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「コットンパール」 Ep.14

 季節は冬に向かい、上着が必要な季節になってきた。数日後に期末テストが始まるので、私はいつも通り、放課後の図書室で勉強をしていた。今日は、テスト範囲がいつもより広い英語を勉強する事にした。とりあえず授業の復習をする。

「ねぇ、ねぇ、城山さん。」
集中していたので、急に声をかけられてビックリする。話かけてきたのは、相馬翔矢だ。
この人は、いつも急に話しかけてくる…。高まる不信感。
今回は、何の話だろ…?
「な、なに?」
「ちょっとゆっくり話したいから場所変えてもいいかな?」
「……。」
相馬くんとはあんまり話したくないので、断りたいがそうもいかなそうなので、諦めて「うん。どこ行けばいいの?」と答えた。
「じゃあ、生物室行こ! あそこ俺らの溜まり場だから。あ、安心して。今日はみんな街に遊びに行ってるから俺しかいないし。」
「うん。」
友達がいるかどうかより、きみと話す事の方が安心できない…、と思ったが、大人しく付いていく事にした。

 生物室には本当に誰もおらず、相馬翔矢と私だけだった。私たちは、先生に廊下から覗かれても見つからないよう、廊下側の窓の下の死角に隣同士に座り、話を始めた。
「それで本題なんだけど、何で晴人のこと振ったの?」
相馬翔矢は、またいつもの笑顔で言う。でも、今日は少しだけ真剣な表情に見えた。
「えっ?」
ん?なんでその事を知ってるの?頭がパニックになる。
「あぁ〜、晴人から聞いたんだよ。」
「そ、そうなんだ…。」
そういば、晴人は相馬くんとも仲が良いいんだから、話を聞いていてもおかしくはない。
「で、なんで振ったの? 城山さん、晴人のこと好きでしょ?」
私の気持ちは見透かされてるようだった。
「な、なんで、相馬くんにそんな事言わなきゃいけないの。相馬くんは関係ないじゃん。」
少し突き放すように言った。
「関係ないって言われればそうだけど…、でも俺、晴人のダチだし。」
いつものふざけている相馬翔矢ではなく、いつになく真剣で、晴人のことを友達として大切に思ってる事が伝わってきた。
「だとしても…。相馬くんが晴人を大切に思うのはわかるけど…。でも、私…」
なんて続けていいのかわからず、言葉が出てこない。

 少し無言の時間が続いたが、相馬翔矢が口を開いた。
「さっきの質問に戻るけど、城山さん、晴人のこと好きなんでしょ?」
「… うん。」
あまりに真剣なので、正直に答えた。
「じゃあ、付き合えばいいじゃん。好きなのになんで振ったの?」
「それは…。」
また、少し間ができる。

何も言わないでいると、痺れを切らしたのか彼が話し出した。
「俺、前に図書室で、城山さんに元彼の藤崎京真の事聞いたじゃん。実はあの話、西中だったやつから、かなり詳しく聞いてて…。」

やっぱり全部を知っているんだ。

相馬翔矢は話を続ける。
「城山さん、中学の時に藤崎京真と付き合ってから、友達とも上手くいかなくなって、ひどい振られ方もしたって…。もちろん、聞いた話だから、どこまで本当かわからないけど…。その事があったから、晴人のことも振ったのかなって。それに、城山さん、高田意外のやつと話してるとこもそんなに見た事ないし、なんか、どこか周りと距離置いて、冷めた目で見てる気もするし…。まぁ、確かに、だから何って話で。城山さんからしたら俺関係ないんだけど…。」

