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「将来のために勉強しなさい」には、やはり致命的な欠陥がある

面白い論文をSNSで知ったので、読んでみました。

悪戦苦闘しながら英論文を読みました。
読みながら自分の頭に浮かんだのは、タイトルの言葉。

この研究結果と、自分が感じた感覚を覚えておくために、
少しまとめてみようと思います。

*英語の全文は以下から読むことができます。
もしも自分の読み取りが間違っていたら、(こっそりと)教えてください。→ https://www.tandfonline.com/doi/full/10.1080/17439760.2020.1818809

どういう研究?

今回読んだ論文の正式なタイトルはこちら。

思春期の時点で抱いていた価値意識が高齢期の幸福感を予測する
~60年以上にわたる大規模コホート調査によるエビデンス~
Interaction of adolescent aspirations and self-control on wellbeing in old age: Evidence from a six-decade longitudinal UK birth cohort

この研究では思春期においてどんな価値意識をもっていると、
高齢期に幸せだと感じる人生を送ることができるのかという問いを、
大規模な追跡調査で明らかにしています。

対象となるのは1946 年にイギリスで生まれた人々(最終的には1727人)
思春期に価値意識を調査した後、
対象者が60歳から64歳になるタイミングで自分の幸福感を自己評価し、
その関連性を検証しています。

幸福感を評価するのに使用したのは
人生満足尺度(SWLS:Satisfaction With Life Scale)という手法。
慶応大学の前野教授が、以下のHPで解説しています。

 http://lab.sdm.keio.ac.jp/maenolab/questionnaire_about_happiness.htm
「幸福度の推奨アンケート(SWLS、幸せの4因子など)について」
慶應義塾大学 前野隆司

子どもたちにとっての“将来”の人生の長さがどんどんと伸びていく今、
確かに高齢期(この研究では60代前半)の幸福感は重要なポイントです。

では、この研究でいう“思春期における価値意識”とは何なのか。
先行研究の経緯も含めて見ていきます。

セルフコントロールだけではダメだった

この研究以前には、
思春期にセルフコントロールができるようになっていると、大人になってからの幸福感が上がるのではないかという仮説がたてられ、いくつかの研究がなされてきました。

一時的な欲求に流されず、自分のゴールに向かって努力する。
確かにそんな大人は最終的に幸せになれそうです。

しかし、これらの研究では有意な結果は得られませんでした。
自分をコントロールする力は、将来の幸福感を上げることもあれば、しばしば下げてしまうこともあるという結果が出てしまったのです。

なぜかというと自分をコントロールするという行為はあくまで手段であり、それ自体には価値がないからです。

例えば「面倒だけれど宿題をやる」という行為を例とします。
(宿題の善悪や、宿題が本質的かどうかは別として)
その手段自体に成功すれば、たしかにセルフコントロールの力は高まる。

しかしその行為のきっかけが、
「やらないと先生に問い詰められるから」という外発的動機か、
「わからないところを解決したい」という内発的動機かによって、
その性質は大きく異なるはずです。

つまりセルフコントロールが大事なのではなく、
何のために、何を目指して自分をコントロールするのかという目的意識が重要ということになります。

「何をモチベーションとするか」が鍵になる

そこで、この研究ではセルフコントロールも要素として置きつつ、
思春期の時点で「何をモチベーションとしているか」を問い、
その答えと高齢期の幸福度の関連を調査しています。

対象者はまず、13歳から15歳の間に、
教師によってセルフコントロールの力を評価されます。

学校での様子を複数の観点で分析し、
各自がどれほどのセルフコントロール力をもっているのか、
またその他のメンタルヘルスの状態はどうなのかを数値化します。

その後、15歳・16歳のときに、
対象者は自分の人生における優先度についての質問に取り組みます。
現在はもちろん、将来どんな価値観をもち、
何をモチベーションの源泉としていくのかをはかる質問です。

質問には、給与や地位といったいわゆる外発的動機からくるものや、
興味・関心、誇りのある仕事などの内発的動機など、
様々な角度で価値観を問う6つの選択肢があります。
対象者はその中での優先順位を決定します。

