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「コットンパール」 Ep.7

 夏休みも終わりに近づいてきた8月末、矢崎くんと私は約束通り映画を観に行くことになった。11時に駅前の時計台で待ち合わせなので、10分前には着くように家を出る。駅に着き時計台に向かうと、矢崎くんが既に待っていた。

 私服姿、初めて見た。
いつもは制服姿だから、私服の矢崎くんはとても新鮮だ。黒のスキニーパンツの裾を少しまくっているので、靴と裾の間から彼の細い足首と踝が見えている。白の半袖シャツと合わせていて、シンプルだが彼にとても似合っていた。
私の服装大丈夫かな。急に不安になる。

「城山さん!」
矢崎くんは、すぐにこちらに気付き、笑顔で手を振っている。
「ごめんなさい。待たせちゃったかな?」
「俺も今来たところだよ。それにまだ11時になってないよ。」
矢崎くんが笑顔で答える。
「城山さんの私服姿、初めて見た。いつも制服だからかなんか新鮮だし、少し緊張するね。」
少し照れている顔にドキッとする。
私と同じ事を考えてる。
「そうだね。私もちょっと緊張してる。」
「じゃあ、行こうか。」
矢崎くんとのLINEで、ランチをしてから映画を観る事になっていたので、私たちはパスタ屋に入った。
矢崎くんは、明太子のパスタ。私は、ミートソースのパスタを注文した。緊張して何を話したらいいかわからない。

「城山さんは、映画は高田と観に行ったりするの?」
高田と言うのは、沙耶の事だ。
「沙耶とも行くし、家族で行ったりもするかな。矢崎くんは?」
「俺は、友達とかな。」
「てか、俺のこと周りはみんな、晴人って呼び捨てだから、城山さんも呼び捨てでいいよ!矢崎くんって言われるのもなんか慣れないし。」

えー。呼び捨て…。

「そう? でも、いきなり呼び捨ては…。なんか恥ずかしいかも…。」
「じゃあ、今日一日、練習だと思って呼び捨てで呼んでみて。こういうのって呼んでたら慣れてくるもんでしょ」
「慣れるかな…。でも、がんばってみようかな」
「決まりね」
笑顔で言う矢崎くんにドキドキする。それにあまりに無邪気に話すので、緊張がほぐれていくのが自分でもわかった。
「俺は、何て呼んだらいい?」
少し照れながら聞く矢崎くん。
「私の事? 私あんまり男子から呼ばれないからなぁ…。沙耶は、杏って呼び捨てだけど…。」
「呼び捨てかぁ…」少し間があく。「じゃあ、俺も…きょう、でいい?」
いきなり名前を呼ばれてドキッとした。胸がキュンとなる。
「いいよ」と答える。
「自分の事、呼び捨てで良いよって言っておきながらなんだけど…、呼び捨てで呼ぶって照れるね…」少し目を逸らして、恥ずかしがっている。「あと、き、きょうって彼氏とかいる…?」
急な質問にビックリする。
「い、いないよ!矢崎くんは彼女いるの?」
予想していなかった質問に慌て否定して、反射的に矢崎くんにも同じ質問をした。
「俺もいない…」
会話が宙に浮き、少し気まずい雰囲気が流れた。

なんでそんな事聞くのかな?
彼氏がいたら2人で映画なんて来ないよ。
てか、矢崎くんも彼女いないんだ。

 パスタがきてからは、今日見る予定の映画の前作の話をしたりした。お互いが好きな映画の話。共通の話題がある事がなんだか嬉しい。
私は、お店を出る前にお手洗いに行ったが、その間にお会計を矢崎くんが済ませていた。
「矢崎くん、私の分いくらだった?」
お財布を鞄から取りながら慌てて聞く。
「あ、矢崎くんって言ったー!」
矢崎くんは頬を少し膨らまし、からかうように言う。
「あ、そうだ。は、はると! 私の分いくら?」
名前を呼ぶだけなのにすごく緊張した。
「今日は、杏が来てくれたから俺のおごり!」
「そんなの悪いよ」
「いいの、いいの! ほら、映画館行う」
「でも…、ありがとう」
私は、悪いな、と思いながらも彼の言葉に甘える事にした。矢崎くん、優しいな。

