持田さん連載イラスト__1_

「無為」 ~ つらつら匂い考 ~

香りは苦手、匂いが好き。

香道のお稽古を十年以上続けておきながら、敢えてそう言ってしまう。

香りは表現、匂いはありよう。
匂いは内から、香りは外へ。
香りは手招きをし、匂いは後ろ髪を引く

「香り」が人や物の“佇まい”に重なったその時、私の中はでえも言われぬ「匂い」に昇華する。

そんな言葉遊びはさておき、隠しおおせぬ本質が滲み出るのは”におい”の領域ではないだろうか。
かぐわしい「匂い」はもちろん、好ましからぬ「臭い」も魅力。それらが重なり合って記憶や物語の余白をそっと押し広げる。

先日観た韓国映画「パラサイト 半地下の家族」(監督 ポン・ジュノ)では、セレブファミリーに侵食してゆく貧しくも逞しい家族の破綻を、「におい」(この場合は「臭い」)のアイコンから描いていた。
半地下に棲む家族に染み付いた、じっとりと湿り籠った生活のにおい。
宿命のような「におい ~ 出自」からの囚われを、自らの力で覆すと誓う主人公の決意が印象的だった。

***

古く「におい」の語源は「丹穂ひ・丹秀ひ」から、 「丹(に)」(鮮やかな赤い色)が、外に表れ出る(穂、秀でる)様といわれる。
驚くことに、 「広辞苑」は今もその言葉の意味を”視覚→嗅覚”の順に掲載している。

「におい」(「広辞苑」より)
• 赤などのあざやかな色彩が美しく映えること。視覚で捉えられる美しい色彩のこと。「匂い」。
• 空気中を漂ってきて嗅覚を刺激するもの。

近年では後者のような、嗅覚を刺激され、人が感じる物質や感覚という意味で用いることの方が増えている。 


万葉の人々が秋の野山や作物の色づきに、眼と鼻に分かちがたく豊穣の喜びを感じ取っていたと思うとき、「五感」の境い目は心地よく曖昧になってゆく。

「味見」「聞き酒」「耳ざわり」
「色は匂えど」「火味を見る(!)」

ちょっと思い浮かべても、日本語は”共感覚”を思わせる言葉の宝庫だ。

私がお稽古を続ける香道の世界でも「香りを聞く」と言い慣わすが、精妙な香りの違いをあたかも「耳を澄ます」ように鑑賞する様に加え、「香木」が辿ってきた永い旅や、「組香」(香り当て遊戯)に託された古典文学、自然が奏でる物語を”五感”をこらして遊ぶ楽しみからも、「聞く」という表現がこの上なく豊かに、そして言い得て妙に思われる。

香木は囁く。聞く者だけに語り掛ける。
言葉少なく、それでいて千夜に続くシェヘラザードの物語のように悠久に。

「香木」の説明は検索に頼むとして、私は「樹脂化」してしまった木部が発する、要は“生殖や生存に繋がらない”芳香が不思議でならない。
「目的」を伴わない香り、純粋な「偶然の産物」。
先に広がる官能は、その種(シュ)に何をもたらすというのだろう。
(この話はまたの機会に)

香り嫌いの、匂い好き。

後付けと言ってしまえば勿論それまでの話。
目的らしい目的も持たず、何かに向かって主張することもなく、ただ只その芳香で数寄者達を魅了し、生命を超えた”永遠の命”を生きる香木の不思議とその慎ましい香りに、私は心惹かれる。 

【連載】余白の匂い
香りを「聞く」と言い慣わす”香道”の世界に迷い込んで十余年。
日々漂う匂いの体験と思いの切れ端を綴る「はなで聞くはなし」
前回の記事: 「ラストダンス」 ~ 師走の街に ~

【著者】Ochi-kochi

抜けの良い空間と、静かにそこにある匂いを愉しむ生活者。

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