見出し画像

おじゃる

髪を切った。この2年間、髪を切ってなかったので、肩甲骨が隠れるまで伸びて、ちょっと扱いに困っていた。

これまでは「猫の美容室」と呼んでいる店に行っていた。シャンプー台で仰向けになっていると、膝に猫が飛び乗ってくる。20年以上の付き合いだったが、今回は初めての店にした。猫の美容室は好きだが、この暑さでそこまで歩くのがキツくて、最寄りの店にした。

その美容師はモダンチョキチョキズの濱田マリに雰囲気が似ていた。顔はマスクで全くわからない。目が笑っていなくて、声も低めに「どうぞこちらへ」と言われ、わたしはこわごわ席に座った。やっぱり美容室は苦手だ。

「どのようにします?」と聞かれても、ノープランだったわたしは答えに困る。「髪がくくれる長さを残してください」と頼むと、んー、と一息置いてから、「たぶん、中途半端な長さにすると、一番手に負えない感じになりますよね…」と淡々と言った。

「ヘアドネーションにも興味があるんですが」とわたしが言うと、「あ、それならば」と定規を持ってきた。「31センチの長さで切ると、かなり個性的な感じになりますけど?」と言いながらも「でも、いいと思います。きっと似合いますよ」。そう言われると、後には引けない感じになってしまい、「じゃ、じゃあ、お願いします」と答えてしまった。

ヘアドネーションは、もう何年も前から気になっていたのだが、自分の髪がそこまで長くなかったので、踏み切れないでいた。わたしは髪が伸びるのが遅い。それでも一昨年から切ってないので、「あの人は髪が長い人」というイメージになっていた。

美容室の何が苦手って、会話である。「今日はお休みですか?お仕事帰りですか?」から始まって、「どんなお仕事なさっているんですか?」「お休みの日は何をして過ごされてます?」と、ひとつひとつ答えていくのも面倒な話を振られる。仕事の話をすれば「それはどういった…?」と深掘りされ、休日の過ごし方を答えると「ああ〜、ですよね〜」と、なんだか掴みどころのない会話になる。黙っていればいいかというと、それもツライ。自分のエリアに踏み込まれまいとすると、肩に力が入ってしまい、身構えた空気が攻撃的になる。

一人でやっているお店だから、この女性と相性が合わなければ、もう来ることはないな、と思っていた。テレビがついていた。オリンピックの競泳だ。

「オリンピック観られます?」と聞かれて「うちにテレビがないから、東京オリンピックは初めて観ます」と答えた。「あ、でも、ラジオで卓球のミックスダブルスは聴いてました。あれは観たかった」と言うと、彼女は「あの試合は、わたしがいつも録画予約している番組の時間にやっていたので、ちょうど、決勝戦がまるまる録画されていて、ラッキーでした。凄かったです」「柔道もちょうど同じ感じで録画されていたので、阿部兄妹の試合も観れたんですよ〜」と砕けた感じで話し始めた。

ザクザクと髪が切られていく。わたしはメガネを外すと鏡の中の自分は全く見えない。サクサク、ザクザク、ジョキジョキ、いろんな音を聴きながら、店主との話にも花が咲く。楽しい。よかった。

「はいできました」と言われてメガネをかける。ありゃ。鏡の中にいるのは、老けたおじゃる丸だった。わははは。久しぶりだ。子供の頃はずっとこうだった。おかっぱ頭。「これでよろしいですか」と聞かれ、「気に入りました」と答えた。

画像1


サポートいただけたら、次の記事のネタ探しに使わせていただきます。