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人生を少しだけ生きやすくする為のつぶやき

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生きづらさを抱えている人へのヒント、キッカケになれば良いかな?と思いつぶやいています。
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#最近の学び

「自己肯定感」を外側の何かと結びつけない。
外側の何かが無くなった時に一気に崩れてしまうから。
自分の存在自体の肯定、「根拠の無い肯定」こそが自己肯定感の目指す場所。
実際は自己肯定感を高める必要は無く、最初から全て肯定されている。
それに気づくまでの自己肯定感を高める旅である

ポジティブが良い
ネガティブが悪い
この考えがまた1つの苦しみを生む
ポジティブが良いと思っている自分の観念
ネガティブが悪いと思っている自分の観念
どちらも観念の1つに過ぎない
「自分の中にあるただの観念」だと認識し、「ただあるもの」として存在を許せば、また1つ自分が楽になる。

人生の難易度を下げる方法は「今この瞬間」に出来るだけ長い時間滞在する事。
非常にシンプル。
まぁ、「今この瞬間」に時間の概念は無いから矛盾はしているのだが...
このシンプルなものを難しく「考える」のは「誰」なのか。
この辺りが体感できるようになると突破口が開けてくる。

夢も目標も無くなった。
というか必要が無くなった。
今この瞬間に心地よさ、充足を意識して感じるようにすれば人生は勝手に整ってくる。
「あれ?そう言えば...」
と後になってから気がつく位のさり気なさで、人生に心地よさが増えてくる。
人生が都合の良いように動いている気さえしてくる。

幸せを探す旅

幸せを探すという行為は東京スカイツリーの展望台から東京スカイツリーを探すようなもの。 幸…

お菓子の缶と現実と...

お菓子の缶。 お菓子が入っている缶。 中身が無くなれば、ただの缶。 空いた缶に小物を入れれ…

目の前に在るものを味わえば良い。 ソレが現実にあるのか非現実にあるかは関係ない。 味わった瞬間ホンモノになる。 ホンモノをニセモノにするのは思考の罠。 罠にハマらなければホンモノもニセモノも無くなる。 「ただ全てが在る」 それだけになるのだから...。

探しものは見つかったかい?
探し続けても見つからないなら探す場所が違うんだよ。
外側ばっかり探すのは疲れるよ。
そろそろ自分の内側へ還っておいで。
思考と思考の隙間。
その僅かな隙間を探してみな。
求めているものがそこに落ちているから。
最初は探すのに苦労するかもしれないけどね!

「自分」という牢獄から抜け出す為の手段が「瞑想」。
牢獄の中で足掻いている自分を牢獄の外から眺めている視点の獲得。
獲得と言うと語弊があるかもしれない。
外から眺めている視点こそが本来の視点なのだから。
囚われの存在から自由な存在へ。
「瞑想」は自由になる為の手段の1つなのだ。

サングラスをかけながら
「なんでこんなに暗いんだ!!」と言っている人と
「なんでこんなに不幸なんだ..」と言っている人は同じ
不幸の眼鏡をかけている
思考、観念が眼鏡となって真実を覆い隠す。
その眼鏡を外せばいい
一緒に現実というリアリティーを疑うと面白い事が分かるかも知れない。

自分という存在からあらゆる言葉を外していく。
ポジティブな言葉もネガティブな言葉も何でもない言葉も、全ての言葉を外した先に残ったもの。
ソレがあなたの本質です。
悩みの解決法も同じ。
「才能が無い」と思ったら「才能が無い」という言葉を外す、無にする。
言葉が無ければ人は悩めない

家に帰るまでが遠足。
夢は叶うまでが夢。
家に着いたらその後は日常が待っている。
それと同様に夢が叶った後も日常が待っている。
夢が叶う前も夢が叶った後も、それぞれの日常があるだけ。
日常を楽しむ意識が無いと夢が叶ったのに結局は虚しさを抱える事になる。
楽しみ味わう。
日常を。

孤独を例えるなら、充電器に繋いだままのスマホを使いながら、充電器が無いと騒いでいる。
そんな状態である。
本当は誰もが自分の本質と繋がっている。
そこに孤独は存在しない。
しかし本質との繋がりを忘れ、外側に繋がりを求めるから孤独を感じる事になる。
充電器、挿しっぱなしですよ?

〇〇が無いと認識している時点で、 〇〇は在る。 本当に無いものは「無い」という認識すら持てない。 「無い」とは現時点で「在る」事が認識出来てないだけ。 人の知覚で認識出来ない事を「無い」としてしまうのは暴論である。 だからこそ「無い」と嘆く前にその反対を見つめる事が大切なのだ。