見出し画像

「コットンパール」 Ep.11

 今日は、文化祭の2日目だ。昨日は、沙耶と私は自分のクラスで忙しかったので、今日はお昼のピークが過ぎた頃に、周りの女子が気を利かせて長めに休憩時間をくれた。
 沙耶と私は、隣のクラスのおばけ屋敷が人気で、入るまでに並ぶと聞いていたので、すぐにおばけ屋敷に行く事にした。お化け屋敷は、隣の教室ではなく、別の広い教室を借りていたので、そちらに向かい列の最後尾に並ぶ。

 晴人いるかな? おばけ屋敷の前にはいないみたい。
シフトとか聞いておけば良かったかも。
うん? でも聞いといてどうするの?
晴人がいる時を狙って来るのもなんだか恥ずかしいし。
頭の中でぐるぐる考える。

「杏、あと少しだよ〜! なんか怖くなってきた!」
沙耶が怖そうに、私の腕にしがみ付いている。
「まだ、おばけ屋敷入ってないのに。大丈夫かなぁ。」
そう沙耶には言ったが、私も少し怖くなってきた。
「次のグループどうぞー。」
受付の男子が言う。晴人、外にはやっぱりいなかったなぁ。中でおばけ役やってるのかも。

「わぁ〜、いよいよだよ〜。杏、絶対手話さないでね。」
沙耶が言い、私と沙耶は腕をしっかり組みながらおばけ屋敷に入って言った。中は暗くて、ほとんど周りが見えない。ただ、小さな灯が足元で光っていて進む方向を示している。
思ったよりも怖い。
どうやらコンセプトは洋館らしい。壁は暗幕で覆われていて、いたるところにコウモリ、タランチュラ、骸骨、ロウソクなどが吊るされたり、置かれたりしている。壁には血に見せた赤い絵具がたくさん飛び散り、血のりがたっぷりと塗られた人形や生首が進むたびに現れる。BGMも恐怖を煽るような音が流れている。

「怖いよ〜。」
沙耶が今にも泣き出しそうな声を出している。
「私も思ったより怖いかも…。」
正直に言う。
最初は、ひたすら進むだけだった。逆にそれが、これから急に何かが起きる事を予測させ、恐怖で足がなかなか進まない。ゆっくり、ゆっくり沙耶と暗い中を歩いて行く。すると、前に小さな部屋があった。そこに入るように足元の灯は示している。

「部屋に入るみたい…。」
私が言う。
「ほんとだぁ…。」
沙耶と私はしっかりと手を繋いでいる。恐る恐る私から部屋に入った。
BGMが、遊園地のメリーゴーランドで流れているような軽快な音楽に変わった。しかし、それが余計に怖い。
その部屋は、どうやら子ども部屋のようだ。血の付いた、そしてなぜか濡れているドール人形や薄汚れたぬいぐるみ、おもちゃが床に散乱している。
部屋の中を少し進むと、血まみれのロリータファッションの女の子が、「遊ぼう…。一緒に遊ぼう…。私のお友達も紹介するから…、4人で遊ぼう…。」と言ってきた。
話かけてきた女の子が1人、私たちは2人で、ここに居るのは3人だ。4人目はお化けという事だろうか。
これが演出だとわかっていても、背筋がゾクっとした。

「キャーーー、やだ、やだやだ…」
沙耶の叫び声だ。
この状況でも怖いのに、沙耶の叫び声で更に恐怖が増す。
「大丈夫! 沙耶、大丈夫だよ。隣のクラスの生徒だからね。」
心臓はずっとバクバクしていたが、沙耶をとにかく落ち付かせないと思い、冷静なフリをする。
怖いよー。なんで文化祭のおばけ屋敷がこんなに怖いのよ…。
私たちは、子どもの前を恐る恐る通り過ぎ、子ども部屋を後にした。

「本当に怖いよー。私もう無理かも…。」
沙耶が、泣きそうな声で言う。いや、もう半分泣いている気がする。
「大丈夫、大丈夫! 全部生徒が作ってるんだよ? そう思えば怖くないって。」
さっきから、大丈夫、としか言えなくなってきている事に自分でも気付いていたが、それ以外の言葉が出てこない。
そして何より、沙耶にと言うよりは、もはや自分に言い聞かせていた。沙耶の足が止まっていたので、「とりあえず進もう」と声をかける。また、灯の示す方へゆっくり進んで行く。

