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熱唱。

カラオケに行きたがる人たちの気持ちがわからない、と最近まで思っていた。わたしにとって『カラオケ=酔っ払いの余興』であり、歌が上手い人には惜しみない拍手を、それなりの人には声援を、自分が歌う番になると「あー、ちょっと今日は喉の調子が」とか言い訳をしながら逃げ回ったり、歌の途中で「はい、2番お願い」などと言って、人にマイクを押し付けたりしつつ、密室ゆえに酒臭くタバコ臭い人々が吐く息を自分も吸い込まねばならない罰ゲームみたいな場所だった。誰かがうたっている間に自分の歌を選ぶ行為も、なんとなく失礼な気がして好きじゃない。

そもそも、人前で歌を唄う必要も興味もなかった。歌は好きだが、自分が自転車を漕ぎながら、茶碗を洗いながら、鼻歌で歌えればそれでいい。マイクを使って電気的な効果を得る必要がどこにあろうか。

昨日、ムスメの応援で吹奏楽コンクールの予選に行った。まさに音楽を浴びて帰ってきた。楽器を演奏できるスキルはないが、なんとも言えない余韻が、わたしをなにかしらの音楽的な行動に出そうとしていた。

パソコンを開いてYouTubeをのぞいてみたら、知ってる歌がたくさん並んでいるじゃないの。最近人気のあの歌も、映画でおなじみのあの歌も、あるじゃないの、あるじゃないの。誰かの歌に合わせて唄うのだからカラオケではないが、結構大きな声で唄ってみたら、楽しくなってきた。

ところが。唄ってみると、歌詞をよく覚えていなかったり、サビしか知らなかったり、1曲まるまる唄える曲がない。そうなると欲が出てきて、ネットで歌詞を探してきたり、YouTubeを何度も聴き直したりして、本腰を入れて練習を始めてしまった。同じ歌を3回も4回も唄って、喉がカラカラになってお茶をガブガブ飲んで、「さ、もう一回」と言う自分がいる。こりゃ、頑張れば、カラオケでも唄えるようになるんじゃないの?

「お母さん、何回同じ歌うたうのさ」と、声がして振り向いたら、呆れた顔をしたムスメが立っていた。えっ、いつからそこにいたの。「え?ずっといたよ」ムスメはソファの死角でスマホをいじって遊んでいたらしい。

気恥ずかしくなって、わたしは夕食の準備に取りかかった。


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