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山塚りきまるの『なんかメロウなやつ聴きたい』第七十二回 これから「忌野清志郎」の話をしよう特集


忌野清志郎。

日本屈指のソウルシンガーであり、画家であり、俳優であり、文筆家であります。僕は作家の卵(ただし無精卵)なのですが、忌野清志郎さんの文章にはたいへん影響を受けておりまして、とくに清志郎さんが青年期に書いた日記をまとめた『十年ゴム消し』と、マンガとエッセイとディスクガイドと小説が渾然一体となった複雑怪奇なサイケデリック・ノヴェル『瀕死の双六問屋』はいまでもよく読み返しています。この本、マジで面白いのでオススメです。

あと俳優としても大変素晴らしい仕事を残されてますね。映画初出演作である『お墓と離婚』での『アンタ偉い人? オレ偉い人嫌いなんだよ』というセリフは、脚本家が書いたものとはいえどまさに清志郎さんのアティチュードを的確に表したものだと思いますし、ロン毛の売れない中年バンドマンを演じた『ボクの就職』では主題歌『サラリーマン』も担当し、ライブハウスでその主題歌を歌うシーンは不覚にも落涙してしまいました。

僕がこの『なんかメロウなやつ聴きたい』の末尾を毎回『愛してるぜベイベーーーーー!!』で結んでいるのは清志郎さんの影響です。そのぐらい影響を受けていますし、大好きです。

ちゃんと数えたことはありませんが、現在僕の部屋には清志郎さん関連の書籍が軽く30冊、CD/レコードは軽く50枚はあると思います。『完全復活祭』のDVDも、『ライブ帝国 RCサクセション70s』のDVDも持ってます。そのぐらい大好き。

今回は、『忌野清志郎って髪立てて派手な服装してたおじさんだよね?』とか『“雨あがりの夜空に”は知ってるけど、他はちゃんと聴いたことないなぁ』といったイマーノ・ヴァージンに向けて、僕が思う忌野清志郎さんの魅力をガッツガツ語っていきたいと思います。

というワケで、山塚りきまるの『なんかメロウなやつ聴きたい』第七十二回は“これから「忌野清志郎」の話をしよう特集”と題して、忌野清志郎さんのその楽曲や作詞技法などについて、独断と偏見で語り尽くしていきます! みんな、ついてきてね!

まず『忌野清志郎の若い頃がどれだけカッコよかったか』を知ってもらうために、こちらの動画をご覧ください。



うおーかっこいいー。過激でスキャンダラス。オトナが眉を潜める要素テンコ盛りですね。TV局がこういうノリに対してまだ全く免疫がないのがありありと見えて最高。徳光さんが収録終了後に爆ギレしてたってエピソードも大好き(笑)。

これは1982年にリリースされた資生堂のキャンペーン・ソングです。当時飛ぶ鳥を落とす勢いだった、というか落ちた鳥が再び飛ぶぐらいの勢いだった忌野清志郎と坂本龍一のコラボレーションというのはインパクト抜群で、今だったら誰だろう、そうだなぁ、ダメだ全然思いつかない(笑)。

80年代ってメジャーからサブカルまで顔が利くスターっていうのが存在していた時代で(ビートたけしさんとか戸川純さんとか浅田彰さんとか)、忌野清志郎と坂本龍一っていうのはその中でも尖鋭さとポップさを兼ね備えたスーパースターだったんですよ。この頃の忌野清志郎さんのルックス、マジでカッコいいですね。1981〜1983年頃の清志郎のカッコよさってやっぱ別格だったと思います。

T-REXとテクノポップを掛け合わせたような楽曲もキャッチーで愉しいですね。MVも80年代のキッチュが全開でとても面白いので観てみてください。男性同士のディープキスが公共の電波に乗った初めてのヴィデオだと思います。

さて忌野清志郎さんといえば、RCサクセションです。何度かの改名やメンバーチェンジを経て20年間活動した伝説のロックバンドですが、初期はギターふたりとウッドベースというトリオ編成で活動されていました。その時期の楽曲で、僕がいちばん好きな曲を紹介したいと思います。



