日々の呟き2023-7-9
「忘れられない母の言葉があります。…不合格だった時のことです。母はこう言いました。『神様が"行くな"って言ってくれたんや』」
#望月雅友 さんの言葉、2023-7-9朝日新聞記事より
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#上野達弘 委員「AI生成物に既存の著作物との類似性や依拠性が認められる場合は、現行法でも著作権法侵害が成立する。」2023-7-9朝日新聞記事より
これは、依拠性が明確に証明できなくとも、「類似性」だけで、著作権法違反になるということか?
だが、類似しているか、いないかは、どう判断するのか?
その線引はどうやって行われるのか?
偶然による類似、意図せざる類似も侵害や違反とされないか?
その危険性をどう回避できるのか?
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人間の「学習」だって過去のデータや先人の業績を模倣したり、研究したりすることから始まっている。だが、人間は模倣や、研究などの類似性から始まっても、新しい解を見つけたり、発見したりする。それが創造性の部分である。
AIには、この創造性の部分がないのだろうか?
AIにも創造性に寄与する部分はありうる。
例えば、これまである美術作品の図像的源泉が発見されていなかったものが、類似画像を網羅的に掲げるAIより、発見される場合などだ。
ただし、それがその図像的源泉だと認定し、主張するのはあくまでAIを利用した研究者ということになろう。
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AIの「学習」の本質は過去のデータに「依拠」しているから、何らかの「類似性」は免れないのではないか。
つまりAIの生成物は、本質的に「類似性」も「依拠性」もあると言えないか?
AIの生成物には類似性と依拠性が本質的にあるとすれば、それは直ちに著作権法侵害となるのだろうか?
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#俵万智 『かぜのてのひら』からの「四万十に…川面をなでる風の手のひら」を英訳した #ピーター・J・マクミラン の記事を読む。
ここでは、佐保姫との連想を誘うことから、彼女の短歌に和歌の伝統を見る解説が面白い。
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