが、未読でも問題ないと思います。  どこのだれが言い出したのか知らないけれど、いつからか私は魔女と呼ばれるようになった。  そんな私にも娘がいる。血はつながっていない他人の娘ながら、10年も一緒にいれば関係なくなる。少なくとも私はそう思っているし、きっと娘も同じだと信じている。  だから大切な娘を誑かした男を