かっこいいですね〜、超グルーヴィー。

音楽評論家の湯浅学さんは、『トリオ時代のRCサクセションはジャンル区分不可能な音楽をやっている』とおっしゃっていますが、その雑食性が頂点に達したのがこの曲が収録されている2nd『楽しい夕べに』だと思います。

オーティス・レディングなどのスタックス系ソウルに傾倒すると同時にアシッド・フォークも熱心に聴いていたという、当時としてはきわめて異端な清志郎さんのリスナーとしての振れ幅の大きさによるものか、とてつもない独創性に満ち溢れています。

オーティス・レディングとジョニー・ロットンを掛け合わせたかのような清志郎さんのヴォーカルも凄まじく、ソウルフルでいてパンキッシュ、一見するとクレージーに思われますが、音程もきわめて正確で卓越したリズム感があり、メロディと言葉が完全に一体化しています。

当時、『日本語ロック論争』というのがありまして『日本語でロックは歌えるか?』っていうのをロック・ミュージシャンとか音楽評論家が大真面目に討論してたんですよ。

で、否定派の論旨はざっくり言うと『もともと外国で生まれた音楽に日本語を乗せることに無理がある。演歌に英語が乗せられないのと同じだ。ロックが持つメロディの上下運動と日本語の抑揚はぴったりハマらない』ってものだったんです。でも清志郎はこれに完全に成功した最初のひとりなんですよ。究極的に言って、メロディと言葉の一体化っていうことに完全に成功した日本のロック・シンガーって、忌野清志郎さんと甲本ヒロトさんだけなんじゃないかと思います。一文字で一音っていう、ほとんど童謡とか唱歌のレヴェルではめ込んだ人というのはね。

さてこの『楽しい夕べに』。

タイトルとは裏腹に、全体的にくらーいアルバムです。

内省的というよりはむしろ自閉的で、パラノイアじみた病的で繊細な歌詞は『メンヘラ』が完全にマーケット化した今こそ訴求力を持つと思います。

そして、おそらくドラッグ使用もこの時期からなんじゃないかと思うんですが(70年代の清志郎のジャンキーぶりは半ば伝説と化しており、名曲“キモちE”ヘロイン中毒になったときに作った曲だと本人がおっしゃっています)、その影響か全体的に煙たいです。

サイケデリック・バンドによくある『どこまで分かった上でこれをやっているのか?』と思わされる、酩酊したような演奏も素晴らしい。そしてこのアルバム唯一のハード・ナンバー、『あの娘の悪い噂』は、破廉ケンチのキレッキレのギタープレイ(のちに事務所を立ち上げてフリッパーズ・ギターフィッシュマンズを発掘した人です)、キモいとしか言いようがない林小和生のウッドベース、東芝の敏腕ディレクターとして知られる渋谷森久のハモンド、ジャニーズ一期生のスタジオ・ミュージシャン田中清司のドラム、そしてガチャガチャ弾き殴られる清志郎のリズム・ギターと凄まじいヴォーカルが、驚異的なグルーヴを生んでいます。

清志郎、当時若干21歳。恐るべき才能です。しかし当時、このアルバムは鼻血が出るぐらい売れず、RCはしばしの暗黒時代に突入することになります。


その暗黒時代にリリースされたアルバムから一曲、聴いてください。



ファンク・バンド、タワー・オブ・パワーのホーンセクションを招集し、モップス星勝をアレンジャーに据えて制作された1976年作『シングル・マン』からの一曲です。

清志郎をして“暗黒時代”と呼ばれる時期に制作されたこのアルバムは、日本のロック/ポップス史における不朽の大名盤として知られていますが、メンバーたちはこのアルバムの出来に不服だったそうです。

もっとシンプルなものを作りたかったのに、分厚いホーンセクションやストリングスなど『やりすぎ』なアレンジにされてしまった。という理由みたいですが、そもそも1976年当時の歌謡曲って『やりすぎ』なアレンジが普通だったんですよね。当時RCサクセションはホリプロに在籍してましたし、そういった水準に沿ったサウンド・メイキングになってしまったのも仕方ないと思います。参考までにちょっと何曲か聴いてみましょう。

