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『きのう何食べた?』のテツさん&ヨシくんカップルの相続税を計算してみた。

同性婚の必要性をめぐる議論のなかで、重要な論点とされているのが相続です。配偶者からの相続はさまざまな特例や優遇があるのに、法律上の婚姻ができない同性カップルにはそれが適用されないため公平ではない、ということですね。

同性婚の実現のめどが見えてきたのはけっこう最近の話です。今まで、当事者間では、伝統的に使われてきた「裏ワザ」として、養子縁組を利用するという方法がありました。養子縁組をすると法律上の「親子」になってしまうのですが、配偶者とは少し違うところはあるものの、親族として相続が可能になります。

このあたりの事情について、ちょっと考えてみたいと思います。

テツさんとヨシくんのケース

マンガ『きのう何食べた』(よしながふみ・講談社)に、飲食店を経営している「テツさん」が、同性パートナーの「ヨシくん」に自分の財産を相続させたい(というか、両親には相続させたくない)がために、養子縁組を検討するというエピソードがあります (コミックス4巻に収録されていますよ!)。

この話はドラマでも使われましたね!

要点をまとめると、テツさんこと本田鉄郎さんは「飲食店を何店か経営する実業家」。ヨシくんこと長嶋善之さんとは「一緒に住んでこそいないが長年連れ添ってきた連れ合いと言える仲」だそうです。で、テツさんは「財産と呼べるものは全てヨシくんに渡したい」と思っている。しかしテツさんの両親が健在であるため、作中でシロさんが言っているとおり、両親より先にテツさんが亡くなったら、法定相続分としてはテツさんの財産は両親がすべて相続します(父母それぞれが2分の1ずつ)。

テツさんはヨシくんに財産を渡せるよう遺言を書くつもりでしたが、親にはこの場合3分の1の遺留分というものがあるため、テツさんの遺産の3分の1に相当する額を、両親はヨシさんに対して請求できてしまいます(遺留分侵害額請求権といいます)。しかし、テツさんとしては「故郷の両親にはびた一文だって渡したくない」という。まあ、いろいろあったんでしょう。

そこで、ヨシくんを養子縁組して、法律上の子にしてしまうと、法定相続分は子がすべてということになりますから、全額ヨシくんが相続できるという話だったわけですね。

このケースでは、「両親に相続させたくない」というところがポイントなので、養子縁組という話にまずなるわけですが、相続に関しては相続税も重要な要素です。特にヨシさんはお店をいくつも経営しているというのだから、結構、お金持ってる可能性が高いです。そこで、

・遺言で遺贈した場合
・養子縁組をした場合
・同性婚が可能になって結婚した場合

の3つのパターンについて、それぞれ相続と相続税がどうなるのかを、みていきましょう。

前提として、

・テツさんの財産は相続時に1億円と仮定する
・テツさんに兄弟姉妹はいない

ものとします。

1 遺言で遺贈した場合

遺言で全額をヨシくんに遺贈する場合です。相続税額を計算してみましょう。
とてもややこしいのですが、相続税の計算は、いったん法定相続人が法定相続分どおりに相続したと仮定して税額を計算し、その総額を、実際に相続した人の実際の相続割合に応じて案分するという手順で行います。

スライド1

法定相続人:テツさんの両親(2人)
実際に相続する人:ヨシくんが全額

基礎控除額:3,000万円+600万円×法定相続人の数2人=4,200万円
課税遺産総額:1億円-4,200万円=5,800万円

法定相続分に応じる取得額
テツさんの父:5,800万円×1/2=2,900万円
テツさんの母:5,800万円×1/2=2,900万円

各人の相続税
テツさんの父:2,900万円×15%-50万円=385万円
テツさんの母:2,900万円×15%-50万円=385万円
相続税の総額:385万円+385万円=770万円

実際の相続割合
ヨシくん:1億円/1億円=1

納付すべき相続税額
ヨシくん:770万円×1+加算額154万円=924万円

相続や遺贈で財産を受け取った人が、亡くなった人の配偶者や一親等以内の親族でない場合、相続税が2割加算されるという決まりがあります。なので、ヨシくんは1,000万円近い相続税を払わないといけないです。

