見出し画像

行政×デザインのパイオニア、ヘルシンキ・デザイン・ラボ

で富樫さんが世界各国の行政直属のデザイン機関を紹介していましたが、今記事で紹介するヘルシンキ・デザイン・ラボはそのパイオニア的存在であったと言われている機関です。既に解散してしまいましたが、わずか5年間の運営だったにも関わらず、現在の行政×デザインの取り組みにに大きな影響を与えています。

今回は前回に引き続き「PUBLIC & DESIGN」初回記事で公共デザインの4分類のうち、「公共のサービスデザイン」についての話題となります。

ヘルシンキ・デザイン・ラボとは

ヘルシンキデザインラボは、2009年から2013年までのフィンランドの公的行政機関であるSitraの元で5年間運営されました。

複雑で不確実な現代社会において、行政のデザインが取り組む課題はいろいろな問題が絡まりあっており、1つの側面だけ紐解く事はできません。そのため、行政職員(意思決定者)が、全体感をもって課題を捉えながらあらゆる側面を考慮し、よりよいソリューションを模索する必要があります。

ヘルシンキデザインラボでは、大局的に問題を定義し解決策を模索するための統合的なアプローチ方法としてStrategic Designを提唱し、未来の課題を解決するための手段としました。

Strategic Designについて、日本語ではこの記事がよくまとまっていてわかりやすいかと思います。

ヘルシンキ・デザイン・ラボの歴史

オリジナルのヘルシンキ・デザイン・ラボは、1968年にフィンランド国立研究開発基金(現Sitra)が開催したデザインの変化に焦点を当てたサマーセミナーでした。バックミンスター・フラーヴィクター・パパネククリストファー・アレクサンダーをはじめ、フィンランドのデザイナーや建築家(Kaj Frank、Antti Nurmesniemi、Juhani Pallasmaaなど)、エンジニア、産業家、政策立案者などが参加しました。このサマーセミナーでは、未来の新しいニーズを検証し、新しいデザインの考え方を再定義しました。テーマには、現在サステナビリティと呼ばれているような分野の問題も含まれていました。

😋📝 建築、都市の理論書で有名な本「パタン・ランゲージ」の著者であるクリストファーレクサンダー、サステナブルデザイナーのパイオニアとされるヴィクター・パパネク、フィンランドを代表するプロダクトデザイナーであるカイ・フランクなど、デザイナー目線でもとにかく豪華な面子が揃っています。個人的には、1968年にこのような会が開かれた事自体が奇跡的であるように感じます。

Studio

ヘルシンキ・デザイン・ラボの大きな取り組みの一つとして1968年のサマーセミナーを発展させ、「Studio」と呼ばれる1週間のプログラムを実施しました。ヘルシンキ・デザイン・ラボのStudioモデルは、問題の構造をよく理解することで、複雑で相互作用のある問題領域でビジョンを迅速にプロトタイプしていくために設計されています。

2010年に開催されたStudioでは、Prototyping the Future(未来のプロトタイピング)というテーマで、世界中から有識者を集め、現実社会の問題に対してデザイン主導での解決策を模索しました。Studioの計画は、課題設定・参加メンバーの組み合わせや人数・部屋のインテリアのレイアウト・スケジュールなどからケータリングに至るまで綿密に検討しつくされています。細部まで注意深く考えられたワークショップの計画はこちらのPDF(In Studio Recipes for Systemic Change)に記載されているので、興味がある方は読んでみると面白いと思います。

スクリーンショット 2020-07-05 21.41.05

最終レビューのあとのディスカッション時のための部屋の配置
写真:In Studio Recipes for Systemic Changeより引用

行われたStudioの一つである、EducationStudioを取り上げてみます。

Education Studio

画像1

写真:helsinkidesignlab.org より引用

このStudioは2010年の夏に1週間のWS形式で開催されました。一般教育では十分なサービスを受けられない中退者、ドロップアウトと呼ばれる人たちのたちに注目することから始まった教育プログラムを再設計するためのプロジェクトです。

世界各国と比較しても高い水準を誇る教育システムを持つフィンランドですが、多くの学生が毎年のように学校を中退しています。当時の教育システムでは、ドロップアウトした学生は社会から疎外され厳しい生活を余儀なくされていました。より幅広い属性の市民に対応した教育システムを模索するため、国際的なチームを組織し、教育システムをより多様な学生に対応できるようにシフトさせるための方法を提案しました。提案では、政策立案者が問題の状況の緊急度を把握し、具体的なネクストステップを建設的に議論できるようなプロセスを設計しています。

Outcome

教育システムの中で重要な要素に対処するため、7つの優先順位の変更3つの行動指針を提案しました。

(※この提案はあくまでプロタイプであり完全なものではないということ、また、簡略化していることを留意してください。)

7つの優先順位の変更では、学校の中退者にフォーカスすることで、現状の問題を紐解き再定義、その課題に対してどのような変更を教育エコシステムの中で行うとよいのかを提案しています。

