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あなたの死を願うから 3/8 《短編小説》

【文字数:約2,500文字】
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 城を取り囲む城壁の上を一周してから中に入り、ふたたび攻城戦の体験をした。

 地震を体感するような部屋があるのかと思いきや、兜の形をしたVRゴーグルを渡されて装着すると、あちこちが破壊されている城壁内に立っていた。

「とても見晴らしが良いので敵軍もよく見えますね」

 鎧を着たガイドが腕を上げ、ガントレットで隠した指先を外に向ける。

 城壁の上から見えたのと同じ平野が視界に入り、さっきとは違う部隊編成だと気づく。

 偽砲弾を放つ大砲に加えて、三日月を丸太で串刺しにしたような大型のクロスボウ、別名バリスタがこちらに狙いを定めていた。

「あ、あれ!」

 観光客の1人が叫ぶのと同時に、バリスタの前方が満月に戻ろうとする動きを見せ、一瞬で三日月に戻る。同時並行して不自然な月の満ち欠けが繰り返され、それらの先端から放たれたものが飛んでくる。

 耳元で風を切る音がして、目の前に腕の長さほどの矢が突き刺さった。

「わぁ!」

 反射的に後ずさり、他の観光客たちも似たような反応をする。

 それは防御の機能を失った城壁の中で、鎧に身を包んだ兵士たちが外からの攻撃を受け、ただただ慌てふためく戦場の一幕だった。さらに見覚えのある球体が飛来して下に消えたかと思うと、大きく視界が揺れた。

 たまらず兵士たちは屈みこんで身を低くしたけれど、彼らの引率者は少しも動じていない。

「ご安心ください。実際に矢が飛んできているわけではありませんし、風もゴーグルと壁に埋め込まれた送風機からのものです」

 そのわりに焦げたような臭いが鼻先に感じられ、どくどくと心臓が早鐘を打つ。

 生命の危機に瀕して起こる生理現象が全身を痺れさせ、ガントレットで覆われた拳を握り込む。ぬるりとした感触が焼けるような体温によって上書きされる。

 自分は生きている。生きていたいと本能が願っている。

 忘れてしまうほど懐かしい感覚に目の端が濡れ、攻撃が続く状況に不思議と幸福を覚えていた。

 外からの砲撃が止むのと同時に視界は暗転し、少しの損傷もない城壁内の通路が現れた。

「おつかれさまでした。これで攻城戦の体験は終了となりますが、皆様が着ていた鎧は来城の記念としてアバター用の装備に追加されます」

 ガイドの説明に観光客の1人が歓喜して、すかさず携帯端末を叩く。

「おおっ、これが噂の!」
「仮想空間にもノルシュタイン城がございます。普段は公開していない場所に行くことも可能ですので、ぜひ皆様のご来訪をお待ちしております」

 ゴーグルを返却した後は別行動だったもう一組と合流し、中央広場で小休止を挟んでから城内へと足を踏み入れ、いくつかの階段と小部屋を経て広い空間に出た。

 縦に長い両開きのガラス窓というか扉が外のテラスに面しており、そこから入る陽光が室内を満たし、温められた絨毯からは歴史や格式といった香りが立ち上る。

「こちらは舞踏会などが開かれた大広間でして、現在も愛好家の方々を招いての催しが続けられています」

 中央に向けて弧を描く天井には、フレスコで描かれた聖人や従者、天使、さらには様々な動植物が息づいており、眺めていると声まで聞こえてくるような気がした。

 同時に、これほど明るい雰囲気の場所に魔女が住んでいるのか疑わしく、無駄足だったかもしれないと思い始めていた。

 大広間を出た後は教会や食堂、剣闘場などを訪ね、最後に本城から渡り廊下で繋がった蔵書庫を目指す。

 窓から差しかけられる斜めの光が等間隔に並び、外を見ると教会が接する正方形の回廊、キオストロが一望できる。それに貼りつくようにして何枚も写真を撮っていたのは、下見の目的を思い出したらしい隣の男だった。

「あそこで結婚式も可能なんだってよ。もちろん要予約だけどな」
「きっと思い出深い式になるでしょうね」
「そうだな。でも俺たちの場合は遠距離だし、さっきガイドが言ってた仮想の城で挙式するつもりさ」
「えっと……」

 自然と足が止まってしまい、それを見た隣の男は「実はな」と照れくさそうに頭を掻く。

「旅行で行くには難しい場所に住んでるから、まだ直接では会ってないんだ」

 おかしいだろ、と肩をすくめてから窓の外に視線を戻す。

「もしも魔女とやらに相談できたら、少しは不安も薄れると期待してたんだけどな」

 てっきり信じていないのかと思いきや、ずいぶんと前向きな理由だった。

 城の探検プランについて熱心に語ったガイドによれば、永遠の命を持つとされる魔女を目当てに城を訪ねる人も、それなりの数がいるとのことだった。

 とはいえ、城内を案内されながら見つかるのは魔女の仮装をしたガイドであって、そもそも存在するのかさえ定かではない。

 自分とて予感めいたものがあったわけではなく、この城を訪れたのも行きやすい場所だったからに過ぎず、世界には他にも魔女が住むとされる遺跡や洞窟がある。

「……お二人が幸せになれることを祈ってます」

 気休めの声かけに隣の男も、「ありがとうよ」と軽い口調で返してくる。

「おっと、だいぶ他のは先に行っちまったな。俺たちもそろそろ行こう」

 そう言って歩き出した背中を追いかけようとして、ずきりと背中に痛みが走る。

 予兆と呼んでいるそれが起きた後には、必ず近くの誰かが死ぬ。目の前で起こる惨劇を回避することはできず、生還と目撃という苦行が繰り返されてきた。

 視界の中では遠ざかる背が遅くなり、代わりに速さを得た眼球が死の兆候を探し求め、

「今度、こそっ……!」

 叫ぶように駆けだした。

 通路に落ちる光の柱に小さな傷が生まれ、それが蜘蛛の巣へと成長するまでの数秒で窓へと辿り着く。何が起こるか分からないけれど、招かれる結果は決まっている。

 だから自然に砕けるはずのない窓に向かって、思い切り全身をぶつけた。

「おまっ、何を──」

 隣の男の声がすぐに遠ざかり、両足の爪先から浮遊感の鎖が巻きついてくる。それは体重を支えるのではなく引きずり落とす重力へと姿を変え、視界の先では灰色の石畳が強く抱きとめようと待ち構えている。

 これでやっと解放されることに安堵しながら、少しだけ濡れた瞳を閉じた。


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