これでもかってくらい見透かされてて、全く言葉が出てこない。

「俺、晴人の事もそうだけど、城山さんの事も、なんかほっとけなくてさ…。あ、ほっとけないってのは、別に変な意味じゃないよ?」
相馬くんが慌てて付け加える。
「変な意味っ?」
あまり見ない相馬くんの慌てた顔が面白くって少しだけ笑ってしまう。
2人の間の空気が少し変わった気がして、私も気持ちに少し余裕が出てきた。
 相馬くんは、人気者で、目立ってて、いつもふざけてて、相手のことなんてあんまり考えていない人なのかなって勝手に思ってたけど、そんなことないのかもしれない。実は、周りの事をよく見てて、本当は誰より相手の気持ちを考えられる人なのかもしれない。
「城山さん、もしかして晴人と付き合うの怖いの…?」
「…うん。すごく怖い…。」
中学の時の気持ちを思い出して、胸が締め付けられそうになる。
「ねぇ、中学の時、何があったの…?」
相馬くんが確信を突いてきた。

なぜか、いつの間にか相馬くんへの不信感はなくなっていて、私は中学の時の事を彼に話してみる気になった。
「私、京真、藤崎京真のことを中1の時からずっと好きだったの。京真はすごい人気者でかっこよくって。私も京真も目立つグループにいたから、話す機会も多いし、よくみんなで遊びにも出かけてた。毎日本当に楽しかったの。今の私からは想像できないかもしれないけど、女友達も男友達も多かったんだ。あと、相馬くんならわかるだろうけど、目立つグループって急に誰かを仲間外れにしたり無視したりする事があったでしょ?  私の周りもそうで、私は率先して仲間外れにしたり、無視したりはしなかったけど、なんとなく周りの様子を見ながら良いように立ち回ってた。今思えば、そこにいる私も共犯者で、本当に最悪な事してたんだけどね。」

相馬くんは相槌をうちながら真剣に聴いてくれている。

「中3になった頃に、京真が告白してくれたの。ずっと好きだった人に告白されて本当に嬉しかった。それで私たちは付き合う事になって、でも中3で受験も控えてるし、何より恥ずかしいから周りには特に言わずにいたの。時々、京真とはデートに行ったりもしてた。京真は初彼だったし、元々仲良かったし、毎日が本当に幸せだった。中3の夏休みが明けた頃に、同じグループの女友達から、京真と付き合ってるのかって聞かれて、隠してるわけではないから、付き合ってるって伝えたの。そしたら、その次の日から私は同じグループだった子たちから仲間外れにされて。その時は、意外と冷静で遂に私の番が来たんだなって。私も同じことを周りにしてきたんだから当たり前かって思った。仲間外れの理由は、聞いてはいないけど、同じグループの誰かが京真のことを好きだったからだと思う。相馬くんの西中の友達って人がそう言ってなかった?」
「そう言ってたよ。」
相馬くんが答える。


私は続ける。
「まぁ、理由なんてどうでもいいの。いつか私は仲間外れの番が、自分に回ってくるのもわかってたし。でも…、覚悟はしてても、私は充分に傷ついた。でもそれと同じように人を傷つけてたんだなって。こればかりは反省し切れない。それに、仲間外れにされて初めて、私はそう言う友達付き合いしかできてなかったんだなって気付かされた。それから私は1人で中学生活を送る事になったの。もちろん、なかには話しかけてくれる子もいたりしたけど、私は1人でいる事を選んだの。残りの中学生活も短かったし。何よりもう傷つくのも傷つけるのも嫌だったから。」
「城山さんは根が優しいんだよ。それで?」
「そんなことない…。臆病なだけだと思う。それで、京真との事だけど、もちろん付き合ってる事が学校中に広まるし、私は仲間外れにされて1人ぼっち。もう学校中の話題になった。私のその時の状況を京真はどう思うのか、私は、京真を信じるしかなかった。でも、正直、振られる覚悟もしてたかな。そしたら、京真から『仲間外れにされてるやつとなんか恥ずかしくて付き合えない』って言われたの。さすがにすごく傷ついたよ。今思えば中学生の考えなんだけどね。その当時は自分の置かれてる環境が全てで、それはその状況にいた私も同じだから気持ちはよくわかった。だから、京真の事は責められないとは思ったけど、それでもあんなに好きだったのに、壊れるのは一瞬なんだなって。あんなに楽しかった学校生活が、急にどん底に落ちた。私が京真と付き合ったから、好きな人との幸せも、心から信頼できた友達ではなかったけど、友達と過ごした楽しかった日々も一瞬でなくなった…。だから…、怖いの…。晴人を好きになってしまったことも…。友達と親くなることも…。」
気付いたら目から一粒涙が落ちた。
「誰かを好きになると、幸せだった日が急に終わっちゃう日が来るんだよ…。 私はそれがすごく怖いの…。」
一回こぼれ落ちた涙はとめどなく溢れた。私は慌てて、スカートのポケットからハンカチを取り出し涙を拭く。
「泣いちゃって、ごめんね…。中学の時の1番辛かった時でも涙出てこなかったんだけどなぁ…。おかしいなぁ。」
笑って誤魔化そうとする。
「ぜんぜんおかしくないよ。 城山さん、ずっと泣くの我慢してたんだな。」
相馬くんは、私の頭をぽんぽんして、彼の胸の中に抱き寄せた。ビックリはしたが、相馬くんの優しさが感じられた。
彼の鼓動が静かに鳴るのが聞こえた。すごく優しい音。

