⑥再生少女”Death”(連載恋愛小説)眠る人魚


打ち寄せる波の音、穏やかな涼しい風、砂の香り。夕日が沈みかけ、海を照らしている。1本の木の下で、私は目を覚ました。


「うう…、眩しい。ここは…、海?」
「あれ?藤井さん?」 


 藤井さんがいない。驚いて勢いよく立ち上がる。


「痛っ…!」


 砂の上に、右腕を下にして大きく倒れ込んだ。傷口には少量の血が滲んでいる。

と同時に、重要なことに気がついた。

 足がない…。

 私の足は、まるで人魚のように1つのヒレとして繋がっていた。人魚の存在なんて、御伽話の中だけだと思ってた。気づけば、上半身も胸に貝殻をあてているだけ。
 どうしよう…、これじゃ、まともに歩けない。藤井さんの過去を探らないといけないのに。人魚の格好ってこんなに着心地悪かったんだ…。


「血…、大丈夫ですか?」


 木陰から出てきたのは、端正な顔立ちの若い青年。


「今、これしかなくて…。痛いかもしれないけど、我慢してください。」


 そう言って、彼は私の腕についた砂を消毒液で落とし、タオルを巻いた。
自分のヒレに驚いて、腕の怪我なんか忘れていた。


「突然、すみません。ここにお一人ですか?」

「は、はい。」


 私は、どぎまぎしながら答えた。


「あちらの方で、魚人族の方たちが集まっていましたよ。」

「魚人族?」

「あなたも魚人族ですよね?足にヒレがついている。」


 彼は、平然としている。


「は、はぁ…。」


 人魚の民族があるというの?この世界は、どうなっているのだろう。


「申し訳ない。僕はもう、戻らないと。では、また!お気をつけて。」


 青年は、木陰にとめておいた馬に乗って去っていった。

 …どういうこと?頭が混乱する。魚人族が集まっている?私以外にも、このヒレのついた仲間がいるということよね。とりあえず、そっちに行ってみよう。
 と、思ったけど、どうやって歩くのかしら…。藤井さんもいないし、過去世で人魚スタートなんて初めて。た、助けて!!


 夕日が沈んで、辺りは暗くなった。不思議とお腹が空かないし、体も寒くない。ただ、途轍もない睡魔に襲われた。私は、一瞬のうちに眠ってしまった。


 目を覚ますと、ふかふかなベッドの上で寝ていた。


「…ここは?」


 真っ白のベッドに、大きな鏡。近くの美しい棚の上には小盛りのフルーツと、ワイングラスが2つ置いてあった。


「おはよう。風邪引いてない?」


 …誰?そう言えば、眠る前、私の腕にタオルを巻いてくれた男性…。


「失礼します。」


 彼は、私のおでこに手をかざした。


「うん、大丈夫そうだね。」


 彼は、安心したようでニコッと笑った。


「僕のこと覚えていますか?昨日、あなたの怪我が気になって、この宮殿に戻った後、もう一度あなたのところへ行きました。そうしたら、あなたがぐったり倒れているのを見て…。あんなところに一人で寝ていては危険です。魚人族とはいえ、あなたは一人の女性です。」


 彼は、深く息を吐く。


「…風邪引かないか、心配でしたし。」

「あ…、心配ありがとうございます。」


 あれ?いつの間に。私の上半身は、可愛らしいルームウェアを着ていた。
 私が驚いた表情を見せると、


「本当にごめんなさい!」


 彼は、私に深く頭を下げた。


「え?」

「あなたを運んだきた時に、体にたくさん砂がついていて、…あと、貝殻が割れてしまっていて、…その、ちょうどメイドのインカがいなかったから…。僕が、あなたの着替えを。」

「へ?」

「本当に申し訳ない。」

「え?えー!?」


 わ…、初対面の青年に裸見られたっていうの!?でも、私40歳だし、息子に見られたようなもん…。ん?いや、私の体、10代後半くらいの若さ…。


「本当に見なかったことにします、勝手なことをしてすみませんでした。あなたが寝ていたあの海は、人攫いが多い区域です。魚人族は、この国の中で軽視されていて…。特に女性は襲われた後、ヒレを切断され、市場に鮮度の良い魚として売られてしまいます。だから、どうしても、あなたをあのままにしておくことはできませんでした。」


 物騒すぎる。彼は、私を助けてくれたんだ。裸を見られたのは恥ずかしいけど、仕方ない。私も忘れよう、そうしよう…。


「助けてくださって、ありがとうございました。」


 彼はまた、安心してニコッと笑った。


「因みに、僕はカイルと言います。あなたの名前は、何ていうのですか?」


「私の名前は…。」


 私は、何て名前だろう?どうしよう、何か言わないと怪しまれる。


「もしかして、記憶…。名前、思い出せないですか?」

「は、はい、そうかもしれません。」

「やっぱり、ここへ連れてきてよかった。危険すぎます。そうですね…、あなたが眠っていた木陰の近くに鈴蘭が咲いていて…、スズランって名前はどうですか?」

「スズラン…。」


 すごく可愛らしい名前だなぁ。


「そうですよね。気に入ってもらえて良かった。」

「え?」

「すみません、また勝手に。僕の祖父と僕は、たまに相手の考えている心の声が聞こえてしまって。」

「そ、そうなんですね。」


 そんな力があるのか、凄い。変なことを考えていたら、ばれちゃう。恥ずかしい。


「普段、いつでも聞こえる訳ではありません。安心してください。」

「分かりました。」

「僕はそろそろ、次期王子、婚約にに向けての会議があって…。行きたくはありませんが、参加してきます。その間、暇かもしれませんが、机の上のフルーツを食べてゆっくり体を休めていてください。」

「は、はぁ。」

「では、失礼します。」


 彼は扉を静かに閉めた。

 次期王子、婚約会議?ってことは、あの青年、実は王子なのかしら。確かに、品があるし、昨日、馬に乗っていたし、礼儀正しいし、あと…、かっこいい。ってそれはいいとして、藤井さんどこ行っちゃったの?お客様なのに、責任をとらないと…。

 私は魚人族?っていう人魚で、王子に助けられ、宮殿で寝ている。こんな展開、信じられない。頭の中の混乱が止まらないよー!

 考えているうちに、また眠たくなってきた。こっちに来てから、体力がない。どうしてだろう?

 数分もしないうちに、私はまた眠ってしまっていた。

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