そして、問題なのが、両親の遺留分です。

遺留分
テツさんの父:1億円×遺留分割合1/3×法定相続分1/2=約1,666万円
テツさんの母:1億円×遺留分割合1/3×法定相続分1/2=約1,666万円

両親は合わせて3,000万円以上を、ヨシくんに対して請求する権利があるわけですから、両親との関係性によってはもめることは必至です。

2 養子縁組をした場合

テツさんとヨシくんが計画通り養子縁組したらどうなるでしょうか。

スライド2

法定相続人:ヨシくん(1人)
実際に相続する人:ヨシくんが全額

基礎控除額:3,000万円+600万円×法定相続人の数1人=3,600万円
課税遺産総額:1億円-3,600万円=6,400万円

法定相続分に応じる取得額
ヨシくん: 6,400万円×1=6,400万円

各人の相続税
ヨシくん: 6,400万円×30%-700万円=1,220万円
相続税の総額:1,220万円

実際の相続割合
ヨシくん:1億円/1億円=1

納付すべき相続税額
ヨシくん:1,220万円×1=1,220万円

法定相続人の数が減った(両親2人→子になったヨシくん1人)ことと、遺産全額をまるっとヨシくんが相続したことで、相続税額は高くなってしまいました。

しかし、両親の遺留分は生じませんので、そういうもめごとはありません。感情は別なので、怒鳴り込んではくるかもしれませんが……。

3 同性婚が可能になって結婚した場合

仮定として、もしも、テツさんとヨシくんが法律上の婚姻ができたなら、どうなったでしょう。ヨシくんが配偶者であって、しかし、遺言により、遺産は全額ヨシくんが相続するものとします。

スライド3

法定相続人:テツさんの両親とヨシくん(3人)
実際に相続する人:ヨシくんが全額

基礎控除額:3,000万円+600万円×法定相続人の数3人=4,800万円
課税遺産総額:1億円-4,800万円=5,200万円

法定相続分に応じる取得額
テツさんの父:5,200万円×1/3×1/2=約866万円
テツさんの母:5,200万円×1/3×1/2=約866万円
ヨシくん:5,200万円×2/3=約3,466万円

各人の相続税
テツさんの父:約866万円×10%=86万6,000円
テツさんの母:約866万円×10%=86万6,000円
ヨシくん:約3,466万円×20%-200万円=493万2,000円
相続税の総額:86万6,000円+86万6,000円+493万2,000円=660万4,000円

実際の相続割合
ヨシくん:1億円/1億円=1

納付すべき相続税額
ヨシくん:660万4,000円×1=660万4,000円→配偶者の相続税額軽減により0円

……ということで、ヨシくんの相続税額は計算上660万4,000円なのですが、配偶者は、配偶者の相続税額軽減というルールにより、法定相続分の額または1億6000万円のどちらか多いほうまでの財産については、相続しても相続税がかかりません。なので、実際には0円です。ヨシくんは相続税は払わないでOKということです。

ただし、この場合は、両親の遺留分は生じてしまいます。配偶者と親がいる場合の遺留分は1/2なんですね。そのため、

遺留分
テツさんの父:1億円×遺留分割合1/2×法定相続分1/3×1/2=約833万円
テツさんの母:1億円×遺留分割合1/2×法定相続分1/3×1/2=約833万円

両親合わせて約1,666万円は、請求されてしまうおそれがあります。

ちなみに、もしも、テツさんヨシくんが両親と和解(?)して、両親と配偶者のヨシくんが仲良く法定相続分どおりに相続をしたとしたら、どうなったのでしょうか?

実際の相続割合
テツさんの父:約1,666万円/1億円=1/6
テツさんの母:約1,666万円/1億円=1/6
ヨシくん:約6,666 万円/1億円=2/3

納付すべき相続税額
テツさんの父:660万4,000円×1/6=約110万円
テツさんの母:660万4,000円×1/6=約110万円
ヨシくん:660万4,000円×2/3=約440万円→配偶者の相続税額軽減により0円

ヨシくんが取得できる財産が1億円から両親の遺留分を差し引いたとしても8,334万円だったのが、法定相続分どおりに分けると6,666万円になるということです。配偶者であるヨシくんは相続税がほぼ課税されませんから、金額だけで言えば、遺留分侵害請求に応じたとしても、総どりしておいたほうが得ということになります。

ここまでのまとめ

まとめると次のようになります。

・遺言で遺贈した場合
ヨシくんが取得する財産:1億円
ヨシくんが課税される相続税:924万円
請求されるかもしれない両親の遺留分:約3,332万円

・養子縁組をした場合
ヨシくんが取得する財産:1億円
ヨシくんが課税される相続税:1,220万円
請求されるかもしれない両親の遺留分:なし

・同性婚が可能になって結婚した場合(全額を相続するとする)
ヨシくんが取得する財産:1億円
ヨシくんが課税される相続税:0円
請求されるかもしれない両親の遺留分:約1,666万円

