見出し画像

[小説]デブでブスの令嬢は英雄に求愛される 第12話

 周囲がピンと張り詰め、二人が対峙したまま事態は膠着した。しかしそんな緊迫した空気を無視してかかるとぼけた声がある。

「やぁやぁお父様、落ち着いてください」

 それはアレッタの婚約者であった。彼は余裕綽々の態度で眼鏡を押し上げると、懐から何かを取り出すとそれを高々と空にかかげて見せた。

「ところで、このようなものをこちらの山で見つけたのですが、これは一体なんでしょうね?」
「それ……っ」

 かかげられたのは根元から葉の先にかけてブルーからピンクへとグラデーションがかかった細長い植物であった。
 ジュリアの顔色が悪いのがわかって、彼は得意げに笑う。

「僕の記憶が確かならば、これは非常に危険な毒草だ。このようなものを密かに栽培しているなどと国に報告したらきっと貴方がたはどうなってしまうでしょうか?」
「まさか、この付近に偶然生息していたということ? 村人に被害が出なくてよかったわ。見つけてくださったのならば感謝をしなくては」

冷や汗をかきつつ、ジュリアは取り繕った。まだ取り返しはつくはずだ。
『栽培していた』ということを認めさえしなければ、なんとかなる。しかしジュリアのそんな楽観を、彼は一笑に伏した。

「栽培していないと? おかしいですね、僕が見たところでは、頑丈な扉がもうけられていて、明らかに人の手が入っているように見えましたよ。それなのにこれは自生のものだと? これは言い訳が苦しい苦しい。これ以上の弁明は結構。どうか国にしてください」

 ジュリアは内心で舌打ちする。流出を防ぐためにしたことが、返って裏目に出てしまった。確かにその存在に気づいていなかったふりは出来ない。
 ジュリアの立場からして、そのことを国に報告されたところで男が期待するように家ごと取り潰しになどはならないだろう。しかし降格されて、多少の裁量を奪われる可能性はあった。なんとか手はないかと考えて、それはないことにジュリアは気づく。

 瞼を閉じて、開けた。

 誤魔化す手立てはない、ならば、男が国に報告をあげることは許容しよう。大事なのはその後だ。いかにアレッタのことをこちらに残し、かつ、そのことによる不利益をしのぐか。

(会社のいくつかを国に譲渡して減刑を図るか)

 ジュリアは腹を決めて、頭の中でいくつか交渉に使えそうな会社をピックアップし始めた。

「おや、これはこれは……」

その時煩わしい声が上がった。一体何をしにのこのこ出てきたのかとジュリアは相手を睨みつける。

(まさか、こんな場面で反逆をおこすつもりじゃないでしょうね)

だとしたら実に忌々しいことだ。いままでジュリアを騙そうとしてきた人間の中では、一番よく機を見ていることだと感嘆してやってもいい。
しかし彼はそんなジュリアの呪詛のこもった睨みなどものともせず、一番前へとしゃしゃり出ると勝ち誇る婚約者と向かい合うようにして立った。
そうしてルディはにっこりと爽やかに微笑む。

「わざわざ薬草を採ってきていただけるとはありがたい。長時間の審判役を務めてちょうど疲れていたところなのです」

 もぐもぐぱくり。ごっくん。
 そしてなんと、その毒草をひょいと食べて飲み込んでしまった。
 あたりに沈黙が落ちる。思わず皆がその毒草を飲み込んだ馬鹿者がすぐにでもひっくり返って死ぬのではないかと注視してしまったが、けれど何も起こらない。

「うん、実に美味しい野草だ。どうですかな、卿もお一つ」

 そのまま何事もないかのようにルディは大量の毒草をもしゃもしゃと食べ続ける。
 それは草を食む山羊のような貫禄であった。
 平然と『薬草』を勧められたカークスは顔を引きつらせてあとずさった。

「わ、わしはこれで失礼させてもらう」
「お、お義父さん?」
「今回の婚約の話は保留だ。いいか、白紙にはしない。保留だぞ!」

 カークスの捨て台詞になんとか我に返ったジュリアが言葉を放つ。

「お好きになさったらいいわ。けれど婚姻届けにサインはしないわよ、アレッタも好きにさせてもらうわ」
 せいぜい無意味な婚約期間をお過ごしになって!

 ジュリアの言葉に二人は歯を噛みしめるが、けれど言い返す言葉を思いつかなかったのか、そのまま去って行った。

 立ち去る二人の背中を見送って、さて、とジュリアは振り返った。まだ全ての問題は片付いていない。振り返った先にはルディがにこにこと間抜けに微笑んで立っていた。その手にはまだ毒草を持っている。

「貴方、大丈夫なの、そんなに大量に……」

ああ、とこともなげに手にした毒草をみてルディは告げる。

「俺は戦士として毒に対する耐性をつけるための訓練を受けているのです。魔物によっては毒を有している個体も多いものですから。ですのでこの程度ならばまぁ、多少腹を下す程度で済みますよ」
「そ、そう……。ならいいのだけど……」

 平然と告げられるその人間離れした特技にジュリアは若干引く。しかしこの化け物じみた男のおかげで助かったのは確かな事実である。

「今回の件は、正直助かったわ。ありがとう、ルディ」

 殊勝な態度で礼を述べる。そんなジュリアをルディはじっと見つめた。その視線の重さにジュリアは若干気まずげに身じろぎをする。

「貴方は俺の心を疑って、試すような真似ばかりをされていた」

バレていたのか、ジュリアは内心で肩をすくめる。
 考えてみればルディは英雄と呼ばれるような人間だ。それも、長年国の中枢で様々な思惑の中で過ごしてきたような人間。気づかない方がおかしな話だろう。

「それは良いのです。いきなり見ず知らずの人間に求婚されて、素直に受け取る方のほうが珍しいでしょう。特に貴方様の結婚となれば、色々な利権が関わってきてしまう。邪推するなというほうが難しい」
「あら、そう。わかっているなら別にいいのよ」
「しかし、信じて欲しい。他の誰に疑われても貴方様だけは。俺の心に二心はないということを」

 そんなもの信じられるものか、とジュリアは内心で断じる。誰のことでも選ぶことのできた英雄が、わざわざジュリアを選ぶなど何かしらの事情があるに決まっている。けれど、そう、もしかしたらその事情とやらは、そんなに害のある内容ではないのかも知れない。少なくともルディからはジュリアを害してやろうという意思を感じないのだ。
ジュリアは少しは信じても良いかと思い始める。

(まぁ、少しだけね)

「ロザンナ、お医者様を呼びなさい。念のため診察を受けさせるわよ」
「承知いたしました」

 本当に大丈夫なんだが、と告げるルディをロザンナが捕獲してつれていく。それを見送ってジュリアは羽織っていたタオルと旗を側で恭しく控えていた執事のバルトへと預けて伸びをした。

よろしければサポートお願いします。よろしくお願いします。