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市民参加のはじめの一歩をデザインする

これまで行政が担ってきた公共の問題が、ますます大きくなりながら複雑化している結果、行政組織内だけでは対応できないスキルや専門知識が要されています。そこで行政府は市民の力を活用してより効果的な意思決定と行動を行うような仕組みやプラットフォームをつくり、人々の持つ情報・知識・スキル・ネットワークを動員し、社会問題の解決に取り組んでいます。

市民が”参加する”ということ

これまでPUBLIC & DESIGNでも、市民がまちづくりや政治にいろんなフェーズで携わっていく方法を多く取り上げてきました。例えば、生活者が自らの実生活の中で実験を進めていくリビングラボ市民として熟議の場に加わることで政策決定に関わる事市民自らが活動家として声を上げ実践することから始めるプロジェクト などの記事があります。これらの事例をみてみると、市民参加という一つの言葉の中にも、参加フェーズやコミットメント量・決定の権限の違いなど、参加の方法は幅広く存在していることがわかります。

リビングラボの記事でもかるく触れられているArnsteinの市民参加のはしご(the Ladder of Citizen Participation)は、市民参加の分野でよく参照されるモデルの一つです。

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Arnstein, 市民参加のはしごモデル(画像引用

参加の段階は、大きく「ほとんど参加とはいえない」→「形式だけの参加」→「実質的な参加」という3段階に分けられています。

Arnsteinは論文の冒頭で、「市民参加とはなにか?そしてそれは現代の社会的な要請とどのような関係にあるのか?」という問いを投げかけており、その答えを以下のように述べています。

"市民参加とは、現在、政治的・経済的プロセスから排除されている「持たざる市民」が、将来的には意図的に参加することを可能にする権力の再分配である。(中略)権力の再配分を伴わない参加は、力のない者にとっては空虚でフラストレーションの溜まるプロセスである。”

— Sherry R. Arnstein, “A Ladder of Citizen Participation,” Journal of the American Planning Association

将来的に権力の再配分が伴うことが必要である一方で、権力の再配分が行われた”参加”は、参加する市民に対して責任やコミットメントが求められます。それに伴い、時間や労働力の拘束や発生するでしょう。市民の実質的な参加が望ましいとはいえ、いきなり「はい!じゃあ権限を与えるので自由にやってください!」といわれても相当難しいはずです。

そこで、形式だけの参加から段階を経てと真の市民参加へと移行してくステップを踏むこともできます。そのプロセスの中で、市民自身も自分たちの街や生活に対してのコミットメントを通して自律性や主体性を育みながら、行政も彼らから学びながら関係性を築きつつ、権限移譲をおこなっていくことができるのではないでしょうか。

市民自らが0からプロジェクトを立ち上げて実践していくことはハードルが高いかもしれません。しかしながら、市民参加のはじめの一歩は市民の「なにか参加したい」「小さくはじめたい」からはじまりそこから芽吹いていくことも大いにあり得るのです。実際自分の周りでも「何かしら住んでいる街のために関わりたいけど何ができるかわからない」「NPOやボランティアに興味あるけれど、自分の職能を活かせるところがどこにあるのか知らない」と、関わってみたいけど始め方がわからないといった声を聞くことがよくあります。今回の記事では、このような小さな動機や機会を行政が拾うような仕組みを持ち、市民が自ら声を上げたり、自らの職能を活かしながら街に対する実践を始める第一歩としてプラットフォームが機能するような事例を紹介します。

アテネの市民参加プラットフォームsynAthina

synAthinaは、アテネ市が市民を支援して生活の質を上げるためのプロジェクトを開発・実施するためのオンラインプラットフォームです。2013年にプロジェクトが開始されてから、450の団体が、4000の活動を共有しています。利益ではなく社会的影響を主な動機としていれば誰でもsynAthinaに参加することができ、法人格がないどのような団体でも登録することが可能です。

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synAthinaのwebプラットフォーム上では大きく「アクティビティ」「グループ」「オープンコール」の項目を検索することができます。

アクティビティ:料理イベントから、無料の医療・薬物乱用のカウンセリングまで、地区や日付からイベントを検索することができます。

グループ:非営利団体、企業、法人格を持たないグループが自分たちのコミュニティ思考の活動を紹介するチームプロフィールを作成することができます。

オープンコール:市民がネットワークに向けて、行動を呼びかけたり、市がプロジェクトを実施する際に地域の関係者と関わるために使われます。例えば、市が開催する、生徒と保護者が学校の時間外の文化活動に参加する「オープンスクール」プロジェクトでは、「オープンコール」を通じて活動のアイデアやそれを企画する人を定期的に募集しています。

募集や呼びかけはWEBサイト上で行われていますが、実際のプロジェクトや行動の多くはオフラインで行われています。「Curing the Limbo」はsynAthinaから生まれた成功プロジェクトとして取り上げられています。アテネの市民団体やコミュニティと協力して、亡命を認められてアテネに暮らす約300人の難民・移民や失業者が惰性や無関心の段階を乗り越え、生活に活気を取り戻すことを支援したプロジェクトです。プラットフォームの呼びかけから生まれたこのプロジェクトは、最終的にEUのUrban Innovation Actionsから500万ユーロの資金を得て、アテネ市が移民や難民を受け入れるための戦略をモデル化するためのパイロットプロジェクトとなりました。