やはり、両親には財産を渡したくない、という点からは遺留分を生じない養子縁組がベストであり、相続税については、配偶者の税額軽減効果が大きすぎる、という結論です。

個人的にとても悩ましいのが、「養子縁組」が解決策になってしまうのが、どうにもモヤモヤするということです。同性婚の代替手段としての養子縁組について、この方法があるから同性婚なんかわざわざ認める必要がないんだと言っているひとさえいるのですが、やっぱり本来の趣旨とは違う制度の使いかたですし、気分的にどうしてもしっくりこない。テツさんヨシくんの選択は尊重されるべきなのですが、ぼくだったら、やりたくないなぁ、と思ってしまいます。

「養子縁組はしたくないが、親には相続させたくなく、同性婚が認められていない現状で、できるだけ相続税を抑えられる方法」を、ちょっと考えてみたのですが、遺留分の問題は解決できないようですね。いちおう、相続人から排除するという制度があるのですが、親が子どもを虐待していたとか、そういうケースでないと実現できないようです。

次善の策は、遺留分の対象となる相続財産を減らしておくことでしょうか。たとえば生前贈与などが考えられます。また、生命保険を使う手もあります。保険金は遺留分の対象にならずに、受取人の手に渡るというメリットがあります。相続税対策にもなりそうですので、検討してみましょう。

4 別の方法:生前贈与+生命保険を使う

引き続きテツさんたちのケースで考えます。テツさんの財産を、テツさんが存命のうちにヨシくんに贈与しておきつつ、保険に入るという方法です。

ご存じだと思いますが、年間110万円を超える額を贈与してしまうと、相続税より高率な贈与税を課されてしまいます。そこで110万円ずつ贈与するといいよ、などとよく言われるのですが、財産の規模が1億円となると、それでは追い付かないかもしれませんね。そこで、贈与税の税率が最低の10%にとどまる200万円以下を狙って、200万円+110万円=310万円ずつ贈与することにしましょう。

テツさんの年齢がわかりませんが、60代くらいでしょうか? あと20年くらいは猶予があると考えて、20年に渡る連年贈与で、310万円×20年=6,200万円を贈与します。

この贈与により、ヨシくんは20年間で総額400万円の贈与税を課されます。

年あたりの贈与額310万円-基礎控除110万円=課税対象額200万円
年あたりの贈与税額:200万円×10%=20万円
贈与税の総額:20万円×20年=400万円

しかし、テツさんの財産は6,200万円減少するため、

1億円-6,200万円=3,800万円

となります。そして贈与と並行して、テツさんはヨシくんを受取人とする生命保険に加入します。最近は、同性パートナーを受取人にできる生命保険会社が増えてきました。

テツさんを60歳と仮定し、保険金額を3,000万円と設定。保険料を20年間で支払うとしましょう。某社の終身保険で試算してみたところ、月払保険料が12万9,330円と出ました。月額約13万円の保険とはなかなか正気の沙汰ではありませんが、テツさんはお金持ちなのでよしとしましょう。月額13万円と見積もると、

月額13万円×12ヵ月×20年=3,120万円

20年間で約3,000万円の財産をさらに減らすことができますね。よって、

3,800万円-3,120万円=680万円

となります。遺言により、遺産はすべてヨシくんに遺贈されるとしておきましょう。
遺産額が基礎控除額を下回りますから、相続税の課税は発生しません。
両親の遺留分は、

テツさんの父:680万円×遺留分割合1/3×法定相続分1/2=約113万円
テツさんの母:680万円×遺留分割合1/3×法定相続分1/2=約113万円

ですので、

ヨシくんが取得する財産:9,889万円(遺産689万円+生前贈与6,200万円+保険金3,000万円)
ヨシくんが課税される贈与税:400円
請求されるかもしれない両親の遺留分:約226万円
※生前贈与は相続開始前3年以内にはすでに終わっているものとする

となります。このくらいだったら許せるでしょうか。
なお、長々と計算しちゃいましたが、20年先ということですと、さすがにテツさんの両親もすでに他界しているのではないかと思われます。なので、このような方法をとりながら、両親が亡くなるのを待つ(←ひどい言い方かもですが・汗)のが、現実的ということになるのでしょう。

以上、あれこれ考えてみました。

同性婚の代わりに養子縁組している同性カップルってどのくらいいるのかわかりませんが、今後、同性婚が実現したら、そのような使い方はされなくなっていくんでしょうかね~。

※税理士資格のない人が他人の税額を具体的に計算することは法律で禁じられています。本記事の内容は仮定の例にもとづく一般論ということでよろしくお願いします。

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