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くろねこ

一人暮らしを始めて3年くらい経った頃、夜中に家に帰って明かりをつけたら、部屋に黒猫がいた。ベッドの脇に前足を曲げて座っていて、じっとこっちを見ている。心臓が口から飛び出そうになった。どこから入った?なんでうちに?まさか、部屋で粗相はしていないだろうな、と頭の中は大混乱になった。どうやって部屋から出て行ってもらおうか、とおそるおそる近づいてみた。

ビビりながら近づいていったら、ある距離で目の焦点がピタリと合って、まるで夢から現実に舞い戻った感じがした。それは黒猫ではなく、わたしのショルダーバッグだったのだ。

全身から力が抜け、安堵の息が漏れた。そして「なんだ、違ったのか」と思った。わたしは一瞬にして黒猫を飼う、もしくは飼い主を探す、というところまで思考が巡っていたのだ。

先日、猫のいる美容室に行った。そこはペットとして猫を飼っているだけでなく、迷い猫、保護猫の里親探しの拠点になっていて、いつ行っても猫が3匹くらいウロウロしている。人懐こい子もいるし、人が嫌いでずっと猫タワーの上に陣取っている子もいる。そのうちの1匹がわたしにすり寄ってきて、はい頼むよ、と言わんばかりに寝転がった。わたしは背中を撫でてやると、ゴロゴロと喉を鳴らす。はい今度はこっち、と体を反転させて左右を満遍なく撫でるようにせがむ。

わしゃわしゃ、もしゃもしゃ、わたしは撫で続けた。毛足が長い種で、抜け毛が舞う。しかし、腹まで見せられたら手を止めるわけにはいかない。

猫を撫でる。この先も猫を飼うことはないだろうなと思いながら、今しか味わえない幸せをしばらくかみしめた。


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