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『星美くんのプロデュース』七夕SS


『願い事』


 七月の初旬、登校すると昇降口前に笹が置かれていた。何人かの生徒がシートの上に横たえられた笹を前に楽しげにさざめいている。

「そっか、七夕か」

 近づいていくと、笹の傍にはいくつか机が置かれており、そこには短冊の束と筆記具の用意、そして『七夕の願い事を書きましょう』とのこと。皆が短冊を付けた後、七夕の日に立てて飾られるらしい。

「願い事だって。心寧も書く?」
「え、書きませんけど……」

 短冊を手に取って振り向くと、少し重めのグラデーションボブの少女――心寧四夜は嫌そうに唇をへの字に歪めた。

「なんで?」
「なんでって……普通に気恥ずかしいというか……逆に陽キャの人たちってこういうイベント好きですよね……なんにでも即乗っかって盛り上がれるのなんなんですか……?」

 周りで願い事を書いた短冊を見せ合いながらはしゃぐ生徒たちを胡乱げに見遣りながら心寧はぼそぼそと呟く。セリフからお察しだとは思うが、彼女は筋金入りの陰キャだ。

 陰キャな彼女が『可愛く』なれるよう、メイクやファッションを僕がプロデュースし始めてから数ヶ月。しかし元の性格まではそうそう簡単に変わりはしない。

「周りが盛り上がっていればいるほどその輪の中に入るのを躊躇ってしまう生き物……それが陰キャです……」
「孤独なモンスターじゃん……」

 そんな生態聞きたくなかった、とげんなりしていると、背後からタッタッ、と軽やかな足音が近づいてくる。

「あ、笹じゃん! ねー星美、これ願い事書いていいやつ?」

 駆けてくるなりパッと喜色を浮かべて問いかけてきたのは同じクラスの女子、伊武だ。

「うん。みんな書いてるし」
「やったー! あ、しーちゃんはもう書いた?」
「えっ、いえ――」
「じゃ、一緒に書こっ!」
「ぇぇえっ⁉︎」

 有無を合わさず伊武に腕を引かれ、心寧も短冊を手に盛り上がる輪に加わる。

 横たえられた笹に付けられた短冊には思い思いの願い事が書かれている。『テストでいい点取りたい』とか『部活の大会で勝ちたい』なんてものはいかにも学生らしい。『留年にはしないで』とか書いてる奴もいるがそれは自分が頑張れ。

「よしっ、書けた!」

 僕が他人の願いを見ている間にも短冊を書き終えたらしい伊武は、得意げに短冊を僕に向けて突き出してくる。

「えーっと、『恋愛成就』? なんか御守りみたいだね」
「いいでしょ! こういう願い事で恋愛系は定番だし、織姫もなんか恋愛で苦労してるし共感して叶えてくれるはず!」
「七夕って織姫が願いを叶えるシステムだっけ?」

 正直あまり詳しくないのでなんとも言えないが、なんか違う気はする。というか自分も恋愛で苦労してる人が他人の恋愛の成否まで担わされるの? 酷じゃない?

「星美は何書くの?」
「えーどうしよう。無病息災とか?」
「御守りか!」
「いやでもそれこそこういうのって健康とか持病の快復を願うのが定番じゃない?」

 伊武と二人でやいのやいのと言い合いつつ、短冊にペンを走らせている心寧を見守る。

「しーちゃんは書けた? 何書いたの?」
「あ、ちょっ、み、見ちゃダメですっ……!」

 覗き込もうとする伊武から短冊を手で隠そうとする心寧だったが、勢い余ったのかその手で短冊を机の上から弾き飛ばしてしまった。

 ひらり、と足下に落ちてきたそれを拾い上げると、

「……『陰キャが治りますように』って」
「あぁぁぁなんで読み上げるんですかぁ!」
「ご、ごめん、つい」

 顔を真っ赤にして僕の手から短冊を奪い取ると、心寧は早口で弁解する。

「いや、あのっ、ほらっ、星美くんだってこういうのは健康とか持病が治るのを願うのが定番だってさっき言ってましたよねっ?」
「陰キャは病気じゃないだろ」
「治らないってこと、ですか……?」

 まるで余命宣告を受けたかのように虚ろな目をする心寧。少なくともこんな他力本願では治らないだろうな……。


   *


 迎えた七夕の日。
 校舎の二階を歩いていると、窓の外で笹の葉がさらさらと揺れている。どうやら無事に短冊を付け終え立てて飾られたようだ。

 立ち止まり、なんとなく近くの短冊を眺める。
 すると、なんの偶然か『陰キャが治りますように』と書かれた短冊が目に入った。

 苦笑する僕の目の前で、湿気を孕んだ風に煽られ、心寧の短冊がくるり、とひっくり返った。

「あれ?」

 その短冊は、普通は何も書かれていないであろう裏面にも『願い事』が書かれていて。

「……それ、短冊に書くことかな?」

 この願い事を書いた時の心寧の顔を想像して、僕は思わず笑ってしまった。


 放課後、さらさらと揺れる笹の下を心寧と歩いて帰りながら僕は言う。

「心寧、この後暇なら買い物行かない? この前心寧に似合いそうな可愛いアクセ見つけてさ」
「えっ、い、行きますっ」

 僕の言葉にパッと顔を輝かせると、心寧はこくこくと何度も小刻みに頷いた。

 それから、くすぐったそうに笑ってぽつり、と呟く。

「……いきなり『願い事』叶っちゃいました」

 ぅへ、とだらしなく頬を緩める彼女の頭上、どこかで揺れているであろう短冊の内容を思い出しながら、僕もつられたように笑った。

「……でも、二つも願い事するのはズルだよね」
「あれっ、勝手に見ましたっ⁉︎」


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