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あじへん

鍋物があまり好きではなかった。グツグツと煮える野菜や肉や魚が、美味しそうには見えない。食べ歩き番組やグルメドラマを見ていても、鍋物に関してはちっとも羨ましくない。鍋の蓋を開けた時にブワッと湯気が立って、みんながぱあっと笑顔になる、みたいな構図のなかに、わたしはいなかった。

なぜだろう。ずっと考えていた。どうして鍋物が好きじゃないんだろう。答えは、子どもの頃の食生活にあった。わたしの実家では、鍋物はほとんど出なかったが、出るとしたら「白身魚」入った寄せ鍋か、鳥のぶつ切りの水炊きだった。そして、それらの具をポン酢につけて食べるのだった。このポン酢が母の手作りで、橙を絞った、かなり酸っぱい味付けで、子どもの舌には合わなかったのだ。夕食なあに?と聞いて「お鍋」という答えが返ってくると、「鍋か…」と落胆したものだった。

大人になって、自分で料理を作ったり、外で食べ歩いたりするようになって、「鍋物にもいろいろある」と知った。そして全部の鍋が苦手なのではなく、海鮮ものの寄せ鍋が苦手なのだとわかった。

ところでオットは勝手な人である。彼はわたしの作った食事を自分の好みにカスタマイズする。箸をつける前に醤油をかけたり、マヨネーズを塗り付けたりする。味見してから調味料をかけろ、と言ったこともあるが、それはもう初期の話で、すでに無効となっている。

「同じ味が続くと飽きるんだよねー」と言って、鍋だろうがたこ焼きだろうが、いろいろと調味料を試す。スイートチリソースをたこ焼きにかけて、「おおこれは合う♡」とか言いながら食べる姿は幸せそうだ。

鍋物が苦手ではあるが、作るのは簡単なので、わたしはよく夕食に出す。するとオットが食事の途中で、「あじへ〜ん」と言いながら、調味料を足していく。それが最近では定番になってしまった。

鍋物の味変で、一番失敗したのはニョクマム。魚醤である。オットが「ちょっとだけにしとけよ」と言ったが、どれくらいがちょっとなのか、加減が分からなくて、小さじ1くらい入れたらめちゃくちゃしょっぱくて魚臭くなってしまった。味変奉行の言うことは注意深く聞かなければならない。
ちなみに一番よかったのは「レモン汁」。たいていのものに合う。

今日は凍えるほど寒かった。キムチ鍋を作ったのだが、味変奉行は七味を足して満足していた。まあ、それはそれでいいか。

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