 私は、しばらくの間、相馬くんの胸の中でたくさん涙を流した。その間、彼は時々、頭をぽんぽんと軽く触れるだけで何も言わなかった。
ようやく涙が止まり、「落ち着いた。ありがとう。」と相馬くんの腕の中から離れる。
「どういたしまして。」
相馬くんは優しい表情で言った。
「話してくれてありがとう。でもさ、中学の時の事はもちろん辛いことだったと思うけど、だからと言って今好きな晴人への気持ちを押し殺しちゃうのはどうなのかなぁ…。それに、藤崎京真と晴人はぜんぜん違うし。城山さんも晴人のこと好きなら、晴人の優しさとか、人間性とかわかってるでしょ?」
「それはもちろん…。」
「それに俺は、城山さんは周りと距離を置いてクールにしてるより、もっと自分曝け出した方が城山さんらしくていいと思うよ?  今、見たいにねっ?」
真剣に話していたが、最後は泣いた私を少しからかうように、いつもの悪ふさげをする時の相馬くんの笑顔になった。
「もう。」と言いながら、私は相馬くんの肩を軽くグーパンチした。
 相馬くんの言っている事は充分にわかったが、色々な事があり過ぎて頭が整理できない。「うん。自分でもよく考えてみるね。今日は、泣いちゃって本当にごめんなさい。でも、ありがとう。」
私は、素直に思った事を伝えた。
「あ、あともう一つ。城山さんには相談できる大切な友達もいるじゃん? そいつにも相談してみれば?」
すぐに沙耶の事だとわかった。
相馬くんには、私が沙耶にもこの事を話せてない事、本音で話せてない事もお見通しみたいだ。
「うん。そうだった! 相馬くんに初めて話して、辛かった時の気持ちわかってもらえて、自分の気持ちも楽になった。人に自分の事話すのってすごく怖いけど、話した後はこんなに心が軽くなるんだね。」
「そう思ってもらえたなら良かったよ。」
「まだ自分の気持ちを整理する時間も必要だけど、落ち着いたら沙耶にもちゃんと話してみる!」
「おう!」
「相馬くんて、実は良い人だったんだね? 私は、相馬くんのこと誤解してたみたい。」
笑いながら言う。
「えっ? どう誤解してたの? 俺ほどの良いやつ他にいないだろ〜? その話は今度詳しく聞かせてもらおう!」
「じゃあ、もう外暗くなってるから帰ろ。」
相馬くんはそう言って、私たちは帰りの支度を始めた。
校舎を出るまで一緒に歩き、自転車だとう言う相馬くんとはここで別れる事になった。「本当に今日はありがとう。」
相馬くんに改めてそう伝えて、私は駅の方まで歩いた。

 歩きながら、さっきの出来事を思い返す。相馬くんの前で泣いてしまった自分に驚いたけど、彼に話した事で本当に気持ちがスッキリしていた。
そして彼に言われた通り、沙耶にもちゃんと伝えようと改めて思った。

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