見出し画像

【恋愛小説・最終話】「コットンパール」 Ep.19

 私は、無我夢中で走っていた。足を止めて、呼吸を整える。冷たい外気で吐く息が白い。夕方になりさらに冷え込み、少しの風でもすごく冷たいが、走ってきたので体は暖かい。

 私は、初めて晴人と映画を観に行った日に待ち合わせた駅前の時計台に来ていた。
晴人からのLINEの返信はすぐにあった。
[わかった!今から行くね。]
私は、その返事を見てすぐに沙耶と相馬くんに、行ってくる、と伝えた。
彼らは笑顔で、「いってらっしゃい」、「がんばってきな」と言ってくれた。

 晴人はまだ来てないみたい。まだ息が上がっているので、呼吸を整えると同時に、心も落ち着かせようと深呼吸をする。

少ししたら、晴人がこちらに向かって来ているのが見えた。
「晴人っ!」
晴人に呼びかける。いつもより少し大きな声になった。
「ごめん。待たせちゃったね。」
晴人も走って来てくれたので、肩で息をしている。
私から急に呼んだんだからぜんぜん待つのに。そんなこと気にしなくていいのに。
それに、きっと友達と遊んでたのを抜けて来てくれた。本当に優しい。
「私も今来たところだからぜんぜん待ってないよ。」
「あと急にLINEしちゃってごめんね。でも来てくれてありがとう!」
私は、晴人が来てくれたことが本当に嬉しかった。
「ぜんぜん大丈夫! ボーリング場近くだし。」
晴人は笑顔で答える。
「それに寒いのにありがとう。」

会話が途切れる。
電車の発着時刻ではないからか、周りには誰もいない。
この一瞬は、時計台の下で私と晴人だけ。
私は、晴人に気持ちを伝えるなら今だっと思った。

でも、結局なかなか切り出す事が出来ない。
沙耶と相馬くんがあんなに背中を押してくれたのに…。
自分でも今日なら言えると思ってここまで来たのに…。

気持ちがぐちゃぐちゃで泣きそうになる。

沈黙が続いていたが、晴人が先に口を開いた。
「この間、好きって伝えたばっかりで…。しかも断られてて…。でも、やっぱり、今言わないと後悔しそうだからもう一度言ってもいいかな…?」
「うん…。」
涙が一粒落ちた。
「杏のことが大好きです。」
晴人からの言葉を聞いたら、涙がぽろぽろと溢れた。
そしてその言葉にすごく勇気をもらえた。心が暖かくなり、気持ちが溢れる。
「私も、晴人のことが大好きです。 私と付き合ってください…。」
やっと…、やっと晴人に自分の素直な気持ちを伝えられた。

晴人が私に近付いてきて、私の手を引き抱き寄せる。晴人の腕の中は、私がこれまで感じたことのない暖かさだった。
「俺でよかったら…。」
「晴人がいいの。」
晴人の背中に両手を回し強く抱きしめた。
「俺も杏がいい。」
晴人も力強く、でも大切なものを扱うように優しく抱きしめてくれた。

雪が降り始めた。
しばらく晴人とそうしていたが、晴人が私の両肩に手を置き少し離れる。そして私の目を強く見つめた。
「あと、渡したい物があって…。」
そう言って晴人は上着のポケットから、小さい箱を取り出した。
「渡したいもの…?」
「これ、杏にプレゼント」
晴人は私の広げた両手のひらに小さな箱を置いた。
「いつか渡せたらいいなって思ってて…。開けてみて。」
晴人に言われるがまま、小さい箱を開けてみる。
箱の中身を見て、驚きと嬉しさのあまり、また涙が溢れてくる。
「これ…、あの時のピアス…。」
それは、晴人と初めて映画を観に行った日に、アクセサリーショップで晴人と見たコットンパールのピアスだった。
「でも、なんで…?」
「そのピアス、本当に杏に似合ってると思ったからプレゼントしたかったんだ。」
「付けてみていい?」
私は、ピアスを箱から取り出し、手のひらに乗せてみた。
「すごくかわいい」

コットンパールのピアスの周りに雪が落ちる。
この綺麗な光景は一生忘れない。

私はピアスを両耳に付けた。
「やっぱりすごく似合ってるよ。」
ピアスを付けた私を見て、晴人がはにかみながら笑顔で言う。
晴人の優しさと暖かさが本当に嬉しくて、今度は私から晴人に抱きついた。
「ありがとう。大切にするね。」
「大好き。」

私たちは、どちらともなくキスをした。



(2020年3月4日)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?