これが1976年の歌謡曲です。









はい、いかがでしょうか。

一聴して『お金かかってんな』って思いますよね(笑)。

重厚なコーラスやストリングス、ホーンセクションでガッチガチに固められた非常に豪華な音作りです。

で、根底にはソウル/ファンクが流れてます。

70年代ってまだスタジオ・ミュージシャンって職業が完全に確立されていなかった時代で、売れないバンドマンとかジャズメンがバイトとしてやってたんで、やたらベースラインがファンキーだったり、随所にファズ・ギターが挿入されたりするんですよね。70年代のアニソンとか特撮ソングとか色々聴いてみると面白いですよ。ドラマとか映画音楽もそうで、東映ヤクザ映画とか音楽めちゃくちゃファンクですよ。

まぁ、ソウル/ファンク化っていうのは70年代の世界的な潮流ですよね。ブラック・ミュージックが一般層に完全に浸透した最初のディケイドというのが影響しているのかもしれません。にしても岩崎宏美『センチメンタル』はすっごいですよねー。イントロが完全にマイケル・ジャクソン『今夜はドント・ストップ』です。



ね。そっくりでしょ。しかもマイケルより三年早い。まさかクインシー・ジョーンズは岩崎宏美を聴いていたのか?(笑)。筒美京平マジ神(笑)。

はい、話が盛大にスリップしましたね(笑)。スンマセン、歌謡曲が好きなもんで、歌謡曲の話題になるとずーーーーっと書き続けちゃいますね。

えー、とにかく、1976年の歌謡曲というのはこんな感じだったんで、ホリプロ在籍のRCが同じような重厚なアレンジを求められたというのは無理からぬ話だと思います。当時、ロック音楽というものはまだまだ一般的に根付いておらず、マーケットも確立されていなかったワケですからね。分厚く豪華なアレンジでヒットを狙おうとするのも仕方ないっちゃないんですよ。

でも『本人たちは不服だが世間的評価の高い名盤』にありがちな話で、『いや、むしろこれが良いじゃん』ってなるんですよね(笑)。聴いてて別に『アレンジうぜえな』とか思わないんですよ(笑)。

前作にも増して自閉的で暗いアルバムなんで、オーヴァー・プロデュースがなかったら、芸術性は高まっていたかもしれないけれど、ここまでのキャッチーさは獲得できなかったと思います。芸能と芸術のバランスの難しさがここにありますね。

で、この曲『甲州街道はもう秋なのさ』ですけども、この曲の歌詞『僕半分夢の中』というフレーズは、のちにフィッシュマンズ『SEASON』という曲で引用してます。





車に乗って東京の街を走る、というストーリー・ラインも同じです。フィッシュマンズのヴォーカル・佐藤伸治さんは『RCサクセションは身体に染み付いてると思う』と漏らしていましたが、その歌い回しはもちろんのこと、『〜なのさ』とか『〜ようぜ』という言い回しや、生活感のある言葉遣いとか、『僕とあの子』だけの隔絶された世界の孤独感や暖かさなど、作詞においてもすごく影響を受けているんだなぁと感じます。

こうした細かい作詞技法において、清志郎が後世に与えた影響というのはとても大きいと思います。

余談ですが、2005年のライジングサン・ロック・フェスティヴァルで忌野清志郎さんは再結成したフィッシュマンズと共に、フィッシュマンズの名曲『メロディ』を歌いました。

その音源は僕も持ってますが、おそらくこれはリリースされることはないでしょう。何せ、清志郎がちゃんと歌詞を覚えておらずカンペを見ながらの歌唱で、原曲とはまるでメロディー・ラインが違うのですから。

一歩間違えればフィッシュマンズファンの逆鱗に触れ、清志郎を貶めそうなこの代物がリリースされるワケもありません。ですが、この音源、素晴らしく感動的です。陳腐な言い方をすれば『完全に自分のもの』にしてしまっています。HONZIのソロが始まるとなれば『OK、HONZI!』と煽り立て、最終的にはお得意の『YEAHって言えーーーっ!!!』で会場を巻き込んでひとつにしてしまう手腕に、ヴェテランの凄味をまざまざと見せつけられます。

