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Radiohead/Daydreamingをリピートしながら聴いて

 一瞬で光の中に溶け込む。溶け込まされる。

 耳の奥ではキラキラとした音が規則的に、それでいてリズムを崩すように鳴っていて、その光の中で自分が特異的に形を持っているように感じる。
 溶け込んでいる自分と、それでもなお形を持とうとしている自分が二人いる。
 

 少し身を委ねていると、この音楽が三拍子であると分かる。
 同じ音程のピアノが、リズムにそって頭を流れている。光の中でなんとか形を保とうとしている私の周りでは、そのピアノの音が美しく漂っている。
 そして気付く。このピアノの音に囲まれ続けていると、その音を身にまとってしまうと私の目の前にいる『光に溶け込んでしまった私』になってしまう。
 

 ただ、私は動けない。動きたくないのだ。
 私の周りを踊る音たちに身を委ねて、この場所で立っていたい。光に溶け込んでしまう私はどこに行くのだろうか。どんな顔をしているのだろうか。存在はそこにあるのだろうか。
 

 私は光の塊に手を伸ばす。
 手を伸ばすと、男の人の声が聴こえた。
 歌っているようなその声は、立っているこの空間を支配している人のものだと感じる。
 ただ、消え行きそうなその声は、決して私に対して歌っている訳ではない。
 悲しそうな、少し高い男の人の声を聴いていると、右耳から何かが迫るように機械的な声が聴こえる。次は左耳から同じように迫ってくる機械声が聴こえる。交互に、その声は警告を発しているように私には感じ取れる。
 

 気付いたら三拍子ではなくなっている。
 左耳からベースの音が規則的に聴こえて、右耳では先ほどから鳴っているピアノの音が聴こえる。
 規則的であるからか、時間がどれほど経っているのかが分からない。
 どれくらいこの音楽を聴き続けているのだろうか。目の前の景色は変わらない。色が分からない。表現ができないのではなく、分からない。色が分からない。
 またしても男の人の声が聴こえてくる。先ほどと同じように、優しく悲しそうに歌っている。
 警告のような機械声も健在で、それでも私は動けない。
 

 目の前の景色は変わらない。ただ私の周りを飛びながら舞う音の数が増えた。
 リズムと音程は同じだけど形が違う。
 少し実体を持っているようなその音に、私は意識を取られる。惹きつけられる。
 かろうじて今の私と同じように実体を保っているその音に、意識がいく。
 ただ、今見えているものは瞳に映っているものではなくて、頭の中で私が見ているもの。
 

 私が見ている景色を見ている私を見ている私。その場所には私しかいないけれど、その景色を認識するまでに幾重にも私を通過している。
 光の中の私には何が見えているのか。何も見えていないのかもしれない。
 ただ、それは向こう側なのかもしれない。
 何に対しての向こう側なのかを考える。
 何をこちら側だと定義しているのかは、私にも分からない。
 ただ、このまま溶け切ってしまった私は、光に包まれるのかもしれない。
 

 そのことに気付くと、急に音数が増えた。
 私の周りを飛び交う音の子たち。
 数も増えた。勢いも増している。
 音楽が急速に展開している。
 数々の思考と音が私の頭の中に溢れる。
 右も左もなくなって、渦の中心で音を聴いている。
 その光の世界について考えている私。
 幾重にも続く私たちの視界。
 そのうちの一つが何か別のことを考えている。
 ただ何について考えているのかは分からない。きっとそれは他愛もないことだけれど、私たちが決して一人ではないことが分かる。
 

 美しく舞っている音を蹴散らすように、太い弦楽器の音が聴こえる。
 先ほどの警告を促しているような機械声とはくらべものにならない程の危機感を煽る。
 ただ、私は動けない。
 危機感に煽られたところで何かをすることはできない。
 

 こんなにも開放的な光の世界なのに、私は閉じ込められている。
 一歩踏み出す先も分からないし、それを分からないままにしていていいことは分かっている。
 音が大きくなる。徐々に大きくなるその音楽は私の鼓動を早くさせる。
 頭の中をかき乱されるように音たちが暴れている。
 そして、その状況を救うように、今までの勢いづいた音たちをなだめるように、指揮者がタクトを下から上へとあげるように、一つ二つとひときわ大きい音が鳴る。
 

 次の瞬間、先ほどまでの賑やかさを忘れてしまったように頭がクリアになった。
 気付いたら最初に聴こえていた優しい三拍子に戻っている。
 途中から拍子なんてものを気にすることなく、身を委ねていたことが分かる。
 幾重にも続く私たちが一斉に見ていた夢だったのかもしれない。
 光に溶け込む私はもう居ない。 
 その発光体を失った私の視界は、少し暗くなる。
 ただ真っ暗ではない。
 曇りの日の夜空のような明るさは保っている。
 変わったことは、今まで以上に色が分からなくなってしまったこと。
 

 そうしていると耳元で低い唸り声が聴こえる。
 私の周りを舞う音たちが、徐々にその声にかき消されるように離れて行く。
 追い求めることすらできない。
 唸り声は私を囲いこむと、少しうろうろとして去っていく。
 暗い世界で一人になる。私は一人で、視界は暗い。
 なんの音もしなくなった世界で、私は一人。
 
 次の瞬間 (da capo)

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