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デブでブスの令嬢は英雄に求愛される 第1話

「俺に、ジュリア様に求婚をする権利をいただきたいのです」

その言葉を聞いた瞬間、思考が停止した。
一体何を言われたのかがわからなかったからだ。
爆弾発言をした男はジュリアの返事を待って、跪いていた。
その翡翠色の瞳は期待と興奮に星のようにきらきらと輝いている。

(どうしてこうなった……)

ジュリアは天を振り仰ぎ、額に手に持っていた扇を当てた。
見上げた天井では憎らしいほどに美しくシャンデリアが瞬き、目が眩むようだった。

 ジュリア・レーゼルバールはそこそこ名の知れた女伯爵である。
 齢12歳にして爵位を継ぎ、そこから約8年で次々と新しい政策を打ち立てることで森の収穫物しか取り柄のなかった辺境の領地を一大酪農地、そして更にはそこそこの観光地にまでのし上げ、数々のブランド生産品を輩出する会社まで設立させた大富豪であるからだ。
 しかし、彼女が有名な理由はそれだけではない。
 有数の貴族達が集う祝勝会では今日もまた、彼女の噂で溢れている。
 様々な秘め事がさざめくその会場で、彼女は悠然とその姿を現した。

 彼女が一歩、馬車から足を踏み出す。
 入り口で招待状の確認をしていたドアマンが、その姿に一秒ぴたりとその動作を止めた。

「ようこそおいでくださいました、レーゼルバール伯爵。どうぞ、お楽しみくださいませ」
「ありがとう」

 しかし停止したのも一瞬で、ジュリアが差し出した招待状を申し訳程度に一瞥すると、すぐに笑顔を作って会場へと掌で導いた。
 招待状の真偽など確かめる必要もないくらい、彼女の容姿はずば抜けているのだ。

 彼女が会場に足を踏み入れる。
 その途端に囁くように交わされていた会話が一瞬止み、その場にいたほぼ全員が彼女のことを振り向いた。
 しかし、それも一瞬の出来事ですぐに会場に会話のさざめきが戻る。

「ごきげんよう、ジュリア様。この度はジュリア様の領地の民から英雄が出るなんて、本当に素晴らしいわ。心からお祝い申し上げます」
「ありがとう、マリアーヌ様。でも活躍したのはその方ご自身の功績よ。私はたまたまその方の生まれ故郷の領主だっただけ」
「お祝いの言葉を贈るのには十分な理由ですわ」

ほほほ、と上品に笑うマリアーヌ伯爵夫人に微笑を返してジュリアは前に進む。

「久しぶりだね、レディ・ジュリア。君にぜひとも会いたいと思っていたんだ。今度、新しい事業がメイデンクールで始まるらしくてね、あれがどう転がるか君の意見を聞きたいと思っていたんだ」
「お久しぶりね、レイル子爵。あれは良いわね、出資すべきだわ。広い土地と初期投資額の割に元手の回収には時間がかかるけど、将来的には必要になる技術だわ。今は儲けが少なくとも、発展すれば長期的に見てプラスよ」

 そう告げてジュリアは悠然と微笑む。
 他にもわらわらとやれ出資してくれだの、貴殿の領地のレース織りは素晴らしい技術だだのと褒め称える人の群れにジュリアは溺れるはめになった。
 しかしジュリアはそれらを次々と仕分けていった。
 興味がある話題にはもちろん丁重に食いつくし、興味がない話題にもやんわりと柔和に接する。
 会場にはすぐにジュリアを取り巻く巨大な人の輪が出来た。
 しかしそれを快く思わない人間も当然、いる。

 ジュリアのいる巨大な輪を外れた隅の方に、小さな集団があった。
 正確に言えば、それまでは中心近くに居たのにジュリアの登場によって隅に追いやられた、というのが正しい。
 ある程度派手だが品性を損なわないセンスのよいドレスに身を包んだ貴婦人達による集団のその中心人物とおぼしき女性は、ふ、と嘲るような吐息を溢した。

「見てご覧なさいよ、皆さん。あの品のないドレスの色。形は悪くないけど着ている人間のせいで原型をとどめていないわ」
「まぁ、レティシア様、そんなことを言ってしまっては気の毒ですわ」
「そうですわ、そんな本当のことを言うなんて」
くすくすと、取り巻き達がそれに追従する。
それに気を良くして、リーダーのレティシアは「ああら、本当のことならいいじゃない」と息巻いた。
「皆思っているはずだわ。だらしのない体型にみっともないドレス、そしてとてもお可哀想なご容姿! ジュリア様は女性として、いいえ、人間として恥ずかしくないのかしらって!!」