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このように、社会的なインパクトをもたらす市民プラットフォームの成事例の一つとして取り上げられるsynAthinaですが、最初は一人の活動家の草の根活動として始まりました。リーマンショックで大打撃を受けたギリシアはその後数年にわたる緊急財政により、アテネの街は荒れ果て廃墟や空き家が目立っていました。元ドキュメンタリー映画監督アマリア・ゼプーは、アテネの市長に「さまざまな地域の市民プロジェクトをつなぐ中心的なハブを市政府内に設置し、プロジェクトと行政がリソースを共有し、互いに学び合えるような場所を作ろう」とプロジェクトをはじめました。物理地図から始まったsynaAthinaはウェブサイトに移行し、アマリア・ゼプーが市議会員に選任された後、synAthinaは完全に市有のものとなりましたが、参加者は初年度から伸び続けており、継続率も高いです。

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synAthinaで活動している市民数の変移。赤がその年から新たに活動を始めた市民、斜線が前年度から活動している市民(画像引用

このプラットフォームでの活動だけでも、「誰かが呼びかけて一緒に参加する市民」から「自分から活動を呼びかける市民」と立場を変えていくことができます。ユーザーの高い継続率のなかで、実際にそのような人も少なくないのではないでしょうか。

心肺停止の緊急事態に市民が一次対応する「PlulsePoint」

突然の心停止は米国における死因の第3位であり、毎年約35万6,000人が発症し、10人のうち9人が死亡しています 。しかし、心筋梗塞の直後に適切に心肺蘇生法やAEDでの一次対応を行うと、生存率が2倍〜3倍まで引き上がります。人材不足によってすぐに対応できる救急隊員を確保することや、交通量の多さで現場に到着するのが遅くなってしまうことなどが、一次対応までのシビアな時間に間に合わせるためのボトルネックとなってしまっていました。

PlusePointは、そんなボトルネックを解消するためにつくられてた、人命に関わる緊急事態にボランティアを1次対応のために動員するためのシステムです。

非番の医師・看護師・救急隊員・警察官・認定されたアマチュアなどがボランティアとして登録すると、近くで緊急事態が起こった際にアプリからアラートと位置情報が送信されます。これらの対応は救急病院などの救急対応手順のフローに統合されており、ボランティアの対応者が機関の人と連絡を取り合いながら、搬送先での対応までを調整することができます。

ボランティアは大きく①心肺蘇生の訓練を受けたことがある人②救急隊や医療従事者の2つのレベルに分類され、プロの人たちであれば公共な場所に加えて自宅などの私的な場所で起こった事件にも対応を要請します。PulsePointの最初の5年間で、11,000人の市民救助者が、14州の1,100以上の地域で、4,000人の心臓発作の犠牲者を助け、現在では、200万人以上がアプリを使用しており、対応数は10万件を超えています。

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PulsePointのアプリのスクリーンショット(画像引用

また、PulsePointはボランティアのアプリ登録や協力だけでは成り立ちません。911コールのオペレーションの関係者や政府・地域コミュニティと協力して導入をすすめる必要があります。PulsePointのサイトでは、地域への実装のためのロードマップが用意されており、アプリ使用に関する合意形成から、緊急サービス機関との協力、アプリユーザー募集のためのPR活動の方法などがの情報がオープンにされています。

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実装のためのロードマップ

PulsePointのアプリが示すことは、緊急事態の必要性に気がついたり援助できる仕組みがあれば、専門知識を持った市民が自分の職能を活かしながら多くの支援をおこなってくれるということです。これは緊急性がたかい医療分野に限らず、他の分野においても、それぞれの分野においてスキルを持つ市民の可能性を引き出して街の課題を共に解決したり、街を更に良くすることができるという同様の可能性があることを示唆しています。

終わりに

今回は、行政が持つ市民参加のためのプラットフォームを紹介しました。直接的に政治参加ができるプラットフォームや参加型予算のような取り組みと比べると市民に与えられた権限は弱く、「実質的参加」の状態であるとは言えないかもしれません。しかし市民が個々のスキルや個性を活かしながら小さな一歩としての参加をスタートすること、参加したプロジェクトを通して自身が少しずつ成長していくことでより深い興味や当事者意識を持てるように変化していけるのではないでしょうか。

本記事は以下の問を持って終わろうと思います。

・いま、あなたが何かしらの市民参加を行うとしたら、具体的にあなたがすぐ起こせるアクションは想起できますか?
・あなたの職能やスキルを誰かのために活かすとしたら、なんの能力をもって貢献したいですか?

今回のように行政×デザインの話題についてもし興味をもっていただけたら、本マガジンのフォローをお願いします。また、このようなリビングラボの構想・支援、その他なにかご一緒に模索していきたい行政・自治体関係者の方がいらっしゃいましたら、お気軽にTwitterDMまたはアドレス📩publicanddesign.pad@gmail.com宛にご連絡ください。

Reference

・nesta - Using Collective Intelligence to Solve Public Problems
・ORGANIZING ENGAGMENT - Ladder of Citizen Participation
synAthina
PulsePoint

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