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疲れたあなたに2

前回の投函では、神奈川県にある湯河原(ゆがわら)温泉の魅力をエッセイとともにお伝えしました。今回は文豪達に愛された温泉という視点で魅力をお伝えします。

疲れたあなたへ、いつか行ってみてもらいたい癒しの温泉を…数回に渡ってお伝えします。


湯河原温泉の公式Youtubeにやられました

湯河原町の動画を検索したところ、湯河原温泉公式のYoutubeに辿り着きました。
ドラマ仕立てに湯河原温泉をPRする素敵な動画を是非ご覧頂きたいです。

以下 動画のネタバレになります。
主人公は東京で働く20代ぐらいの女性。ある日、実家から送られてきた荷物の中に文庫本が入っていた。

その文庫本のページを開くと湯河原温泉へワープし、閉じると現実世界に戻ってしまう。

何度目か文庫本を開いた時、ワープした温泉旅館の中で赤いもみじの葉を手にする。
それを栞がわりに文庫本に挟むと、本を閉じても現実世界に戻ることなく湯河原温泉の世界で色々なことを体験できるようになった。

現実の世界で疲れた時、文庫本を開けば湯河原温泉へ行くことが出来る。

「湯河原温泉はすぐそばにあるし、いつでもあなたを待っているよ。」

そんなメッセージを受け取れる映像でした。

[動画の感想]
主演の女優さんが中性的でとても可愛らしいです。セリフはなく、バックミュージックのみで進行していきます。
湯河原温泉の癒しの空気が映像から伝わってきました。

私が気になったのは女優さんが読んでいる文庫本で、そのタイトルが夏目漱石の『明暗』でした。

夏目漱石


恥ずかしながら、ほとんど文学作品を読むことなく大人になってしまった私は夏目漱石の小説も『こころ』しか読んだことがありません。
調べると『明暗』は漱石の最後の作品で、連載中に帰らぬ人となり、未完の作品ということでした。

益々興味が湧きまして、早速電子図書館にて『明暗』を借り、読んでみることにしました。

未完の小説、夏目漱石『明暗』

とにかく面白かったです。
電子書籍を読むと共に家事をしながら、Youtubeの朗読チャンネルで聴いたのですが、面白くて噴き出してしまったところもありました。

私はこの方の朗読を聞かせて頂きました。おすすめです。



あらすじです。

結婚すると思い込んでいたお相手が突然他の男性と結婚してしまい、未練を残しながらも別の女性と結婚した男性が主人公。

ある病気をきっかけに、療養先の温泉で、逃げられた女性と落ち合うことになる。彼女は流産の療養でその温泉へ来ていた。

その再会へ行きつくまで、夫婦の様子、主人公サイドの親族との関係、妻サイドの親族との関係が細かく書かれている。

再会を果たし、これからどうなる、というところで話は終わってしまい、とても未消化な気持ちになるのですが、そこがまたミステリアスでよいのかもしれません。

とにかく。
漱石という人の頭の中はいったいどうなっているんだろう、と思わずにいられなかったです。

というのは、夫婦の会話、兄弟の会話、仲人との会話、病院の先生や看護婦との会話、それらが絵画で言ったら写実的に描写され、文章化されているのです。

人は人と会話するときに表面的な体裁と、心の裏側の本音を立て分けて瞬時に計算をしつつ、会話していることに気づかされます。

話をしている自分さえ、本音に気づいても気づかないふりをして、円滑にことが運ぶように、脳の計算機をはじきながら、日々会話をしているのだと。

それを漱石は一つも漏らすことなく、表面に現れた会話と心で思う本音とを忠実に文章化しています。


とても人間技には思えません。日常生活でこんなにも細かく、自分の心や話をしている相手の心理を読み解いていたら、気が狂ってしまうのではないか、
そう思いました。
漱石という人の偉大さを知りました。


そして、漱石の書いた夫婦の会話がリアルで、思わず吹きだしてしまいそうになりました。100年以上月日がたって、環境が変わっても、人間の本質は変わらないのだ、そう思いました。

主人公とその妻は形としては夫婦らしくなり、世間からは幸せな夫婦に見られている。妻は主人公から真の愛情が不足しているように思え、いつも寂しい気持ちでおり、主人公は逃げられてしまった女性への未練があり、でも妻のことを大切に思う気持ちもある。

主人公津田とその妻お延

すごく気持ちがわかるのです。妻の気持ちも主人公の気持ちも。

完璧な人間なんていない。夫婦って、結婚という制度によってつながっているだけだし、愛とか好きとかそんなことだけで成立するものでもない。
ちょっとしたことで、関係を壊すこともできるし、見てみぬふりしてたら意外と関係が続いてしまうこともある。数式で答えが出るようなものではない。割り切れない、意外なところに答えが出てくるから面白い。

『明暗』という小説も結末がどうか、ではなく過程の緻密さを楽しむ小説だと思いました。

妻との会話が結構なページ数を占めていますが、その夫婦の空気がどこにでもありそうで、身近なところがとても楽しめました。

ところ変わり、主人公が療養のため、一人で訪れた温泉旅館で結婚するはずだった女性と再会するまでのシーンは恋愛小説の序奏という感じでした。
とても美しく、しっとりとした旅館の雰囲気、非日常生活を味わいに来る人間たちの艶めかしさが伝わり、前半部分と同じ小説とは思えませんでした。

主人公津田の元恋人清子

主人公が生活する暮らしの世界、療養のために訪れた非日常の世界、この二つの対比がはっきりと感じられ、漱石の文章による描写力のすごさを感じました。

漱石と湯河原温泉

主人公が妻と離れ、療養のために訪れた温泉地のモデルが湯河原温泉で、主人公が泊まった旅館のモデルは今は取り壊された天野屋旅館と言われています。

その天野屋で結婚するはずだった女性と再会し、不動滝という滝へ散歩へいくことになるところで話は途切れています。

漱石が小説の舞台として選んだ場所が湯河原温泉だったと思うと、また特別な場所に感じられます。
特別目立った場所ではないけれど、なぜか人を惹きつけ、癒しを与えてくれる場所が湯河原温泉なのだと思います。

現在、湯河原駅は小田原駅からJRで行くことができます。

しかしながら、漱石が生きていた当時はJRは無く、軽便という人力の箱のような乗り物が手段だったそうです。
その乗り物に乗り、馬車に乗らないと辿り着かなかった湯河原温泉は非日常を味わえる特別な土地だったことでしょう。


次回予告

次回は湯河原温泉街のおすすめの場所をご紹介いたします。
この度、9ヶ月ぶりの投稿となってしまいました。これからもマイペースに更新予定です。
湯河原温泉を舞台に書いた私の小さな物語はこちらで読めます。

最後までお読み頂きありがとうございました。

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