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あなたの死を願うから 2/8 《短編小説》

【文字数:約2,000文字】
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 バス同士がすれ違える幅の城門を抜け、中央広場へと向かう途中には観光客向けの店がいくつも並んでいた。

『兵士の詰所や食堂、武器庫などを改装した店内は見るだけで楽しいと思います。スタンプラリーも行っていますので、ぜひすべての場所を訪ねてみてくださいね』

 お決まりらしい宣伝文句を明るい口調で話し、先に到着した観光客の集まっている店には、特徴や必見ポイントを間断なく添えていく。

 すっかり平常運転になったバスは、辿り着いた円形の中央広場を右に回り、入ってきた城門に車体前方を向けてから停車した。 

 休憩を挟んでから事前に伝えられていた予定に沿って、ぐるりと城内を巡るツアーが始まる。

 その後に自由散策の時間が取られており、夕方には城を後にするのが午後便の日程だ。配られている冊子には橙色に焼かれる城の写真が印刷されてあり、途中の丘にある撮影ポイントで停車するらしい。

「この夜便と迷ったんだけどさ、やっぱ昼を見とかなきゃってな」

 聞いてもいないのに隣を歩く男が言った。車内での一体感が維持されたまま、なんとなく座席の並びそのままでツアーが始まっている。

「夜は城に泊まれるのが魅力ですね。部屋に空きがあれば午後から続けて滞在できるとも書いてありますし」
「でも昔の朝食を再現したってのが……ちょっとな」
「その代わり朝から店は開いているみたいですよ」

 話を合わせつつ、城の外壁の上に作られた通路から城内の尖塔せんとうを眺める。いくつもの槍が空を縫い留めているように天を突き、先端には城門と同じ紋章の透かし彫りが掲げられている。

 城の観光地としての歴史は最後の城主、第十三代ノルシュタイン卿の遺言に従ったもので、以降は親戚一族が代表を務めているそうだ。

「──ノルシュタイン卿は今際いまわに告げたそうです。お前たち、この城を永遠に残すように、と」

 芝居がかったガイドの声音に拍手が起こる。バスに乗っていたのとは別のガイドで、歌声を披露したもう1人が先導する二組に分かれ、そちらは先に城内を巡っている。

 遺言の真偽はともかく、この手の建造物は改装を認めず観光客にとっての利便性が損なわれ、かといって買い手が現れるはずもない負の不動産、俗に「負動産」と呼ばれるものになりやすい。

 しかし管理を任された親戚一族は柔軟に対応した。可能な限り外観や内装を損ねない形で、エレベーターなどの近代的な設備を導入した結果、多くの観光客を呼び込むことに成功する。ホテルとしての格付けでも上位に並び、本物の城に泊まれるという珍しさも手伝い、予約開始と共に争奪戦が始まるらしい。

「皆様、あちらをご覧ください」

 ガイドの呼びかけで城壁の外に首を向ける。

 城門の反対側で見えなかった平野には、銀色の鎧と黒の筒が並び、筒の先端すべてが城壁に狙いを定めている。

「はい、お願いします」

 いつの間にか携帯端末を耳に当てていたガイドが呼びかけ、空いている腕を上げて左右に振る。すると銀色の鎧たちが動きだし、筒の後方に回って何かを始めたかと思うと、雷鳴のような轟音が青空に響き渡った。

「おわっ!?」

 隣の男が尻もちをつきそうなほど仰け反り、ほどなくして筒から発射された物体が城壁に次々と命中していく。

 どがんどがんと派手な着弾音がするのに振動はなく、どうやら城壁に埋め込まれたスピーカーから聞こえてくるようだった。

「こちらは攻城戦の再現です。発射している弾は自然由来の成分で作られておりまして、およそ1週間で分解されます」

 ガイドが示した城壁の下には新鮮な撃ちたてに混じり、地面と同化を始めている偽砲弾がいくつか見えた。

 観光客を二組に分けたのもこのためだそうで、もう一組は城壁内で異なる再現を味わえるらしい。

「ここまで本格的にする必要ありますか?」

 興味本位でガイドに尋ねてみると、にこやかに返される。

「古い武器などは博物館にも収蔵されていますけれど、こうして実際に使われる様子を再現することで、政府から補助金が出るようになっておりまして」
「大昔の祭事みたいなものですか」

 そのとおりです、と頷いた後に今度は逆に質問される。

「あちらの男性は女性を連れてくる前の下見かと思うのですが、あなたは先ほどから写真を撮るわけでもなく、さほど興味がないように見受けられますね」

 ずいぶん失礼な奴だと表情で訴えるも、ガイドは涼しい顔のまま言った。

「あなたの目的は魔女様でしょうか?」

 息が止まりそうになった。もしかしたらの可能性を頭に浮かべ、ゆっくりと声を押し出す。

「……そうだ、と言ったら?」

 するとガイドは頭上に輝く太陽に負けない笑みを浮かべ、

「ああ、やっぱり! そうした探求神たんきゅうしんの信徒様には、特別なコースをご案内しておりまして──」

 まるで仲間に向けて語りかけるような熱心さで、自由散策の時間には城の探検プランに参加しないかと誘われた。


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