超ショートショート「作者不詳」

締切に間に合わない。

クリエイターならば誰しもが通る道だと思う。
締切間近にも関わらず次の話のネタが思い浮かばない。

「やはり死んだ主人公の描写を最後に入れたのが悪かったな」
今後の展開を深く考えず、とりあえず盛り上がりそうなシーンで話を終わらせてしまったのが災いした。当然ここで主人公を殺して作品を終わらせることなどできないから、どうにか解決策を考えなければならない。

しかし、焦れば焦るほどアイデアが出てこなくなるのは世の常である。
何も変わらない部屋の中で、机上にある置時計の針の動きだけが刻一刻と迫る死神の影を捉えていた。朝が来れば私の命はない。

「打開策がなくて困っているのかね」

背後から聞こえてきた声に思わず振り向く。そこには初老の男が立っていた。
「あなたは」
「話は後にしてくれ。今はこのピンチを乗り越える作戦が必要だ。」

言うが早いか、男はメモを取り出して突き出してきた。

「これは一体」
「作戦だ。この中身はきっと君の助けになる。」

訳も分からずメモを読む。そこには今後の展開の案が書いてあった。
確かにこの流れなら作品の終了を回避することができる。
しかも今後に禍根が残らないから次回以降に影響がない。

「アイデアはとても面白いですしありがたいのですが、なぜこのメモをあなたが」
メモを一通り読み終え顔を上げる。しかし男はすでにそこにはいなかった。

あまりにも急な出来事に呆然としていると、奇妙な音―まるで発進音のような―が外から聞こえてきた。
思わず窓に目を向けたところで置時計に気づく。残り時間はあとわずか。

「ええい、ままよ」

もう考えている暇はない。今はこのメモを頼りに原稿を完成させなければならない。
幸いなことにメモの内容はとても精緻で分かりやすかった。体験談かのような解像度の高さのおかげで、原稿への落とし込みは程なくして完了した。
日の出までにはわずかながらも時間がある。

「ええと、タイトルは、と」
メモにはご丁寧にタイトルの指示まで含まれていた。
題名を決めるのは原稿とはまた違ったベクトルで大変ということもあり、この指示は非常にありがたいものであった。



「洪水の前」


そう名付けた原稿ファイルを関係者に送るや否や、朝一の会議までまどろみに身を委ねるのであった。


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