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かきごや

福岡、冬の名物として「牡蠣小屋」がある。

その名の通り、炭火で牡蠣を焼いて食べさせるテント小屋が立ち並ぶ。場所は糸島半島のいくつかの漁港だ。牡蠣小屋のファンは、それぞれに贔屓の漁港、牡蠣小屋があるらしい。

ムスメが物心つくまで、オットとわたしは冬になったら牡蠣を食べていた。ところがある日、わたしの調理法がいけなかったのか、オットがカキフライに当たってしまった。朝起きたら、庭に砂をかけた吐瀉物があった。わたしは酔っ払いが庭まで入ってきてそこで吐いたのかと思い、オットに「大変だ大変だ」と訴えた。すると青い顔をしたオットが「あれは俺だ」と言う。どうしてトイレを使わなかったのかと聞いたら「トイレが詰まるかもしれんと思ったからだ」と真面目に言った。わたしはスコップで庭の土を掘り返し、まるで死体を隠す犯人のように周りの目を気にしながらそれを埋めた。オットは熱を出し、寝込んだ。

それにも懲りず、オットは2ヶ月後くらいにまた牡蠣を食べた。そしてまた当たった。それ以来、さすがにオットは牡蠣を食べなくなった。わたしもそれに付き合う形になり、家でも外でも食べなかった。

それから5〜6年が経ち、「しばらく牡蠣を食べていない。オットが嫌がるので家では食べられないんだよね」と友だちに言ったら、牡蠣小屋に連れて行ってくれた。翌日、わたしはそれまで体験したことのない腹痛に見舞われた。一緒に行った友だちはケロリとしているので、おそらくわたしの免疫力が落ちていたのだろう。

そんなわけで、わが家では牡蠣を食べるという選択肢はナシになった。ところがムスメが友だちの前で「まだ一度も食べたことがない」と言うのを見たオットが、不憫だと思ったのか、連れて行ってやることにしたのだ。

久しぶりに食べた焼き牡蠣は本当においしかった。グツグツ煮える牡蠣にレモンをキュッと絞ってハフハフしながら食べる。旨いのなんのって。

オットはずっと「怖いな、怖いな」と言いながら一つ食べ、箸を止めた。ムスメが「え?もう食べないの?もう一つどう?」と勧めると「俺が決死の覚悟で来ていることをお前は知らないだろう。明日、俺は死んでいるかも知れないんだぞ」と脅した。

さて、ムスメの感想は「もう牡蠣は食べなくていいや」だった。そして「わたしはおかの人だ。海の人にはなれないや」と言った。牡蠣もホタテも、磯の香りに慣れないムスメにはきつかったらしい。

まだまだ子どもなんだな、とムスメを微笑ましく思いつつ、わたしもオット同様、明日の朝どうなっているのかがちょっと怖い。

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