 その声は思いの外、周囲に響き渡った。
 周囲がしん、と静まり帰る。
 皆、ジュリアの顔を恐ろしくて見ることが出来なかった。
 なぜならばその悪口は確かに、紛れもない事実だったからだ。

 体型を誤魔化すようなAラインのドレスでも隠しきれない贅肉は贅沢にも前後左右に渡って腹回りを包囲しており、腰のくびれは完全に消失していた。
 顔も当然脂肪が付き、立派な二重顎の上には薄い唇。
 簡素で少し上向きな鼻に、つぶらな青い瞳が付いていた。
 肌にはニキビを潰した跡なのか、クレーターやシミが居座っていてお世辞にも綺麗とは言いがたい。
 真っ赤な髪の毛はぱさぱさで、センスのかけらもないラインで肩口でばっさり一直線に切り落とされていた。
 つまり、おかっぱ頭だ。
 唯一褒めるところがあるとしたら、にやり、と笑った際に光る白い歯は整っていて美しかった。

 そう、ジュリアは有名だ。
 優秀な経営者、有能な投資家であるという以上に、――これ以上ないほどにデブでブスな行き遅れの女伯爵として。

 全員が気まずくて顔を上げられなかった。
 嘲りを放った女性達と、――ジュリア自身を除いては。

 ジュリアは悠然とその青色で彼女達を見返すと微笑んだ。
 その微笑みは正直まるで絵本に出てくる悪役のトロルのようで不気味だったが、誰もそれを指摘しない。指摘など出来ない。あまりにも恐ろしすぎて。

「ああら、私ったらなんて親切で心優しいのかしら!」

 その太い指で扇を取り出して、口元を覆い隠すとジュリアは高らかに笑い声を響かせた。

「貴方達みたいな人にわざわざ文句を言うための種を提供してあげるだなんて! だってもしもこれで私がとんでもない美人だったりしたら、貴方達が文句を言う隙もなくなってしまうじゃない? 貴方達ったら、人の悪口を言わないと呼吸すらできないんだから!!」
「なっ……!」
「貴方、なんてことを……っ」

ジュリアのあまりにも辛辣な物言いに、女性達は顔色をさっと赤へと変える。
しかしジュリアはそんなことには一々取り合わなかった。
なにせ、喧嘩を仕掛けてきたのはあちらの方だ。
扇を閉じると、真正面から相手を見返した。
 その体格の重量分も加わった迫力に、女性達は言おうとした反論を口に出来ずに押し黙る。
 それをみてジュリアは得意げにふふん、と鼻を鳴らした。

「確かに私はどうしようもないデブだわ! その上顔の造作も整っていないブスで、ニキビがなかなか治らなかったから肌も汚いの! でもだから? なんだっていうの? 私ったら、とんでもない億万長者よ! その上頭もとってもいいの! 仕事もできて有能よ! だから街の経営で財は増えるばかりだわ! 私には地位と名誉と財産と確かなこれまでの実績があるの! ねぇ、これ以上に何が必要かしら? 十分じゃない?」

 そのまま両手を広げて、周りを振り仰ぐ。
 その周囲に侍っていた人々はいつものジュリア節に苦笑して手を軽く叩いた。
 次第にその拍手が広がり、かなりの大音量になる。
 それを背後に受けて、ジュリアは改めて彼女達に向き直った。
 ふくよかな胸をつん、と反らして見せる。

「私は謙虚なのよ、だから無い物ねだりをしたり、完璧超人を目指したりもしないの! こんなに恵まれている私にこの上更に容姿まで求めるだなんて、貴方達ったらとっても欲張りね! 身の程というものを知ったらいかが?」
「流行のドレスを着れないなんて、なんて不幸なのかしら」

苦虫をかみつぶしたような顔で、なんとか苦し紛れに吐き捨てられた言葉はなんとも貧相だった。

「あら、流行のドレスを着るのにわざわざ痩せる必要なんてないわ。着たいドレスがあったらオーダーメイドで作らせればいいのよ!」

しかしジュリアはそれをそのまま放ってはおかず、その反抗を軽くヒールで踏みつぶす。
そのままぐうの音も出ない相手の顔を悠々と見返した。

(勝った……っ)

 完全勝利である。
 ジュリアはデブでブスだが、けっして卑屈なブスではなかった。
 むしろ、他者からは少々自信過剰にも思われているかも知れない。
 しかし、ジュリアは理解しているだけだ。
 見た目が良いのは確かに得だがジュリアの長所はそこではない。
 それを補ってあまりある賢さと地位と実績があった。
 自分の長所と短所をよくよく理解した上で、自分はそんなに捨てた人間ではないと思っているのだ。
だから悠然と微笑んで、堂々とこう言ってやれる。

「私にないのは、美貌と愛嬌だけよ」

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