 それから私たちは映画館に行った。
矢崎くんが映画代も払ってくれると言ったが、それは、流石に申し訳ないから、と言って、自分のチケット代を支払った。
映画を見終わった後、私たちはショッピングモールの中を歩く事にした。
「映画、楽しかったね。は、はるとも楽しかった?」
まだ呼び捨てには慣れないけど、自分からも話しかけられるようになってきた。
「めっちゃ楽しかったー。あれ、絶対続編ある終わり方だったよな」
「私もそう思った!」
「続編あったら、また一緒に観に来よう。」
“また一緒に”と言う言葉にドキッとすると同時に、嬉しい気持ちになる。
「うん」
明るく返事はしたけれど、恥ずかしくて晴人の顔は見れない。
「俺、スパイク買いたいんだった。見に行っていい?」
「もちろん」
「杏は、行きたいお店ある?」
少し考えてから、「アクセサリー、ちょっと見たいかも…」と答える。
「オッケー、行こう」

 私たちは先に、スポーツ用品の置いてあるお店に入り、晴人は、熱心にスパイクを見ていた。
サッカー、本当に好きなんだろうなぁ。体育でサッカーしてる時も、すごく楽しそうだった。あの、体育の時間の事を思い出し、今その彼と一緒に映画に来て買い物をしているという事が不思議に思えた。

「お待たせ。杏のアクセサリー見に行こう」
購入したばかりのスパイクが入っているショップ袋を持ち晴人が来た。
「あっちにアクセサリーのお店があるよ」
私は、お店がある方を指差して言う。

 私は、アクセサリーを見るのが好きなので、買い物に来たらいつもアクセサリーのお店に入る。店内を一通り回って、シンプルだがおしゃれなコットンパールのピアスが目に留まった。
「これ、可愛い〜」と商品を手に取りながら言う。
「これピアスだけど、杏、ピアス開いてるの?」
晴人の右手が、私のおろしてる髪をかきあげて、左耳に触れる。

ドキッとした。
触られている左耳と、胸が急に熱くなる。

「あ、うん。中学の時に開けたの」
「ほんとだ。このピアスも可愛いね。」
左耳のピアスに触れる。
「あ、ありがとう。晴人はピアス開いてないんだね。」
慌てて、晴人に話題を振る。
晴人の右手が、私の耳から離れた。

ドキドキが止まらない。

「部活で一応禁止されてるし、痛そうだし。」
ピアスを開ける場面を想像したのか、少し痛そうな顔をしながら言った。
「そうなんだ。行こう。」
お店を出よう、と声をかける。
「あれ? ピアス買わないの?」
「アクセサリー見るのが好きなんだぁ。もちろんたまに買うけど、今してるのもこの前買ったばかりだから今日はやめとく」
「そっか」

 それから、私たちは駅に向かった。もう陽が落ちかけている。
私たちは最初に待ち合わせた時計台に戻ってきた。
「杏、今日は本当にありがとう!楽しかったよ。」
「私も楽しかった!ありがとう、晴人」
「俺の名前…、呼ぶ練習はどうだった? 慣れたでしょ?」
晴人がはにかみながら嬉しそうに聞く。
そういえば、気付いたら自然と名前で呼べるようになっていた。
「最初は恥ずかしかったけど、慣れたよ。」
照れながらも正直に答えた。
晴人が笑顔で話すから私も自然と笑顔になれる。
晴人に、家まで送る、と言われたが、晴人の家は反対方向だし、まだそんなに遅い時間じゃないから、と私は言った。

「それじゃあ、気をつけて帰ってね。またね」
晴人が笑顔で手を振っている。
「またね」
私も手を振り返す。

家に着いてからも、ドキドキが止まらなかった。
晴人が触れた左耳に触る。まだ熱を帯びている気がした。

 この胸の高鳴りと、幸せを感じている自分の気持ちに、晴人の事が“気になっている”、と教えられた気がした。

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