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社会システムのDark Matterに対峙するDark Matter Lab

前回の記事ではイギリスの上場企業で行政府向けのデザイン機能を提供している「FutureGov」について取り上げました。今回の記事では、FutureGovと同様、特定の政府機関や自治体に属していないデザイン組織Dark Matter Labについて取り上げます。

Dark Matter Labとは

Dark Matter Labは、技術革新と気候崩壊に対応するために必要な”大きなにトランジッション”に焦点を当てている組織です。彼らのミッションは、民主的で分散型の持続的な未来をつくりあげることを阻害している社会システムのDark Matterを発見(discover)し、デザイン(design)し、開発(discover)することです。

Amsterdam(オランダ)・London(イギリス)・Malmo(スゥエーデン)・Montreal(カナダ)・Seoul(韓国)にオフィスを構え、その他Antwerp(ベルギー)・Budapest(ハンガリー)・Edinburgh(スコットランド)にメンバーが点在している分散型のチームとして活動しています。

彼らが対峙するDark Matterとはなにか

システムのイノベーションについて語られるとき、多くの場合はプロダクトやサービスに焦点があてられますが、そうではなく、本当に必要なのはシステム条件に対するイノベーションであると彼らは主張しています。製品やサービスに必要な機能や要件は、その後に考えるものです。

Dark Matterとは、わたしたちの周りにある目に見えないものという意味で使われる言葉です。Dark Matter Labでは、イノベーションの変化を阻害したりブロックしたりする要因=Dark Matterと定義し、これらに正面から向き合うことでイノベーションのスケーリングが可能とさせています。

また、Dark Matterとは表面化されている問題ではなく、多くの場合システムの前提条件になっている部分、例えば、行動・アーキテクチャ・プロトコル・共通言語・社会契約・フィードバックメカニズム・メトリクスなどがこれに該当します。システムの見えないところにあるDark Matterへの対峙を実現するためには、様々なレベルでのデザインの取り組みが必要となってきます。

何をしているのか?

彼らは21世紀のためのシステムを開発するために、研究とプロトタイピングを行う、フィールドワーク型のラボです。ここで言及されれているシステムとはウェブサービスなどのいわゆるシステムではなく、政治におけるガバナンスや民主主義の体制のことを指しています。政策と規制、金融とデータ、ガバナンスと組織文化、アイデンティティと民主的な参加に至るまで、現行のシステムの「Dark Matter」について学ぶために、様々な実験を行っています。

その中で特に、彼らのプロジェクトは主に5つ領域から成り立っています。

Cities
都市戦略のレベルから協力し、都市が直面している厄介な問題(wicked problem)を理解し、対応するための活動

Institutions
デジタルとインフラを活用した21世紀に適した機関の探求

Experimets
都市の文脈における仮説検証のための実験

Finance
より民主的で集団的な価値を想像するためのイノベーティブな金融メカニズムのデザインを探求

Education
これからのデザイン(設計)の現場に対して問いを立て、建築教育のあり方を問い直し

DarkMatterLabではこれらの分野について横断的に考慮しながら、社会システムのイノベーションについて取り組んでいます。

社会的イノベーションとDark Matter Labの思想

Dark Matter Labが主要な取り組みの1つは、都市規模でおこなうイノベーションのためのインフラストラクチャー、つまり制度の開発です。その中で、彼らは現在、未来の都市にとって重要な”社会レベルでのイノベーション”に注力を始めているそうです。

Dark Matter Labで定義する社会的イノベーションとは、社会レベルでの公共の利益に対応し、都市の発展を促すイノベーションのひとつです。単一コミュニティに対する集団的な利益に限定されるものではなく、特定のコミュニティの境界を超えて人々の利益を生むものです。

彼らは社会的イノベーションを説明するため、イノベーションを3つの層に分けて説明しています。

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第一の層: 個人レベルでのイノベーション

ユーザー価値または消費者を中心として、製品やサービスのイノベーションに例示されるような、両当事者のために明確な取引上の利益が明示されている層(個人と個人、個人とサービスなど)

第二の層 : インパクトの大きさに焦点をあてたイノベーション
サービスなどのエコシステムに関連するステークホルダーに対する利益の最大化を目指したもの。(サービスに関連している全員)

第三の層:public 社会的イノベーション
現状の制度の上では、個人が権利の一部を放棄するように要求されることで、社会レベルでの無形の利益を生み出す。

例えば、社会的イノベーションの例としてコミュニティ全体での集団免疫を獲得するための結核の予防接種を例に上げています。痛みや面倒くささを伴う個人的な予防接種のアクションと引き換えに、社会の中で弱い立場にいる人達も含めた全体の予防が公共としての利益を生み出します。

しかし、この規模のイノベーションでは、イノベーションが起こった証拠を示すことも、生活上でその影響を感じることも個人レベルでは難しいのです。例えば、一個人としては「どうせ私が予防接種をしなくても結核にはならないかったし、私にはなんの利益もなかった…」というようにに感じてしまいます。

