イマジネーション・クライム
「おい……なんで部屋の中に死体があるんだよ!!」
深夜2時。
残業でくたくたになった私を迎えたのは、夫の怒鳴り声だった。
「死体? そんなものがどこにあるって言うの」
「どこ……って、その床に倒れてるのは死体じゃないのか!?」
そう言ってフローリングを指さす夫の視線の先には、だらりと姿勢を崩した物言わぬモノが転がっていた。
私は「またか」という感情を隠しもせず、ため息交じりに返答する。
「ああ、そう。また大変な事になったわね」
夫は若い頃に遭った事故の後遺症で、現実と妄想の区別がつけられなくなっている。一度発作が始まると、数日は自らの妄想に溺れてしまうのだ。
どうやら今は、この床に転がるぬいぐるみが死体に見えるらしい。
「おい、何がどうなってんだよ!いきなり部屋に死体が出てくるなんて……まさかお前が殺したのか!?」
「……はいはい。その話はあとでゆっくり聞いてあげるから」
私は生返事と共にぬいぐるみの頭をひっ掴み、乱暴に壁へ叩きつける。
悪いけど、今はまともに取り合ってあげるだけの余裕がない。明日も山積みの仕事をこなさなければならないのだ。
(あなたは頭のなかが大変なんだろうけど、私は現実が大変なの)
まるで殻に籠るかのように、私は暖かい布団を頭から被った。
明くる日。
鼻を突く鉄臭さに飛び起きた私の目には、信じられない光景が映っていた。
壁一面に広がる赤。
ひしゃげた何か。
それは手足をあらぬ方向にねじ曲げた人間。
誰?
死体?
ぬいぐるみじゃなかったの?
驚いて悲鳴すら出ない私の顔を、既に起床してた夫が訝しげに覗き込む。
「どうした? 青い顔をして」
「あ、あな、た……あれ……」
震える声で死体を指差す私を見て、夫は首を傾げた。
「あのぬいぐるみがどうかしたのかい?」
(続く)
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