【恋愛小説・完結済】 「コットンパール」 番外編

コットンパール 番外編

 晴人と付き合った日から約3か月が過ぎた。季節は春を迎え、暖かな陽気の日が続いている。特に、今日は今年に入ってから一番温度が上がっている。きっと桜が咲くのももうすぐだ。

 今日は、高校2年最後の終業式で、晴人と私は終業式後に一緒に帰る約束をしていた。晴人が教室に迎えに来てくれて昇降口まで一緒に来たが、急に彼が部室に忘れ物をした、と言って取りに行ってしまったので戻って来るのを昇降口で待っているところだ。

 昇降口から出てくる生徒たちをなんとなく眺めている。
私は、ある出来事を思い出した。それは、晴人と付き合う事ができて、毎日が幸せで、すっかり忘れていた出来事だ。

「杏、お待たせ。」
晴人は、忘れた荷物を手に持ってこちらに戻って来た。
「ううん。大丈夫だよ。帰ろー。」
笑顔で返事をする。

 私たちは、駅に向かい歩き始めた。
いつものように晴人から私の手を繋ぐ。この一瞬がすごく好き。

「俺たちも4月になったら3年生かぁ。いよいよ受験だね。」
「そうだね。勉強しないとだぁ。春休みも部活がお休みの日とかに一緒に勉強しようよ。」
「うん。前に行った図書館、けっこう集中できたからまた行こう。」
「図書館デートだね~。」
楽しみで少し弾んだ声が出た。この晴人との何気ない会話ですら幸せに感じる。

少し会話が途切れた。
私は、さっき昇降口で思い出したことを晴人に聞いてみる事にした。

「ねぇ、ねぇ。私、晴人に聞きたい事があるんだけどいいかな?」
「聞きたい事? いいよ。なんだろ。」
「晴人、覚えてないかもしれないけど、去年の梅雨くらいの時期に私が昇降口で靴に履き替えてたら、そこに晴人と相馬くんが来たんだけどね…」
「あ…」
晴人もきっと私と同じ場面を思い出したみたいで、彼の足が止まり、私の方を見た。私はそのまま話を続けた。
「そしたら、相馬くんが『晴人の気になってるって言ってた子じゃん』って…」
「あれ…、もしかして聞こえてたの…?」
晴人は、今までに見たことない程恥ずかしそうにしている。
「うん。思いっきり聞こえてたよ! 周りに私以外いないし、相馬くんがふざけてるのかなって思って、とにかく聞こえてない振りして早く逃げようって思った。」
私は、笑いながら答えたが、それと同時にあの時の感情を鮮明に思い出した。
「うわぁー。本当恥ずかしい。翔矢のやつめ…。てか、杏が帰った後、あいつ『遠かったから聞こえてないよ』とか言ってたけど、ぜんぜん聞こえてたじゃん…。今度翔矢に会ったら何か奢らせてやる!」
「相馬くん、そんな事言ってたんだぁ。でも、正直あの事がきっかけで、私は晴人のこと気になりだしたと思う。」
「そりゃそっか。杏は、それまで俺のことぜんぜん知らなかったでしょ?」
晴人が少し拗ねた顔で言う。
「う、うん…。体育の時間が一緒だから見たことあるなぁ、くらい…。で、でも私、同じクラスの男子だってあんまりわかってないし…」
なぜか言い訳みたいな感じになってしまった。
「うそうそ。拗ねてないよ。その時は、杏は俺のこと知らないだろうなって思ってたし。」
晴人は笑いながら言った。
「そう考えたら、相馬くんは私たちの恋のキューピットだよね。最初は、相馬くんって何考えてるかわからなかったし、どちらかというと苦手だったけど…。晴人と付き合うまでにいっぱい助けてもらった。」
「確かに、あの昇降口の件がなかったら、俺今、杏と付き合えてなかったと思うからあいつのおかげなんだろうなぁ。あっ、そしたら俺が翔矢に奢らないといけないのか?」
晴人の表情がころころ変わる。
「そうかもしれないね。今度、2人で相馬くんに何か奢ろうよ!」
私は笑いながら言った。

 私たちは、再び手を繋ぎながら駅までの道を歩き出す。
あの昇降口での出来事がなかったら繋ぐことのなかった晴人の手。私は、“大好き”と心の中で想いながら繋いだ手に少しだけ力を込めた。

あれ? 
そうすると、あの出来事より前に晴人はもう私のこと気になってたってことだよね?
晴人はいつから私のこと知ってたんだろう?

今度、チャンスがあったら聞いてみよう。
そしたらきっと、いつものようにころころ表情を変えながら、少し恥ずかしそうに教えてくれるかもしれない。


おわり

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