見出し画像

川崎から熱海まで24時間不眠で歩いた話~第三章~

Gのラーメン投稿がようやく終わった。やたら長いこと考えていたので、どんな超大作が出来上がったのだろうか。投稿内容をGに尋ねてみたところ、衝撃の一言が返ってきた。

#塩分 is 大事

…それだけ??
あの長考は何だったのか。絞り出された言葉は語彙力を微塵も感じさせないただのつぶやきだった。ハッシュタグをつける意味があるのか甚だ疑問である。
丹精込めて作ったであろうラーメンを塩分補給のツールとして片付けられてしまった店主さんの心情は察するに余りある。今度はもっとグルメな奴と来るべきだろうが、あいにく私の知り合いには私を含めバカ舌しかいない。

横浜中心部を抜けると沿岸部から離れ、国道1号線を通って内陸に入った。次に海を見るのは湘南茅ケ崎の予定だ。日没までには再び海に出るという目標を立て、進んだ。
内陸に入ると建物が低くなってゆき、街並みも落ち着いた雰囲気に変わっていった。約1時間に1回コンビニで水分補給をし、靴下を脱いで足を乾かす。前回東北を歩いた際に身に付けた足のマメ防止法だ。これは前回も今回も効果てきめんで、何時間歩いても足の皮は破れるどころか徐々に硬くなっている感覚すらあった。ゴールする頃には足裏がスルメのようになっているかもしれない。

足がゲソになる淡い期待を抱きはじめていた矢先、またミニ事件発生である。Gの推しアイドルグループのライブ配信が始まったのだ。このグループは仙台を拠点とする地元アイドルなのだが、彼は学生の頃から彼女らを推し、認知されるほどの熱狂的なファンだった。社会人になって仙台を離れてもその熱は冷めるどころかさらに燃え上がり、ライブ遠征のための交通費も意に介さない理想的な金ヅルファンとなっていた。
そんな彼がライブ配信をスルーするはずがない。スマホにのめり込んだGを後方に配置する例の陣形を敷いた。

・サングラスとデカいリュックを装備してめちゃくちゃ腕を振りながら歩く男(私)
・アイドルのライブ映像を大音量で流しながら歩く筋肉男(G)

の2人がセットとなって歩いた。今冷静になるとこんな奴らは近寄ってはいけない人種に分類されると分かっているのだが、当時の私たちは冷静ではなかった。つまり堂々と街中を歩いていたのである。むしろ謎の清々しさすら感じていたと思う。

ライブが終わるとGも歩くことに集中力を使うようになった。スタート直後は膝が痛えだのなんだのぬかしていたが、歩くフォームを見ても何ら問題は無さそうである。インスタ投稿といい、推しの配信鑑賞といい、ウルトラ猫背で歩き続けていたGをずっと心配していたが、順調である。さすがはマッチョ、鍛え方が違う。
ペースも快調で、日没までに海を見るという目標は無事達成できそうだ。真っすぐ行けば江の島に着くという分岐点に差し掛かかったが、そこで私たちは右へ折れた。目指すのは最短ルートだからだ。後ろ髪をひかれる思いではあったが、江の島はまた今度観光で訪れる事にしようという決意で振り切った。

走る車は湘南ナンバーが多く見受けられるようになり、サーフボードが立てかけられている住宅を散見するようになった。確実に海に向かっていますよというサインだ。そして茅ケ崎に差し掛かったところで潮の香りが鼻をくすぐった。道路脇にはヤシの木が規則正しく植えられている。そして、小高い歩道橋を上ったところで海に着いた。

茅ヶ崎で見た海。台風の接近を感じさせる荒れ方だった。

少し風が強く、眼下に望む海には細長い白波が動く山脈のように連なっている。強い風がビーチの砂を宙に吹き上げ、砂粒で散乱した西日が海岸全体を淡い金色に染めていた。
日焼けしたサーファーが波を捕まえ、自身の存在を殊更にアピールするような絶叫がかすかに響いている。
風で運ばれた砂粒が時折顔に当たった。サングラスでガードするものの、少し歩けば細かい砂がレンズにびっしりとついていた。

とまあ風景描写はこのぐらいにしておこう。(もっとうまくなりたい…)
筋トレをしている者はだいたいが服を脱ぎたがるものであり、私もGもご多分に漏れずビーチでは上裸になる気満々だった。脱ぐことが合法になるからだ。しかし前述した通り叩きつけるように吹き付けてくる砂が邪魔だった。汗で身体も濡れているので、脱いだら身体一面に砂が付着し、紙やすりみたいになってしまう。目はかなり細かいタイプのやつだ。
仕方なく脱ぐのは諦めた。
この日は台風が近づいてきており、空は晴れていたが海は結構荒れていた。サーファーには好条件かもしれないが、よくあんなこと出来るなあと感心しながら歩いた。海水浴場の端まで歩くと海の見える道は途絶え、防砂林に面した国道を歩くルートに入った。海で泳ぎたい思いもあったが、それはゴール後の熱海で果たせば良い。ビーチで脱げなかった未練は明日に取っておこうと思った矢先、いきなりGが脱ぎだした。

普通の歩道である。時折ジョギングをしている人が通り、すぐ横の車道には車がビュンビュン走っているが、Gはお構い無しだった。私が気づいた時にはもう脱ぎ終わっていたので、どうすることもできなかった。Gはなぜか堂々としており、自慢の大胸筋を見せつけるように背筋を伸ばして闊歩していた。こいつ、ここをカリフォルニアの海岸かどこかと勘違いしてやがる。この時点で8時間ほど歩いていたので、頭のネジが外れ始めていたのかもしれない。私は頼むからパトカーは通らないでくれと念じながら歩き続けた。職質されたら面倒すぎるし、Gは荷物軽量化の為に身分証すら持ってこないというアホっぷりだ。住所不定無職の筋肉男と共に署まで連れていかれるのは御免被りたい。
走り去る車もランナーも明らかに私たちを二度見していた。私はサングラスを一度も外さなかった。

茅ケ崎を抜けると日が沈みはじめ、辺りは薄闇に包まれていった。少し気温が下がると観念したのかGも服を着用し、通常モードに戻った。
前回の旅で痛感したが、不眠ウォーキングで辛いのは日が沈んでからだ。ここからが踏ん張りどころと言ったところだろう。心も体もこの時点では問題無かったが、疲労や痛みは突然ガクンとやってくるものだ。太陽に別れを告げ、かすかな海の気配を感じながら夜の湘南を歩き続けた。

~第四章へ続く~


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?