 7つの優先順位の変更
1. 教育への平等なアクセス
 → 自分の才能や願望を伸ばすための機会への平等なアクセス
2. 継承された社会契約
 → すべてのステークホルダーの声を含む社会契約
3. 社会福祉制度 v1.0
 → 社会福祉制度 v2.0。個人の主体性とエンパワーメントの統合
4. 階層的・垂直的な行政構造
 → 包摂的・開放的・柔軟性のある行政構造
5. 学力習得のための機関としての学校
 → 市民のイノベーションの創造性と総合的な成長を刺激し生み出す、変化の主体としての学校
6. 規範への強いこだわり
 → 異なる能力や強みを持つすべての人を受け入れること
7. 学力向上のための学習
 → 人生のための専門知識の学習

これらが組み合わせることでGoodからGreatへの移行、という指針を形成しています。ここで得られた目標は「学校でよくやっている」を「学校が大好きで、よくやっている」に置き換えることになりました。この目標達成に向けて、3つの重要な行動領域が特定されました。

3つの行動領域

1. 公の言論の公開

より多くの声を公の議論に参加させ、より広く優先事項の条件を含める必要がある。特に、学校内での芸術や陸上競技の価値についての共通の理解と同様に、子どもたちのニーズや要望が欠落している。

2. 国際的なネットワークと連携の強化
教育の分野では、フィンランドはPISAの地位を利用して、シンポジウムや会議・共同研究を多国間で展開し、知識を輸出したり、新たな影響や専門知識を取り入れたりすることで、国際的なリーダーとなる機会を得ています。他国の文化や生活様式に触れることで、他国の生活様式への認識が深まり、個人的・文化的な核心が強化され、生徒や教師が自国の文化を理解を促し、文化を保存することができるようになります。

3. 21世紀の新スオミスクール
スタジオでは、フィンランドの新しい学校のモデルとなりうる新しい学習環境のプロトタイプをさらにスケッチしました。子どもたちが新しい状況にうまく対応できる思考力を身につけられるよう、体験的な学習・コラボレーション・文化的スキル・問題解決に重点を置きました。これを実現するためには、教育学・役割・インフラ構造の再考が必要です。パイロットのための適切なフレームワークも必要であり、それが成功すれば、より広範な採用への明確な道筋を持つことになります。

Outcomeを見ていくと、「大局的に問題を定義し解決策を模索する」というアプローチをとっており、まさにStrategic Designとして掲げられていることがまとめられていると思いました。


また、ヘルシンキ・デザイン・ラボのStudioが一般的なコンサルタントが行うようなWSと大きく異なる点は、ラボを運営するSitraの立ち位置にあります。

👉 Sitraについて
Sitraはフィンランドのソーシャルイノベーションを目的とし活動している公的機関です。フィンランド議会の支援を受けながら自己資金独立しているというユニークな立場で、政府とは距離を起きつも同時に政府の中にあり、取り組みをすぐに実践できる環境があります。

ヘルシンキ・デザイン・ラボのスタジオモデルは、Sitraの性質によって関連する政府機関を横断して戦略的につながっていき、実社会で実践していくことが可能となっていました。

実験的な取り組みを創出する場としてだけではなく、プロセスの中で、Sitraの職員(行政職員)がStudioの取り組みを学習するようなプロセスも念入りに計画されていました。Studioのメンバーから直接感想を聞くような機会を設定したり、議論が盛り上がっている時間に訪問するようスケジューリングを立てたりと、リーダークラスの職員の理解を促すような仕組みがありました。これは、行政内で強靭なパートナーシップを結び、行政組織の中にStrategic Desginの考え方を根付かせていくこと、つまり組織文化を醸成していくことに繋がります。「大局的な問題を紐解きビジョンをプロトタイプすること」、同時に「長期間で組織文化を醸成して受け入れる文化を作っていくこと」が、実際の政策にも大きな影響を与えたポイントだったのではないかと考えています。

おわりに

5年間という限定的な期間で行われた取り組みでしたが、現在発足している世界的な行政におけるデザイン機関の先駆けとなったヘルシンキデザインラボの取り組みを紹介しました。今から10年ほど前の取り組みでしたが、伝説的な組織であったと呼ばれることが不思議でないほどの取り組みだったと感じています。またヘルシンキ・デザイン・ラボでの取り組みが、ヘルシンキ行政内の文化を醸成するきっかけの1つであったように思います。

行政×デザインの話題についてもし興味をもっていただけたらば、マガジンのフォローをお願いします。また、このような公共のサービスデザインやその取り組み、その他なにかご一緒に模索していきたい行政・自治体関係者の方がいらっしゃいましたら、お気軽にコンタクトページよりご連絡ください。

一般社団法人公共とデザイン
https://publicanddesign.studio/

📖Reference

http://www.helsinkidesignlab.org/
ヘルシンキ・デザイン・ラボ5年間の取り組みがアーカイブされたウェブサイト。

In Studio Recipes for Systemic Change
上記サイトでDLできる、ヘルシンキ・デザイン・ラボのスタジオモデルに焦点を当て、まとめてあるPDF。

Dark matter and trojan horses. A strategic design vocabulary. 
Sitra,ヘルシンキ・デザイン・ラボに関わっていたStrategic designerのDanHill氏のエッセイ



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?