佐藤伸治さんの生前中に、忌野清志郎さんとついにジョイントすることがなかったというのは本当に残念ですね。

で、忌野清志郎のヴォーカルがもっとも佐藤伸治に似ていた、近接した歌声を聴かせてくれるのがこの楽曲です。





いい曲ですねー。すげえクール。

1988年作の二枚組LP『MARVY』からの一曲です。清志郎さんがどれだけ驚異的な歌唱力を持っていたかというのがよくわかる曲です。

清志郎さんの曲ってカラオケとかで歌ったりするとわかるんですが、すごいキー高いんですよ。女のひとでも歌えないぐらいキーが高い。その清志郎さんが、歌い出しから出せる音程ギリギリの高さに音域を設定したのがこの曲です。

RCの人気が翳り出していた一方で、RCはこの年に『MARVY』、震災以降再評価を受けた『COVERS』、そして怒りに満ちたライヴ・アルバム『コブラの悩み』という3枚のアルバムをリリースしています。

これは彼らの音楽的充実を物語っているというよりはむしろ、清志郎さんが『歌いたいことが死ぬほどあった』ということでしょう。この年以降、清志郎さんは社会事象についての楽曲を積極的に書くようになり、政治的発言も多くなっていきます。ちなみにコーラスを取っているのは金子ノブアキKenKenの母親として知られる金子マリです。


では、RCサクセションから離れてソロ期の楽曲も聴いてみましょう。



忌野清志郎さんのソロ期大名盤『KING』の、一曲めです。

めっっっちゃくちゃいい曲ですね。MCも素晴らしい。

オーティス・レディング『トライ・ア・リトル・テンダネス』を下敷きにしてると思うんですが、日本のミュージシャンの楽曲で、これほど愛と優しさに溢れたソウルフルな歌を僕は寡聞にして知りません。多幸感で胸がいっぱいになります。





僕は忌野清志郎さんを、日本でも数少ない、本物のソウルシンガーだと思っています。その声が、その言葉が、すべてハートに突き刺さってくるからです。太くしわがれた凄まじい歌声が発せられるたびに、とても正常ではいられなくなってしまいます。


何もかも baby

どんなことでも

知りたい 知っておきたいんだ

泣いたこと 笑ったこと 辛かったこと 楽しいことを

ガッタ・ガッタ・ガッタ・何もかも baby


このシンプルな歌詞をキーパンチしただけで、僕は危うく泣き喚きそうになりました。

たったこれだけの歌で、ひとを所構わず泣き喚かせてしまうというのは、ソウルシンガーの資質に他なりません。本当に素晴らしい歌手だと思います。それでは最後に、素晴らしいデュエット曲を聴いてください。




矢野顕子さんとのデュエットです。矢野顕子さんの名曲『ひとつだけ』をデュエットしたもので、このデュエットは定期的に行われています。昔、『ビックリハウス』ってサブカル雑誌があって、そこの人気連載だった『ヘンタイよいこ新聞(編集責任者は糸井重里。時代を感じますなぁ)』が解散式を行うべく、1982年5月5日、品川プリンスホテルでコンサートをやったんですね。

坂本龍一田原俊彦とか中島みゆきを歌うっていう、まぁまぁ結構な悪ノリのイヴェントだったんですけど、そこで登場したヘンタイよいこバンドによって披露されたのが初出です。

このデュエットは全部名演といってもいいですけど、これが一番有名ですね。僕これ初めて観たとき泣きました。号泣しました。体中の水分が全部抜けて死んでしまうんじゃないかってぐらい、泣いて泣いて泣き果てました。そのぐらいいい曲。本当にいい曲。掛け値無しにいい曲。

歌うパートも歌詞も毎回全部ちょっとずつ違うんだけど、お互いが心底愉しみながら、かつ、お互いを心底リスペクトしながらやっている感じが、もうなんていうか、美しいですね。ステキだな。としか言いようがない。

