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声を出さずにニャーと鳴く #6 卓球という名のスポーツ

球状の物体が前後左右にポンポン動いていれば、それを目で追うのは当然のこと、時折手が出てしまうのは性である。だって我が輩、ネコだもの。だから今回のことは大目に見て欲しいのだよ、主。

テレビと呼ばれる黒い物体にそれが映ったのは数日前のこと。大きめのダイニングテーブルくらいの緑色の台を舞台に、1対1や2対2で行われる卓球というスポーツ。鮮やかなユニフォームを着た選手が、小刻みなステップで前後左右に動き、狙いを澄ましてラケットをふる。ラケットのラバーで弾かれたオレンジ色の球は、目で追うのがやっとなくらい強烈な直球だったり、運動の法則に抗うかの如くバウンドするスピンがかかっていたり。それをレシーブする側は、相手とは異なるスピンをかけてみたり、ネットギリギリのソフトなタッチでリターンしてみたり。ルールをちゃんとわかっていない我が輩でも、「卓球って、にゃんてすごいんだ」と思う。これをソファの上から観ているのではもったいない。もっと近くで観なくては。フローリングでゴロ寝している主を華麗に飛び越え、テレビの真下にちょこんと座る。

「おっ、梵太郎。どうした?卓球に興味があるのかい?」

主の問い掛けに、声を出さずにニャーと鳴く。

「ふふふ。すごいな。ラリーの度に梵太郎の顔が動いてるよ。なんか、こうゆうシーンをテレビで見たことある気がする。かわいいなぁ」

卓球に首ったけ我が輩を見て、嬉しそうにつぶやく主。その間もラリーは続く。先程までは細かく早いラリーだったのだが、今は画面手前の選手が卓球台から少し距離を取っている。画面奥の選手のスマッシュを、何度もカットしていている。それほどスピード感があるラリーではないのだが、球が大きく移動するのは我が輩好みかもしれない。その時だった。画面奥の選手のスマッシュが決まった。オレンジ色の球が、我が輩目掛けて飛んできた。

『にゃ!』
「あっ!」

我が輩と主が声を上げるタイミングは、ほぼ同時だったと思う。

我が輩は、向かってきたオレンジに声を上げながら飛びついた。主は、飛びついた我が輩を止めようと咄嗟に左手を伸ばし、持っていたスーパーカップバニラをぶちまけて声をあげた。

・・・無理に決まってるだろう。ビーチフラッグスの選手でもない主が、ゴロ寝の体勢から起き上がって我が輩を止めようなんぞ。

スマッシュを決めた選手のガッツボーツが映ったテレビの液晶には我が輩の肉球の痕が、フローリングの敷かれた絨毯には主がぶちまけたバニラアイスの痕が残っていた。その絨毯、オールドキリムとかいうなかなかに良い代物なのであろう?なのに嫌な顔ひとつせずに掃除する主。我が輩を見ながら、話しかける。

「いやぁ、焦ったよ。梵太郎がテレビに飛びついた時さ、2つのパターンが思い浮かんだんだよね。ひとつはさ、テレビが倒れて梵太郎が下敷きになっちゃうの。もうひとつは、梵太郎がテレビの中に吸い込まれちゃうの。どっちも起こらなくて本当に良かったよ」

・・・主よ。我が輩はそなたが主で本当に良かったぞ。

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