社会的イノベーションは、信頼を構造化して活用する能力将来の成果を説明して活用する能力、そしてリアルタイムで適応可能なガバナンスモデルの出現の条件を基に築かれています。

信頼を構造化して可視化する能力
個人では効果が見えにくい社会的イノベーションにおいて、政府や自治体のルールや言動・施策が有効であるという信頼に基づいていなければ、社会的イノベーションが失敗しやすい。
28カ国の国での調査からも、制度に対する信頼は低下していると報告されており、このような状態では現状の産業の考え方や慣行・テクノロジーが、イノベーションを解き放つ可能性を妨げてしまう原因となる。そのために、制度に対する信頼とそれを担保するインフラストラクチャが、ということ。
将来の成果を説明して活用する能力
結核の例でいうと、個人が受ける注射を打つ痛みや病院に行く面倒くさはありますが、その結果「なにが自分にかえってくるのか」「どうして社会にとって有益なのか」が見えにくい。個人が請け負うコストに対して、(成果が実感されにくいからこそ)、将来の成果を説明することで、個人の協力を経たりそれを基に施策を進化させていくこと。

しかし、社会的イノベーションを発生させるためのこれらの前提条件は、現状では前提そのものが崩壊しており、前提として機能していないという歪みが発生しています。そのため現状の歪みを解決するためには、これまでの社会のルールとは根本的に異なる運営方法や新しい制度(インフラストラクチャー)の探求が必要不可欠となります。

AI,スマートコネクト契約、機械学習、ビッグデータ、持続可能な都市・農村開発、ピアトゥピアインフラストラクチャー、次世代福祉2.0と言った社会的イノベーションを開放する機会が、わたしたちのの公平な社会をもたらすのです。

以下、DarkMatterLabのプロジェクトを1つ紹介したいと思います。

Trees as Infrastructure_インフラストラクチャーとしての木

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気候危機に対応するための樹木の重要性は、広く認識されつつあります。そのため、ミラノやプラハ、シドニーなどをはじめとする大都市なども、都市の既存の樹木を△△年までに〇〇万本植える、などを宣言しています。しかし、緑化の取り組みが必ずしもうまくいっているとは限らず、ヨーロッパで一番緑の多い都市と言われているSheffield(UK)ですら、年間に5000本もの木が切り倒されています。この原因は、都市の林業管理プロセスに内在する一連の構造的な問題から引き起こされており、例えば予算配分・会計手続き・樹木に対する政治的な認識などがDark Matterとして存在しています。

Dark Matter Labが提案するTree As Infrastructure(TAI)は、このプロジェクトでは、生きた公共インフラとして都市の森を育てるために都市全体のモデルを開発することを目的とし、以下の一連の制度的なパラダイムシフトを行おうと提案しています。

1/ 活気ある緑のインフラを維持するために必要な財源をプールすること
2/ 都市の生態系を手入れし維持するための新しい手法を開発すること
3/ 都市の緑化目標を推進する環境・健康・社会への影響をモニタリングし評価する

これらに伴い、収益モデルや分散型の樹木メンテンナンスシステム、場所のモニタリングのための木のインターネット化などを含む様々な提案をシステムとして提案しています。

おわりに

今回の記事では、公共デザイン分野でもやや異色な集団で、新しい取り組みをしているDark Matter Labについてまとめました。記事の中ではあまり深く触れられませんでしたが、民主主義を機能させるためのシステムの再構築に対して思想の重きを置いており、民主主義をどう正しく機能させていけるのか?そしてそらを将来に向けて持続可能にしていけるのか?という大きな問いに対して探求していることが彼らのユニークな点であると思います。

また、システムを大きく変化させるために、金融システムや社会契約の見直し、ビックデータをイノベーションなどを含めた包括的な提案を行っていることも特徴的です。これらは、DarkMatterLabのメンバーがデザインや建築・都市開発をバックグランドに持つ人たちだけではなく、金融やData Scienceなど幅広い領域にまたがっているところからも伺えます。これにより、デザイナーだけの組織よりも、全体的で包括的な課題を解きにいけるような体制となっています。

公共のデザインについて考えるとき、わたしはその活動が「鷹の目のような活動なのか(トップダウンでシステムに手を加えることで全体の底上げや歩んでいく方向を示唆するような活動)」「アリの目のような活動なのか(ボトムアップで個の自律性を育んでいく活動)」のどちらの性質が強いかをよく考えています。DarkMatterLabの活動は、「鷹の目のような活動」をしているように思いました。メンバーの多様性や場所も分散して存在しているからこそ、より多角的な目線での提案を行えているのではないでしょうか。

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一般社団法人公共とデザイン
https://publicanddesign.studio/

Reference


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