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川崎から熱海まで24時間不眠で歩いた話~第四章~

前回の24時間チャレンジで学んだことがある。それは

「晩飯を店で食べてはいけない」

というものである。というのも、店などでしっかり腰を据えてしまうと身体が休息モードに入り、脚が凝り固まってしまうからだ。すると次に動き出す際に精神的にも身体的にも負担が大きくなり、大幅なペースダウンにつながってしまう。
実際、前回は晩飯をファミレスのボックス席で食べたのだが、退店直後に一気に足の痛みに襲われた。この反省は絶対に活かさなければならないと心に決めていた。
しかし相棒であるGはその土地のグルメを楽しみたいという思いが強く、晩飯はどこかの店で食べようという提案、願望を度々私に投げかけていた。だが私は決して首を縦に振らなかった。
「晩飯を店で食べてはいけない」
というのはこのチャレンジにおける憲法、全てのルールを凌駕する絶対的法律だ。今までインスタ投稿だったりアイドルの配信鑑賞には目をつぶってきた私だったが、晩飯を店で食いたいというGの願いはついぞ叶えられることは無かった。私だってゆっくり休んで湘南グルメに舌鼓を打ちたい。だが自分で作った憲法を破ることは許されない。結局私たちはコンビニの王様セブンイレブンで蕎麦やらプロテインバーを買い込み、人目に付かないスペースの地べたに座って夕食を摂った。なんてみすぼらしいというか、バカな姿だろう。端から見たらホームレスでしかない私たちだったが、長時間歩き続けた身体にはこの食事が染みた。必要な栄養が、必要なカロリーが血流に乗って全身を駆け巡る。この飽食の時代において人類が忘れてしまった感覚ではないだろうか。生きんがために食うとはこのことかと実感した。まだ野生人類としての本能は私たちに残されていたようである。
私は足が凝り固まらないようにくるくる回したり、姿勢を常に変えたりしながら忙しない食事を進めていた。陸のマグロという二つ名が付くぐらいには動き続けなくてはならないのだ。
まだ張りや痛みは感じていないが、予防策としてバンテリンを脚に塗り込む。ジーンという鎮痛剤特有の感覚が心地よかった。

さて、栄養は十分、前回の反省を活かしたことで足は痛くない。この時点で前回のチャレンジを超えたような気がしていた。これはいけるぞ。
ところが、そうは問屋が卸さないと言ったところだろうか。しばらく歩いたところで前回は発生しなかった問題に見舞われた。

股ズレである。

夏にスポーツをやったことがある人なら多くの人が経験しているであろう。あの股間が擦れて赤くなってしまい、痛みを避けるためになんとも恥ずかしい歩き方を強いられてしまう恐ろしい外傷である。Gは夕方の時点で軽い股ズレを既に発症しており、コンビニで休息をとるたびに股ぐらにニベアを塗り込む妖怪と化していたが、ここにきて悪化してきたようである。そして道連れとばかりに私も発症した。だが正確に言うと股ズレではなく尻ズレであった。私は予防を兼ねてスポーツ用のスパッツを履いていたため、股ズレは回避できていたのだが、尻、もとい尻の穴はその守備範囲ではなかったようである。Gの股ズレを少々バカにしていたバチが当たり、同じ症状に見舞われた。まさに人を呪わば穴二つ。しかも尻の穴にダイレクトに呪いを受けるというややこしい状態に陥り、ニベアを股ぐらに塗り込む妖怪の二体目が爆誕した。

妖怪二体と化した私たちはニベアの助けを借りながら歩を進めた。まさに百鬼夜行。しかし、そんな怪しげな奴らに声をかけてくる人がいた。
バス停付近に立っていたおばあちゃんが私たちを一瞥した後、目を光らせてこちらに近づいてきたのだ。
「まずい、通報されるっ…!」
もはやここまでかと観念しかけた私たちだったが、おばあちゃんが話しかけてきた目的は妖怪退治ではなかった。
聞けば病院の帰りに誤って別のバスに乗ってしまい、見知らぬバス停に降り立った後で帰り道が分からなくなってしまったという。
この瞬間、私たちは「妖怪股ぐらニベア」から「妖怪おばあちゃん救助隊」に変わった。文明の利器スマートフォンを駆使し、おばあちゃんの帰宅ルートを調べ上げた。バスを待っていたら時間がかかって仕方ないため、タクシーを呼ぶことにした。私たちはタクシー代を心配したが、これぐらいは大丈夫だとおばあちゃんは快諾した。強い。

