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会社員ゆり子、カフェへ行く

ゆり子は今年の夏休みも海外旅行へ行こうと計画していた
1年に1度の海外旅行は、ここ5年ほど続けている

今年はフランス
パリへ行きたい

パリへ行ったら、何しよう
ブーランジェリーで美味しいパンを買ったり、
ルーブル美術館やオランジュリー美術館にも行ってみたい

金曜日の仕事終わりに、そんなことを考えながら、駅へ向かった

ところで、今日はどうしようか
まっすぐ帰宅するのは味気ない
デパートで洋服でもみて帰ろうかな?
と歩いていると

銀紙通りの路地に置かれた小さな看板が目に入った

黒板タイプの看板に
STORY CAFE
15:00〜21:00
←OPEN」
と書いてある

看板に吸い寄せられるように、ゆり子はカフェの前まで歩いていた

小さなビルの1階に、
居抜き物件だろうか、
申し訳程度のカフェがあった

こんなところにカフェがあったなんて

ビニールの白い屋根と
明かりのつくタイプの置き型の看板
それぞれに黒字で
STORY CAFE
と印字されている

シンプルな作りのカフェ

ゆり子はカフェの扉を開けてみた
店内は思ったより薄暗かった

「いらっしゃいませ」

店の奥、カウンターに立った黒いプードルの男の子が
ゆり子の目を見て出迎えてくれた
優しい目だった

「お好きな席へどうぞ」
ふわっと包み込むような声がゆり子の耳に届いた

ゆり子は店内を見渡して、カウンターから直角に離れた壁沿いのソファー席に座った
コピー用紙に印刷された簡単なメニュー表がテーブルに置いてある
よく見るとコーヒーなど飲み物がどこにも書いていない

物語のタイトルのような文字がいくつか書いてあるだけだった

これは飲み物のメニューなのかしら?
変わったネーミングの飲み物?

メニュー表の一番下にこんな注意書きが書いてあった
「※当店は物語をご提供するカフェです※」

カフェというから、てっきりコーヒーでも飲めるかと思って入ったけれど、と思っていると

店の奥から女の子のプードルが注文をとりにきた
先ほどのプードルより毛色が少し薄かった

女の子のプードルは可愛い会釈をして注文をとった

「ご注文はお決まりですか?」
キーの高い可愛らしい声がゆり子の耳に届いた

「あ、えーと、、、。このフランス語で書いてあるこれ、お願いします。」
「かしこまりました。少々お待ちください。」

メスのプードルはニコッと可愛らしい会釈してから、くるっと向きを変えて店の奥へ入っていった

ゆり子はソファーにもたれて、店内を観察した
席数は思っていたよりもあり、隣のテーブルとの間に
ちょうど良い間隔で観葉植物や本棚がある
さりげなく隣客の存在が感じられないような作りになっていた

カフェにいるはずなのに家に帰ってきたような感覚だった
ちょうど良い薄暗さのせいか眠ってしまいそうだった


2分ほどボーっとしただろうか
先ほどの女の子のプードルがやってきて
「お待たせいたしました。」
とA5サイズの白い紙を机に置いた

「どうぞごゆっくり」

さっきと同じ可愛い会釈をして、くるっとまた店の奥へ行ってしまった

A5サイズの紙には物語が書かれていた
選んだタイトルは
「Un café s'il vous plaît」

ゆり子は素直に物語に目を通した
遠い異国、フランスの物語だった

フランスへ旅行にいったら食べたいと思っていたパンの男の子とラベンダーの女の子が出てきた
二人はパリのアパルトマンに暮らしているらしい

読み終えてゆり子は思った

そうだ、今度の旅行はホテルではなく、アパルトマンに滞在しよう

夏休みのパリ旅行を想像したら、ゆり子の口元からニンマリが漏れそうだった

ゆり子は物語を味わった後、お会計に向かった

カウンターに、あの黒いプードルの男の子が立っている

「お帰りですね。ありがとうございました。」
プードルの男の子は優しい目でゆり子の顔を見た

「また、お待ちしております。」
来たときと同じ、優しい声だった


帰り際、カウンターの方を振り向くと黒いプードルの男の子がゆり子にぺこりと頭を下げていた
ゆり子もそれを見てちょん、と頭を下げて店の外へ出た

日が伸びて、外はまだ明るかった
ゆり子は銀紙通りをパリの路地と見立て、颯爽と歩いた

パリの石畳みたいにカツカツ音は鳴らないはずなのに、ゆり子の耳にはカツカツが確かに聞こえていた


おしまい。


いかがでしたでしょうか?

次回はゆり子が読んだ物語
「Un café s'il vous plaît」
です


ゆり子の後ろ姿だけでなく、全身のイラストをインスタグラムで公開しています
こっそりゆり子に会いに来てもらえたら、嬉しいです














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