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「Light and Darkness」第1話:光と闇

【あらすじ】
 アリシア・レイアナードとフレドリック・グルームは幼馴染み。
 しかし彼らは、犬猿の仲として王立マジェスペリー魔法学園では有名だった。
 二人が犬猿の仲になること、それは宿命だった。何故なら、

【光】の大精霊の加護を受ける乙女──アリシア。
【闇】の大精霊の加護を受ける青年──フレドリック。

 光と闇は、相反する物。彼らが仲睦まじく話すことなど、決してあるはずがない──。


 ──というのはあくまで、表向きの話である。実は2人は秘密裏に愛し合っていた。

 訳あって仲の悪いフリを突き通す2人。互いを信じ、愛し合うアリシアとフレドリックの運命は──。

 彼女が道を歩けば、たちまち光の粒子が舞い散る。誰もがその光景を目にしていた。彼女の方向を見ていなかった者も、その神聖な光が視界の端に写り、思わず振り返ってしまう。
 もちろん、それは幻覚である。彼女は光りを振りまいてなどいない。しかし彼らは確実にこんな光景を見る。
 ──くしが意味を成さないほど滑らかなその白髪を風が攫い、通り過ぎると同時に確かな輝きをもたらす。
 ──長い睫毛が守っている大きく丸い橙色の瞳は、彼らの心に暖かな灯火を与える。
 ──彼女が微笑めば、霧は晴れ、雲も引き、太陽の方から顔を出してくる。
 まさに彼女は、光の女神が人の形を成した者。そう褒め称えられたとしても、決して過言ではないだろう。
 もっとも彼女は、ただ歩いているだけ。たったそれだけなのだ。それだけで他者の視線を独り占めしているなど、考えてもいない。
「アリシア様、今日も素敵……♡」
「流石、レイアナード家ともなるとその所作しょさだけで高貴な風格が窺えるな」
 囁かれることは、全て彼女に対する賛辞の言葉だった。その話は、自然と彼女の耳にも入ってくる。どれだけ小声で話そうと、聞こえる時は聞こえてしまうのだ。
 果たしてその賛辞の言葉たちは、自分に当て嵌まることなのだろうか? そう考え、彼女は苦笑いを浮かべたくなった。しかし人目の多くある場。一瞬たりとも気を抜くわけにはいかない。
 自分は、選ばれた人間なのだから──……。
 ……そして心の片隅では、ある人物のことを考えていた。誰もが彼女を褒め称えるこの学園で唯一・・表立って自分のことを卑下することの出来る人物・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・だ。彼のことを思い出し、考えていた。
 否、彼と出会ってから今日この時まで、忘れたことなど一時いっときもない。
 苦しさのあまり、忘れてしまいたいと感じたことはあるが。
 反射的に口から零れ落ちそうになったため息を、寸でのところで押し留める。誤魔化すように笑みを取り繕ったが、彼女のその様子に気づく者は誰一人としていなかった。
 その時、目の前でふと影が差す。
 彼女が顔を上げると、そこには今の今まで彼女が考えていた青年が立っていた。

 ◇ ◇ ◇

 彼が道を歩けば、たちまち辺り一帯に影が差す。誰もがその光景を目にしていた。彼の影に晒されたものは、みな落ち着きを取り戻す。波紋を手の平で打ち消すように、絡まった糸を優しく元の一筋に戻すように。
 静寂と平穏をもたらす彼を、誰もが振り返る。そして彼らは確実にこんな光景を見る。
 ──艶のある黒髪は、真っ暗で何物の姿も映さない夜を切り取ったもの。
 ──髪と同色で切れ長の凛々しい瞳は、迷いや惑いを切り裂くような強い鋭さを所有している。
 ──彼が微笑めば、迷いも焦りも、全て静観して考えられるようになる。
 まさに彼は、闇の男神が人の形を成した者。そう褒め称えられたとしても、決して過言ではないだろう。
 もっとも彼は、ただ歩いているだけ。たったそれだけなのだ。それだけで他者の心に安寧をもたらしているなど、考えてもいない。
「おい見ろ、フレドリック様だ。今日は幸運な日になるな」
「グルーム様、あの穏やかで素敵な笑みを、こちらに向けてはくれないかしら……!」
 囁かれることは、全て彼に対する賛辞の言葉だった。その話は、自然と彼の耳にも入ってくる。どれだけ小声で話そうと、聞こえる時は聞こえてしまうのだ。
 しかし、彼はその賛辞の言葉に喜んだりなどしない。顔には微笑を携え、しかしその微笑に感情は伴っていない。自分は選ばれた人間なのだ。そう簡単に心を揺るがせることなどしない。その程度で喜ぶなど、言語道断である。
 ……そして心の片隅では、ある人物のことを考えていた。この学園で唯一・・自分の心を激しく揺らすことの出来る人物・・・・・・・・・・・・・・・・・・・だ。彼女のことを思い出し、考えていた。
 否、彼女と出会ってから今日この時まで、忘れたことなど一時いっときもない。
 どんな時でも必ず、随時、彼女のことだけを考えている。
 思わず顔が必要以上に緩むのを感じ、彼はより一層のこと表情を引き締める。だが彼の心の緩みや表情の些細な変化に気づいた者は、誰一人としていなかった。
 その時、目の前でふと光が舞う。
 彼が顔を上げると、そこには今の今まで彼が考えていた可憐な乙女が立っていた。

 ◆ ◆ ◆

 男女は互いを前にし、足を止めた。
 光を纏う乙女と、闇を纏う青年。
 美男美女が、こんなに近くで対峙している。その光景を一枚の絵画として切り取ろうものなら、各地のコレクターがこぞって金を出し、経済が回る。そのような事態になってもおかしくなかった。
 そう、彼らのことを何も知らない者なら、必ずそう思うことだろう。
 だが彼らと同じ魔法学園──由緒正しき王立マジェスペリー魔法学園に通う者なら、この美男美女が同じ場に揃うということが何を指すのか……それを理解していた。

 誰かが告げた。今日は厄日だ、と。

 ──光がはじけ、影が大きく伸びる。
 ──それらは周りにいる生徒たちに降りかかる災厄となる。

 だがそれらの出所である美男美女は、周囲の様子に配慮が出来るような精神状態ではなかった。心身から溢れ出る魔法を抑えることもないまま、彼らは互いを睨み、ほくそ笑む。
 そしてその口から出てきた言葉は。

「あら、誰かと思えば……ごめんなさい! 貴方って存在感がないものですから、しばらくいることに気づきませんでしたわ」
「そう言う貴方は逆に、そうも鬱陶しい光で存在感をひけらかして……恥ずかしくはないのですか? 図に乗るのも大概にしていただきたい」

 相手を忌み嫌う、そんな罵詈雑言たちだった。




第2話以降(全15話)↓

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