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佐藤Aと佐藤Bは逃げられない

『空は逃げない』 まはら三桃 読了レビューです。
ネタバレ:なし 文字数:約1,200文字

・あらすじ

東西大学の陸上部には、2人の佐藤倫太郎が在籍している。

1人は教育学部で、もう1人は建築学部だから別人だ。

ただし、どちらも競技種目は棒高跳びであり、いよいよもって区別がしにくいために、A太郎にB太郎と呼ばれていた。

まるで芸人みたいな名前の2人が競技に打ち込む姿を、1人の学生がスケッチしていた。

彼女は芸術学部の石井絵怜奈えれな

この物語は、3人が棒高跳びという競技を通じて出会い、それぞれの現在と過去を行き来するようでありながら、同じ空の下で紡がれる物語だ。

・レビュー

棒高跳びの競技を見ていると、選手たちは身長よりも長い棒を使って、見上げるほどの高さにあるバーを目がけ、一気に跳躍します。

ただし、作中では次のように解説されています。

走り高跳びは英語でrunning high jump、走り幅跳びはrunning long jumpという。(中略)しかし棒高跳びのことは、pole vaultという。

ジャンプ力を競う前2つに対して、棒つまりポールを使用する棒高跳びとは、明確に区別されているのです。

それだけでも意外だったのですが、作中では跳躍する間の動きが詳細に描かれ、まるで自分が選手になったような気分になります。

鳥ではない人間は空を飛ぶことができません。

それでも自分の体とポールだけを使い、わずかな間だけでも空を飛ぼうとする2人の姿勢は、地面に立ってばかりの私には眩しく感じました。


本作は2人の佐藤倫太郎が、それぞれA太郎、B太郎と呼ばれる過去に対して、大学卒業後を描く現在においては「佐藤」、「リンタロウ」と表記が変わります。

変わらず同姓同名ではあるものの、別々の人間だと強調されているような印象をもち、次のように思いました。

(これは”どちら"の佐藤なんだろう?)

AとBは読み進めていけば、おのずと判明します。ただ、それが分かるのと同時に、人間を社会的な存在とする「名前」について考えました。

手続きをすれば後から変更可能ですけれど、名前は本人が望んだものではありません。体と心の性別、家族や家庭、見た目の容姿さえも同様です。

それらの「選べないもの」によって、2人の佐藤は自分の意思とは無関係にAやBの太郎と呼ばれ、互いを意識せずにはいられません。


大学卒業後を描く現在において、2人の太郎は「佐藤」、そして「リンタロウ」となり、異なる道を進んでいます。

最終的にA太郎とB太郎は再会し、じんわりと心温まる結末を迎えるのですが、私は次のように思いました。

(もしも2人が同じ名前でなかったら、あるいは下の名前だけでも違ったなら、違う未来もあったのでは?)

親からもらう最初のプレゼントは、自分の名前だと聞いたことがあります。

私自身の姓は佐藤ではないため、もしかしたら本作で描かれたのと同じ体験をした人も、この世界にいるのかもしれませんね。

・おまけ

佐藤さんは全国1位の人数がいるそうな。スゴいぞ佐藤!


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