タクシーが来るまでの間、私たちはチャレンジの概要を言って聞かせ、おばあちゃんから賞賛と激励を貰った。
「お前らアホやなあ」
という同年代の友人から受ける言葉も嬉しいのだが、おばあちゃんからの
「すごいねえ」
という真っすぐな賞賛にはまた違った嬉しさがある。タクシーが無事到着し、おばあちゃんはこれでもかと言うほど私たちに感謝を述べてタクシーに乗り込んだ。タクシーの車体は素早く切り返し、私たちの向かう方向と逆方向へ遠ざかっていく。車内ではおばあちゃんが手を振っている。私たちもおばあちゃんが見えなくなるまで手を振り返した。彼女は今頃運転手に私たちの事を話しているのだろうか。話してくれていたら嬉しいなという淡い期待を抱いた。それを確認する術は無いし、多分彼女と会うことは二度と無いだろう。一期一会ってこういうことだろうか。再び歩き出す時にはなんだか身体がふわふわしており、足取りが軽くなった。股ズレの痛みも幾分かマシになった錯覚さえした。数時間はニベアに頼らなくても大丈夫かもしれない。
いい事したなあという感慨にGと2人で浸りながら、次なる目的地である小田原へと歩みを進めた。

小田原に入ったのは午後23時頃だったと思う。おばあちゃん感謝エネルギーも切れかかってきた頃だったが、これぐらいになると若人の特権、深夜テンションが芽吹き始める。股ズレ、いや尻ズレを除けば全身に問題はない。Gもそれは同じだったが、彼の場合自慢の上腕筋と発達した胸筋があだとなり、脇ズレも発症していた。憐れみを感じもしたが、脇ズレが起こるぐらい俺もデカくしてえ…という嫉妬の感情も少なからず抱いていた。
休憩は1時間おきにコンビニで取っていたが、やっぱりニベアは欠かせない。人目のつかないところに行ってはニベアを擦り込む。私の場合尻なので、塗るのが大変である。露出狂として捕まってもおかしくない。もし私が将来何かで名を上げたとしても、この文章が発掘されたら公然わいせつ罪で摘発されるのだろうか。たとえ不起訴になっても大炎上は避けられないかもしれない。
しかしそんなことは杞憂である。憂慮すべきは身体の状態なのだが、日付が変わった頃のコンビニ休憩タイムで雨に見舞われた。予報で夜に雨が来ることは知っていたので準備はしていたが、やはり実際に降られると相当きつい。しかも結構強めの雨だ。雨雲レーダーを確認したところ、30分ほどで止みそうなのが救いだった。私たちは深夜のコンビニの軒下で雨宿りを決行した。
深夜のコンビニにはやはりというか、ヤバめの人が多かった。明らかにガラの悪い3人組の兄ちゃん。ちょっと心配なぐらい太ったおじさん。延々煙草を吸っている人。駐車場には怪しげなブルーのライトを放つ白のセダンがアイドリングしたまま居座っている。こんなヤバイ人たちに絡まれたら嫌だと思い、絶対に目を合わさないようにした。「お前もヤバイ人の一部だろ」というリトルまつしたの声には耳を塞ぎ、これからどうするかの作戦会議をGと二人で行った。

雨は比較的すぐに止んだ。そして日付も変わった。ここからが正念場となる。民度がかなり低そうに見えたコンビニを後にし、寝静まった街を歩いて行った。小田原は横に長く、なかなか抜け出せない町だった。しかし、ここを抜けると神奈川県脱出も射程圏内となる。
日の出まではエネルギーを摂らない事にしよう、と2人で決めていた。腸を休ませ、内部的に睡眠状態を作りだそうというGの作戦だ。私は早くも腹が減っており、翌朝の日の出と朝ごはんに思いを馳せながら、尻の穴が接触しない独特の歩き方で進んでいくのであった。夜は長い。

~第五章へ続く~

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