彼は、私の城たる『うみそら整体院』の客にしてはやけに若かった。 「あの、すんません。予約してないんですけど」 自信なさげに話すのは、齢16ほどの少年。およそ整体を受けるような歳ではないだろう。だが背中を丸めたその姿は、なるほど確かに私の施術を受けるに値していた。 「大丈夫ですよ。本日はどうしました」 「なんか、ずっと疲れが取れなくて……腰も肩も痛いっていうか……」 喋るのも億劫なのか、やけに歯切れが悪い。 「あー、はいはい。これは確かにつかれているようで」 「
駅裏の廃ビルの中。 埃臭さに顔を顰める。 この暗い屋内に、生きているモノは俺以外いない。 だが確実に”いる”はずだ。その証拠に、さっきからうるさいくらいに心臓が早鐘を打っている。 「センサーが反応してるって事は、そろそろか」 心臓の鼓動がBPM180を超える。俺は懐から能面を取り出し被った。 途端、能面越しの視界に流れる無数のコメント。 ※おつー。 ※おつです。 ※今夜は屋内マップかな ※目指せトップスコア ※早くリタイアすんの見てーな 「うるせえオーディエン
太陽系外惑星OS-7。 熱砂と風の吹き荒ぶこの星でも、人類は営みの場所を作り日々を過ごす。この町で小さい店を構える私も、そのうちの一人だ。 「よぉ大将、やってるかい」 ーーやあプレケスさん。今日はどんなご用で? 「今日もコロシアムで派手にやってきたからよ、いつもの奴を頼むぜ」 ーー分かりました。そこのワークベンチに座って下さい。 「あいよ」 私の声に促され、プレケスさんは重鉄性の体を作業台に預けた。 プレケスさんは95年式B型アンドロイドだ。高い運動性能と引き換えに
学校の昼休み。 耳の奥でキーンと響く耳障りな音。僕はそれを我慢して、幼馴染みの咲に弁当を渡した。 「ほら、今日お昼ごはん忘れたんだろ」 「え、いいの?! ありがと~!」 子犬のように目を輝かせる彼女を尻目に、僕は世界崩壊を食い止められた安堵に胸を撫で下ろす。 ここで咲が弁当を食べられなかった場合、お腹を空かせた彼女は購買部へ向かう途中で階段から転げ落ちて他の生徒とぶつかり相手に重傷を負わせ、その事に激怒した相手の親がたまたま新興宗教の教祖だったためにその信者(数千万人
ドスドスと腹に響く足音。 音の主は、取り逃がした獲物……つまり俺の姿を探しているようだ。 相棒のミハエルは、さっき奴に記憶を根こそぎ喰われてしまった。仕事が終わったら彼と酒を酌み交わす約束をしたが、それは二度と果たせまい。 俺は埃っぽいベッドの陰に身を隠し、懐をまさぐる。取り出した記憶コンデンサに貼られたラベルを一瞥して、舌打ち。 「チッ。メモリーバンクの奴ら、弾をケチったな」 ラベルに印された記号は、色褪せた【C】。たかだかC級市民の、それも摩り切れた思い出
魔王の指先から、鋭い稲光が走る。 それは光線となり、狙い違わず俺の体を撃ち抜いた。 光線が命中した箇所から体が消し炭と化す。ものの5秒と掛からず、俺の肉体は崩壊した。 「レム!」 俺の名を叫ぶ仲間の声が聞こえる。 ……全身が消し炭なのに、どうして耳が聞こえるのかって? それは俺が死んだ瞬間、そのすぐ隣から新しい俺が復活したからだ。 【残機5→4】 頭の片隅に、無機質な音声が響く。それに舌打ちをしつつ、俺は拳を構えた。 ただのいち村人に過ぎなかった俺が
「おい……なんで部屋の中に死体があるんだよ!!」 深夜2時。 残業でくたくたになった私を迎えたのは、夫の怒鳴り声だった。 「死体? そんなものがどこにあるって言うの」 「どこ……って、その床に倒れてるのは死体じゃないのか!?」 そう言ってフローリングを指さす夫の視線の先には、だらりと姿勢を崩した物言わぬモノが転がっていた。 私は「またか」という感情を隠しもせず、ため息交じりに返答する。 「ああ、そう。また大変な事になったわね」 夫は若い頃に遭った事故の後