ふらいどちきんを供にして

【文字数:約1,100文字】

※ 敬称略
※ 本稿は気分を害する可能性があります


 先日、この国の名を冠する放送協会の特番にて、作家の故・西村賢太を取り上げていた。

 もはや覚えていない、あるいは忘れられている西村賢太という作家は、それでも2011年に『苦役列車』にて芥川賞をいみじくも授与せられ、会見での発言で良くも悪くも有名になった。

 その点において連想するのは、やはり会見での発言が有名になった同じ作家の田中慎弥であり、先の特番において登場した際には、いささかの驚きと合わせて妙に得心した。

 映像になった田中慎弥の姿は相応に老けており、歳時の移ろいを感じるのであれば、電源を落とした画面の上に現れる、亡者と勘違いしそうな男に悲鳴をあげなくて済む。

 ところで特番を見る前から、ある人が西村賢太について書いた記事を思い出していた。

 西村賢太の死去から桜が二度咲いてなお、去年に書かれた先の記事を思い出すあたり、そうした忘れたくても難しい位置に住んでいるのだろう。

 私は『苦役列車』くらいしか読んだことがなく、先の方と同じく熱心な読者ではなかった。むしろ好きか嫌いかの二進法で雑に区分けするなら、まず間違いなく後者かと思う。

 それでも喉に刺さって抜けたのに、その痛みと経験だけが記憶にこぶりついて離れない、どうにも厄介な作風だったと解している。

 誤解していることを謝罪しないで書くなら、故・太宰治のような香りがする。

 特番においても、誉め言葉として著作が酷い内容であるにも関わらず、愛読者を標榜する者たちが石川県の七尾にある墓を訪ねており、隣には西村が師と仰いだ藤沢清造の墓がある。

 故・藤沢清造が東京の芝公園にて凍死する一方、西村はタクシーに乗り込み、そこで倒れて帰らぬ人となった。その傍らには購入したフライドチキンがあったと、特番では伝えている。

 訃報そのものは知っていたけれど、どうでもいい情報に類するフライドチキンについては、当時の報道で省かれていたと記憶している。

 揚げ油によって、調味料をまぶされた鶏の畜肉が焼き上げられ、えもいわれぬ香気を発していたであろうフライドチキンを、西村が最後の伴侶としたというのは、どうにも皮肉めいている。

 自らを焼くようにして私小説を書き続けた作家は、お世辞にも広く敬愛される存在とは言えなかったけれど、その死臭に当てられた亡者の親戚たちは、たしかに存在していた。

 どこにも売られていないキロいくらで換算される労働者は、今なお西村賢太の傍らで生き続けているのかもしれない。


注:故・藤澤清造については、墓に彫られた「藤沢清造」と表記した


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