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どこでもない、どこかにある世界

『ショーン・タンの世界 どこでもないどこかへ』 読了レビューです。
ネタバレ:一部あり 文字数:約1,700文字

※本書は「ショーン・タンの世界展 どこでもないどこかへ」の公式図録です。

 ある日のこと。

 展覧会に行った知人からポストカードをもらい、始めてショーン・タンという名前を知りました。

左:『知らない人に鍵は渡さないこと。』 右:『エリック・ポップコーン』

 台湾のデジタル担当大臣オードリー・タンみたいな名前だなと思いつつ、そのときは話を聞くだけで終わります。

 その後、展覧会の公式図録が一般販売していると知り、軽い気持ちで目を通してみました。

 ガイドブックのように著作を広くカバーしつつ、ショーン・タンという人物に迫る巻末のインタビューが面白く、実際の著作にも興味が湧いてきます。

 あらためて知人からもらったポストカードを見直すと、左から『夏のルール』、『遠い町から来た話』という作品の一部で、かわいらしい作風なのだと考えます。

 けれどもショーン・タンが世界的な名声を得た『アライバル』では、不思議な世界と現実のように写実的な人間が、1枚の絵の中に同居しています。

 ヘッダー画像にしている図録の表紙は、同作に収録されている『階段』という名前の1枚で、都市中央には何かの動物を模したような巨像が建っています。

 そうした特異な世界を描きながら、『アライバル』には一切の文字が使われていないのです。

 先の『階段』は大きな1枚絵ですが、複数の小さい絵を並べることで時間の変化を描くマンガのようなものがあり、これなら確かに誰でも理解できると納得しました。

 ◇

 本書にはショーン・タンの描いた習作もいくつか収録されており、その中にある1枚の油彩画に強く惹かれました。

Melville Road, Noon 2015 127頁

 ぱっと見た感じでは「なんだこれ?」と思ってしまいそうですけれど、中央の灰色が道路で、反対側にある赤や黄の塊が自動車を表しているのでしょう。

 この絵から私は、フィンセント・ファン・ゴッホの絵画を前にしたような心境になりました。

クレラー=ミュラー国立美術館 所蔵
糸杉と星の見える道 , 1890

 もっと作風の近い画家も存在するのやもしれませんが、見識の浅い私には思い当たらず、感覚的なものと認識してくだされば。

 先の作品を観て現実には起こり得ない、物体が溶けて色へと変化もしくは還元されたようだと感じたのです。

 『Melville Road』は道路上から見た風景のようですが、仮に観察者が自動車に乗り前方を向いて運転をしている限り、このような風景を見ることは不可能です。

 高速で走る列車の車窓から眺める景色が、列車の進む方向とは反対に流れていく様子を思い浮かべてみてください。

 常に動いているからこそ見えるものを、静物でしかない絵画に表現するのは、言葉にするほど簡単ではないと思います。

 勘違いを恐れず言い換えるなら、映像の情報を損なわずに写真へと落としこむようなものでしょう。

 先の作品は油彩による作品ですから、絵の具の盛り方によって動きや時間を表現していると考えられます。

 そうした技能があってもなお、一切の文字を使わない『アライバル』の制作には約5年の歳月が必要だったそうです。

 ◇

 その他に『鳥の王さま』と題されたスケッチブックなどには、次のようなキャラクターが描かれているそうで。

左:「ロボットふくろう」 右:『鳥の王さま』収録 灯油コアラ
114-115頁

 ぬいぐるみの欲しくなる造形が素晴らしいですね。

 かわいらしい絵柄に誘われて本書を手に取ってみたものの、気づけばショーン・タンという作家へと興味が移っていました。

 実際の展覧会については昨今の情勢もあって、難しい開催だったと推測されます。そして海外アーティストという事情もあるのか、展覧会のサイトは現在、閲覧できないようです。

 作者本人のサイトからブログを閲覧してみると、2020~2022年における投稿が非常に少なく、今後の活動についても不透明です。

 それでも叶うのなら、ふたたび同様の展覧会が開かれることを願っているのでありました。



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