お二人はとても強い友情で結ばれており、矢野顕子さんは『矢野顕子、忌野清志郎を歌う』というカヴァー・アルバムを出してますし、『きよしちゃん』という清志郎さんに捧げる楽曲を書き下ろしてもいます。

で、『ひとつだけ』なんですけど、この曲、ものすごいせつないんですよ。悲しいんじゃないの。せつないの。矢野顕子が歌ってもすごくせつないんだけど、清志郎が歌うともうせつなさが限界突破しちゃうんです。

喉元に小石をいっぱい詰め込まれたみたいになって、胸が張り裂けそうになって、涙がポロポロ出てきちゃう。そんぐらいせつない。

『ねぇ おねがい』っていうたった一節で涙が止まらなくなるっていう表現力は、尋常じゃないです。こんなに『ねぇ おねがい』をせつなく響かせるひといないですよ。

このひとが本物のソウルシンガーたる所以だと思います。

素晴らしいブルースハープも非常に感動的。そこも毎回泣いちゃう。お気づきの方もいるかもしれませんが、僕はさっきからずっと泣きながらこれをキーパンチしています。

この2002年のフジロック・ヴァージョンの素晴らしい歌詞を以下に引用しておきます。


欲しいものは たくさんあるの
きらめく星くずの指輪
寄せる波で 組み立てた椅子
世界中の花 集めつくる オーデコロン

けれどもいま 気がついたこと
とっても大切なこと
いちばん 欲しいものは ただひとつだけ
あなたの心の 『白い扉』 ひらく鍵

離れているときでも 僕のこと
忘れないでいてほしいよ ねぇ おねがい
悲しい気分のときも 僕のこと
すぐに 呼びだしておくれよ ねぇ おねがい

楽しいことは ほかにもある
満月の下のパーティー
テニスコートを 駆けまわる
選び抜いたもの 集めつくる 中華料理

けれどもいま 気がついたこと
とっても大切なこと
一番楽しいことは 君の口から
君の夢 きくこと

離れているときでも 僕のこと
忘れないでいてほしいよ ねぇ おねがい
悲しい気分のときも 僕のこと
すぐに 呼びだしてほしいよ ねぇ おねがい

悲しい気分のときも 僕のこと
忘れないでいておくれよ ねぇ おねがい
悲しい気分のときも 僕のこと
忘れないでいておくれよ ねぇ おねがい

悲しい気分のときも 僕のこと
すぐに 呼びだしてほしいよ ねぇ おねがい

悲しい気分のときも 僕のこと
忘れないでいてほしいよ ねぇ おねがい



あー素晴らしい。泣けまくる。もうしとっつも言うことないですね。前述の『矢野顕子、忌野清志郎を歌う』や『はじめてのやのあきこ』にも収録されてますので、ぜひそっちもチェックしてみてください。



というワケでいかがでしたでしょうか、山塚りきまるの『なんかメロウなやつ聴きたい』第七十二回 これから「忌野清志郎」の話をしよう特集、そろそろお別れのお時間となりました。忌野清志郎さんの魅力、伝わりましたでしょうか。

この文章をきっかけに、少しでも忌野清志郎さんに興味を持ってくれたら、それほど嬉しいことはありません。最後に、忌野清志郎さんが青年期に書いた日記をまとめた『十年ゴム消し』から僕がもっとも好きな文章を引用して締めくくりたいと思います。



ぼくはゴッホが描き上げたばかりの、まだ、絵の具はかわいてなくて、油の臭いのプンプンする自画像と他の二、三の絵を、手にとって見たことがあるんだ。ゴッホから、じかに、「ほら、どうだい?」と、見せてもらったのだ。出来たてのほやほやをだぜ。

ぼくは、何も言えなかった。ただ、泣いていたんだ。

ぼくは、しゃがみこんで、そのキャンバスを、目にくっつけるようにして……。

ねえ、ぼくは帰らなくちゃならないよ。

こうして、いつも、何か出来そうだと思うのさ。帰りつけると、思うのさ。だから、さあ、行かせてくれ。



最後まで読んでいただきありがとうございます。次回もよろしくお願いします。


愛しあってるかーーーーーーーーーーーーい!!!!!!!!!!!!!!

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