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祝福と休暇

地下鉄東西線は中野から地上に登り、単調だった車窓の風景に光が差し込む。見事な晴天だった。薄汚れた雑居ビルの並ぶ光景の背景としては少し眩しすぎるくらいの、青青とした空だった。どんな辛いことあった日でもさ、お月様を見ると元気が出るんだ、と言ったわたしに、私のそれは青空かな、と答えた子のことを思い出した。やはり元気が出る、とは言い難かったけど、確かに心は凪いで、おだやかだった。

休職したい旨を会社に伝えたのは年始、会社始めの日だった。年末の休みに友達の家に遊びに行く兼三度目の自殺未遂をしでかし、その流れで診断書も貰ってきたのだった。そこから紆余曲折ありながらも、本日からようやく休職ということになった。恐らく。まだ有給消化をしているので、正確に言うと休職ではないらしい。

とにかく、本日をもって当分、会社と距離を置く、ということになった。
会社、というよりも、社会と距離を置く、のほうが、わたしの心情としては正しいのかもしれない。

閑話休題、わたしの卒業論文のテーマは、(文学部だったので文学作品だったが)要は「どう社会と付き合ってく?」だったように思う。一年半ほど掛けて執筆した論文は、途中まで教授にも高評価をもらっていたが、最後の最後のオチのつけ方をどうやら間違えてしまったらしい。最後の講評会で、それじゃあ結局あなた世の中を否定しちゃってるじゃない、何にも進んでないわよ、と言われたのがあまりにショックで、その場で過呼吸を起こしてぶっ倒れかけたりもした。

その頃から結局なに一つわかっちゃいないのだ。自分と世の中、の折り合いの付け方が。
「就職して、あなたのことを認めてくれる世の中があるってことに気付けるといいわね」と教授に言われたが、生憎それは叶わなかった。

世の中って、やっぱりお金儲けとインチキとリアリズムだった。不器用で嘘もろくにつけないロマンチストには、難しかった。


私は恥ずかしいという思いよりも、この世の中というものが、私の考えている世の中とは、まるでちがって別な奇妙な生き物みたいな気がして来て、自分ひとりだけ置き去りにされ、呼んでも叫んでも、何の手応えの無いたそがれの秋の曠野に立たされているような、これまで味わった事のない悽愴の思いに襲われた。(太宰治『斜陽』)


わたしにとって、世の中というのは、結局ここから何も進んでいないのだ。いくら手紙を送っても返事のない、だだっ広い荒野だ。
じゃあわたしが叫んでいることは何なのか、自分の言いたいことって何なのか、というと、それもまだ定まっていない。

フェミニズム、セクシュアリティ、臨床心理、孤独、愛、アイデンティティ、多様性。
多分そういうキーワードなんだろうけど、それの何を、どういう手段で、お金稼ぎの手段にするのかライフワークにするのか、それすらもわからない。

SNSの時代だ。何か発信し続けることは必要だと思う。
けれどこんな不安定で、再構成している途中の自分を、どう発信したらいいのかもわからない。誰に届けたらいいのかもわからない。
わたしは一体これからどこに向かうんだろう。
どういうわたしになるんだろう。
どうやって生きてくんだろう。

何一つとして、わからない。でもやっと、ゼロになれた。
ここからもう一度、考えたい。
お医者さんには考えるなって言われてるけど——ごめん、考えたい。

食べることより、歩くことより、寝ることより、
考えることで、わたしは生きてると実感する。
それだけはひとつ、たったひとつ、わたしについてわかること。

祝福に、ケーキを買った。
蝋燭も買って、火をつけた。
ハッピーバースデー。何だかよくわからないモンスターのわたし。
もう一度、愛せるわたしになれますように。

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