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歯の話よ。

余命宣告された。余命、といっても『歯』の話である。不謹慎なたとえかもしれないが、わたしにはそれくらいのインパクトだった。

歯周病。「リンゴをかじると歯茎から血が出ませんか」というCMを見ていた子どもの頃、これはお年寄りの話だと思っていた。

おととし。事情があって徹夜が続き、1週間くらいガタガタの生活をした。歯周病菌の繁殖力と、免疫力のバランスが一気に崩れたのだろう。歯茎が腫れ上がって、眠れないほど痛んだ。歯医者で「これは根気良くやらないと、ダメです」と言われ、さらに「寝てください。睡眠をとらないとダメです」とも言われた。

去年、また同じ時期に1週間以上、徹夜が続いた。同じく歯茎が腫れた。「歯石が溜まっています。もう少し、歯磨きを丁寧にしてください」と歯科衛生士から指導を受けた。睡眠時間を6時間以上取ってください、と歯科医からも言われた。しかし、はいそうですか、と寝られるわけではなかった。
ガタガタの生活が1年続いた。

歯については努力したつもりだったけど、免疫力が激減している。体力の復活が遅い。今年に入ってからは、歯周病菌の勢力が強く、薬を飲んでも、抗生剤を塗っても、調子が戻らない。定期的に口腔内ケアをしてもらいに歯医者に行くが、レントゲンを撮ったら、顎の骨の上に乗っている歯槽骨の厚みが半分に溶けていた。

「この歯は揺れています。これは抜去したほうがいいかもしれません」
ガーン。入れ歯!?まさかの入れ歯?

入れ歯で思い出すのはお義父さんのことだ。お義父さんが病に倒れた時、救急病院に運ばれた。ICUに入る直前、「義歯や体に装着具を使っていませんか」と聞かれ、お義母さんは「いえ、ありません」と答えた。しかし、数時間後に看護師から「はい」と手渡されたのは、お義父さんの上下の入れ歯だった。総入れ歯を妻や子、孫に知られないように、何年も隠し通していたのだ。わかる。その気持ち。絶対知られたくなかったし、墓場まで持って行く秘密だったはずだ。

それからひと月。歯科医から「持ってあと1〜2年です。状態が悪くなれば、3ヶ月〜半年」と言われた。「とにかく寝てください。そして丁寧な歯磨きと、薬の併用を。甘いものは極力やめてください」

「目の前が真っ暗になる」という慣用句は、リアルに体験すると、本当に真っ暗なんだなと実感した。生きた心地がしない。歯医者の受付で、「いずれは処置しないといけないんですよね。1本9000円、90,000円、130,000円の歯がありますが、どうしますか」と聞かれた。それもまた、わたしの心臓をバクバクさせた。そんな話まだ早いわ!と言い捨てて帰りたかった。

ああ、タイムマシンがあったら母が結婚した頃に戻って「生まれてくる子には、徹底的に歯を大切にするように教えてやりなさい」と言ってやりたい。





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