見出し画像

海に行きたい

高校時代は祖父母の家がある、漁村で暮らした。海は身近にあったのに、「海が見たいの」とか「夜の海っていいわね」とか「船旅にはロマンがある」みたいなセリフを本で読んだり、ドラマで見たりした時に「ケッ」と思っていた。潮風はベタついて髪がバサバサになるものだし、水平線と聞けば、曇天の玄界灘の薄暗い風景しか思い浮かばない。

わたしにとっての海の印象は、危険で「生きるか死ぬか」が問われる場所だ。祖父母は「海をあなどってはいけない。磯をなめてはいけない」といつも言っていた。彼らは海で命を落とした人を何人も知っているのだ。たとえそれが岸辺であっても、海には一人で行くな、と何度も言われた。

社会人になって、「海でも見に行きませんか」と誘われたことがあって、「行きません」ときっぱり断った。「海でも」って、何しに行くの。海といったら危険な場所で、怪我とか遭難とか、細心の注意を払ってないと生きて帰れないよ。海に行ったら、ロマンチックな気分に浸れるとでも思ったら大間違いだ。賑わう夏の海水浴場でさえ油断ならないのに、冬の海に落ちたらどうなるか。そんなところに行くわけないでしょ。わたしはそう思った。

Google earthを見ていると、当たり前のことだが、地球は、陸以外は海なのだ。海溝など、想像を絶する深さだ。そして陸との境目の、ほんの少しの深さの場所で、人間がパシャパシャと泳いだり、サーフィンで波に乗ったりしているのだ。ちっさ。人間ってちっっさ。そう思うとますます海が怖い。

でも最近、どうしても海に行きたくて仕方がない。なぜだかわからないが、波の音を聞いたり、浜辺で寄せる波に足を浸したりしたいのだ。足が潜ってしまいそうな柔らかい砂浜を歩きたいのだ。

祖父母と暮らした場所に、もう海はない。護岸で固められたコンクリートの漁港があるだけだ。オットが懐かしがる義父の眠る離島にも、砂浜はない。どこに行けば、ホッとできる海があるのだろうか。


サポートいただけたら、次の記事のネタ探しに使わせていただきます。