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雨の日の落とし物

少し前の話。

会社帰りに駅をおりると、雨が降っていた。しょうがなく、折りたたみ傘を開いて、青になった信号を渡り歩き出す。

ふっと横を、黒髪ロングの女性が走って通り抜ける。傘を持っていなかった。

あらーかわいそうに。知り合いなら入れてあげるんだけどな、などと雨の日の妄想を繰り広げていると。


あれっ、何か落ちた。

暗がりでもすぐ分かった。

携帯電話!!!!


呼び止めることも一瞬頭をよぎったが、私は自分で言うのもなんだけど声が小さい方で。しかも、このご時世でマスクをしているのだから、そりゃまぁ、勝算はないわけで。


結果、まっすぐに走る彼女を追いかける。

左手に折りたたみ傘、右手にお姉さんの携帯。


これがいかに走りにくいか、お分かりだろうか。


折りたたみ傘は不安定にグラグラしているし、知らない人の携帯電話をこれ以上濡らすわけにはいかない。(落ちた時点でちょっと濡れてるけど)

雨の日で足元はところどころバシャバシャしているし、なで肩からゆるく背負っていたリュックの紐がずり落ちる。

でもこの勝負、諦めるわけにはいかない!!


距離がなかなか縮まらない。こんなんじゃ追いつけないと思い本気で走り出した時、コートのポケットから私の携帯電話がすべり落ちた。


おーい!まじかよ!!

ちょっと戻ってすぐに拾い上げる。ちょっと汚れてしまったけど、壊れてはいなさそう。ホッ。


振り返ると、遠のくお姉さん。

再び走る。まじで傘邪魔すぎて捨てたい。


左手に自分の携帯と折りたたみ傘(持ってるけど、もはや傘は差していない)、右手にお姉さんの携帯。


まっすぐな道を走る。唯一幸いだったことは、向かいから誰も通行人が来なかったこと。狭い歩道をすみません、とか言いながらスピードダウンしてる場合じゃない。

少しずつお姉さんの後ろ姿が近づく。

それにしてもスピードが緩まない。そろそろ止まってくれないかなーと思った時。


お姉さんが右に曲がった。


そっちは私の帰り道じゃない!!


もう走るの無理(帰るのに遠回りはごめんだ)!!

今しかない…

「携帯落としましたよ!」




届いた…

お姉さんが振り返り、戻ってくる。


「すみません、ありがとうございました。」


まっすぐな目でこちらを見つめた素敵な笑顔のお姉さんは、めっちゃ美人さんだった。

しかも、心からのありがとうだった。


お姉さんのために走って良かった…


私が男なら恋に落ちただろう。

疲れたけど、お姉さんの笑顔とありがとうに癒されて、こちらがありがとうでした。




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