 最初に通った場所とは雰囲気が変わり、今度は、十字架、コウモリ、気味の悪い絵、その他にもキリスト教を思わせる装飾があちらこちらにある。BGMは、また恐怖心を煽るものに変わった。加えてBGMから時々、女性の悲鳴が聞こえてくる。
「杏、前に誰か倒れてるよ〜…。」
沙耶が、恐る恐る言う。
私の方が沙耶より先に歩いてるのだから言われなくてもわかってる。
倒れているのは、メイド服を着た女の子だ。
とにかく、通り過ぎる時に驚かさないで、とだけ強く思いながら近付いて行く。
「女の子みたい…。あ、首から血が出てる…。」と私が言う。
「ほんとだ!怖いよ〜…。」
沙耶の手が私の手をより強く握る。
その女の子は、驚かしてはこなくて安心したが…、「もう一人、女の子!」私は、次の部屋の前に置いてある椅子に座っている女の子を指差して言った。
「ほんとだ! やだ、やだ…。あの子も首から血が流れてるよ〜。しかもこっち見てる〜。」
女の子は、首から血を流しながらこちらを睨んでいる。首を抑えている手にも大量に血のりが付いてる。
女の子の口が動く。
「何か言ってない…?」
聞き取れないので、沙耶に確認する。
「うそ? 言ってるかも…。」
沙耶も聞き取れてはいないみたいだ。
「あなたも…、餌食に…なりたい…の…」
私は、女の子の言葉で、なんとなくこの状況が理解できてきた。
「なに?なに…? ぜんぜんわかんないだけど…。私、もう無理かも…。」
沙耶は、お化け屋敷に入ってから一番怖そうにしている。
「大丈夫! 手繋いでるからね。とにかく進もう…。」
怖がる沙耶の手を強く握り、大丈夫だよ、と言い聞かせる。

私たちは恐る恐る部屋に入ると、真っ暗なその部屋の真ん中に棺が置いてあった。
「無理、無理! 絶対無理! 私ももう本当にダメ…。リタイアしたい!」
沙耶は、今すぐにでもお化け屋敷から出たい様子だ。
「本当に? 確かにだいぶ怖いけど、いいの…?」
「うん。もう怖すぎるからほんとに無理!」
「わかった。出よう。」
沙耶がそれだけ言うので、私もリタイアする事に同意した。
私たちは、お化け屋敷へ入る前の簡単な説明書に、リタイアする場合は近くにいるお化け役の生徒に声をかけるように、とあったので、その通りにする事にした。
私は、部屋の前にいた女の子に、リタイアしたいと伝えに行こうとした瞬間、目の前にある棺が開く音がした。
「キャーーー! 何…? なんの音?」
沙耶が悲鳴を上げ、私にしがみつきながら言う。少し涙声だ。
「……」
私もビックリして言葉が出ない。
ゆっくり棺が開き、そこからヴァンパイアの格好をした男子が出てきた。最初は誰かわからなかったが、少し経ってそれが相馬翔矢だとわかった。
「2人とも大丈夫? リタイアしたいって聞こえてきたから、出てきたんだけど…。怖がらせちゃったみたいだね。」
「相馬くん!! びっくりしたよ〜。」
沙耶は、突然の相馬翔矢に驚いている様子だが、少し喜んでいる気もした。
「ごめんね。それで、どうする? リタイアするなら外までの道案内するけど?」
「本当に怖いので、リタイアで!」
沙耶が、相馬翔矢にお願いするように言う。
それから沙耶は、相馬翔矢のヴァンパイア姿がかっこいい、などとさっきまでの恐怖はなかったかのように、彼との会話を楽しんでいる。私は、彼と沙耶のやり取りをなんとなく見ながら、頭では冷静に、図書室での相馬翔矢とのやり取りを思い返していた。
「城山さんもそれでいいかな?」
急に私に話しかけてきたのでビックリしたが、「うん。」とだけ答えた。
 彼の何考えているのかわからない笑顔が、ヴァンパイア姿とも相まってさらに不敵な笑みに感じる。

 私と沙耶は、彼の案内で簡単に外に出る事が出来た。外に出るまでの間中、相馬翔矢は沙耶と話していて、沙耶は、人気者の彼と話せているからかすごく嬉しそうだった。

「相馬くん、本当ありがとう!ヴァンパイアコスも超かっこいいよ!」
沙耶が言うと、そこにいた数人の生徒もヴァンパイア姿の相馬翔矢に黄色い声をあげていた。
「ありがとう! じゃあ、俺戻るね。」
そう言った後に、こちらに振り返り、「城山さんも、バイバイ。」と私に手を振った。
「あ、ありがとう。」
私は相馬翔矢にお礼だけを告げた。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?