これを数値化することにより、
対象者が思春期にどのようなことにモチベーションを感じ
どのような価値意識で人生を生きようとしているのかを判断します。

ここで説明した、
思春期のセルフコントロール力とモチベーションの動機の数値データ。
そして数十年後の高齢期の人生幸福尺度。
その2つの関連性を分析すると、面白い結果が出てきます。

何が幸福度を変化させるのか

前述の東京都医学総合研究所のホームページでは、簡潔に結果がまとめられています。(→ http://www.igakuken.or.jp/topics/2020/0916.html

まずはモチベーションの動機に関する価値意識と、幸福感について。

思春期の時点で抱いていた「興味や好奇心を大切にしたい」という価値意識(内発的動機)が強いと、高齢期の幸福感が高まり、「金銭や安定した地位を大切にしたい」という価値意識(外発的動機)が強いと、幸福感が低くなることを明らかにしました。親の社会経済的地位や、本人の学歴によらず、この関係が認められました。
*東京都医学総合研究所HPより引用

「そんなこと前から分かってたよ!」と感じる人も多いとは思いますが、
これが長期の追跡調査によるデータとして実証されるのは、非常に価値があります。

今まで学校は、何となくこのことを理解しつつも、
「まあ理想論だから」「好きなことだけやってたら将来困るから」と
目を背けてきた傾向があります。

しかしこうやってデータとして立証された以上、
もうそんなことは言っていられない。
学校も家庭も“理想論・綺麗事”だと思っていたことを全力で受け入れ、
変わらなければなりません。

また、さらに興味深いのは、
分析の要素にセルフコントロール力の観点を加えた場合です。

加えて、自己コントロール力が低く生きづらさを抱えやすい若者が、外発的動機が強い場合は、高齢期の幸福感の指標である人生満足感が顕著に低くなることが分かりました。
*東京都医学総合研究所HPより引用

“セルフコントロールが難しい子”と言われてイメージする子ども像は人それぞれですが、学校ではそのようなタイプの子をコントロールするために、ルールで縛ったり、厳しく叱ったりすることがあると思います。

大人が外発的動機付けでなんとかコントロールしようとすることが、
実はその子の将来の幸福感を極端に下げている可能性がある
これは非常に衝撃的なデータです。
(前述のサイトにグラフもあるので見てみてください)

*この研究における外発的動機は、給与や地位などの価値観を示しているので、“叱られるから・褒められたいから”などの要素が直接的に入っているわけではありません。
しかし大人がコントロールしようとすることは、将来的にそのような外発的動機を重んじる価値観を助長するのではないかと自分は思います。

「将来のために勉強しなさい」

きっと誰しもが一度は聞いたことのある言葉だと思います。
とても外発的動機につながりやすい言葉です。

学校や、家庭や、塾などの大人が、
子どもたちに漠然とした“将来のため”という価値観を植え付け、
半ば無理やりに机に向かわせます。

しかし、私達はこの言葉に欠陥があることも同時に理解しています。

勉強すれば本当にいい仕事につけるのか。
そもそもいい仕事につくことが幸せなのか。
先が予想できない時代に、“将来のため”が通用するのか。

今回の研究で、今まで綺麗事だと思われていた「興味・関心を大切にする」という言葉の重要性が、よりリアリティをもって迫ってきます。
逆に言えば、「(将来のために)〇〇しなさい」という外発的な言葉自体が、将来の幸福度を下げる可能性をもっていることを、私達は理解しなければなりません。

子どもの将来の幸せ(もちろん今の幸せも)を願うのであれば、
どれだけ大人目線で見て幸せにつながりそうでも、
「〇〇させる」という考えを一度抑える必要がある。
簡単ではないですが、心に刻んでおくべき考えだと思います。

そして特に
“この子は自分がコントロールできない”
“大人がちゃんとコントロールしてあげないと”と感じるような子こそ、
『やりたいことをやってごらん』と背中を押してあげる必要があることがわかります。

子どもたち自身の内発的動機の可能性を信じて、
種を蒔き、選択の機会を増やし、子どもの努力を全力で支える。
全国にはそんな先生たちがたくさんいますが、個の力では限界があります。
学校全体としてそんな文化をつくりあげなければ、大きな変化は訪れません。

自分の学校やこの国の教育デザインに、
どのようにこの研究結果を落とし込むことができるのか。
この機会に考える必要があると感じました。

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