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愛をこめて花束を

彼と最後のデートをしたのは桜の季節だった。
桜が散り終わる頃、残り少ない桜を求めて名所を巡ったのを覚えている。
なんとなく彼との関係に終わりの気配を感じていたからか、散りゆく桜に自分たちを重ねて眺めていた。

そのデートの帰り、思いきって今後の付き合いについて切り出してみたら、案の定彼の顔が曇っていくのが見えた。

結局、それがきっかけで私たちは別れを選択することになった。


別れてからしばらくは毎日涙が止まらなかった。
関係が終わってから気付いた自分の本当の気持ちと、彼との沢山の思い出が頭の中で溢れかえっていた。
それでも毎日会社に行き、何も事情を知らない同僚たちに囲まれて仕事に集中している時だけは彼のことを考えずに済んだ。
仕事のおかげで、なんとか精神のバランスを保つことができていたのだ。

そんなある日、職場の有線から流れるJ-POPの曲が耳に入ってきた。
あまりにも有名で何度も聞いてきた曲なのに、突然歌詞が今までと違う響き方をした。

———もしかしてこの曲、一度離れた相手と再び向き合う気持ちを歌っているのでは?

そう気付いた瞬間、仕事中にも関わらず涙が溢れ出した。


私にとって、彼との日々は色鮮やかな花のように美しいものだった。
彼といることで人生が豊かに色付いていたのに、自ら手放してしまった。

私たちは別々の道を歩むことを決めたけれど、もしまた彼とめぐり逢うことがあれば、その時は違った関係性を築くことができるかもしれない。
そんな希望のエールをもらったような暖かい気持ちになった。

この曲以外にも、今まで自分には響かなかったものが突然胸を打つことが増えた。
きっと彼との別れを経験したことで、私自身が変わったからだろう。
彼は私を成長させてくれた、かけがえのない特別な人なのだ。


今年も桜の季節がやってきた。
たまたま彼と一緒に行った桜の名所の近くを通ったら、満開の桜が咲いていた。
今年は例年よりも開花が遅れているそうだ。
少しの時間、美しい桜並木を遠くからぼんやりと眺めてその場を後にした。

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