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理科における科学的推論の課題とメタ認知

本記事は オンライン読書会で読んだ本の内容と、参加者による議論をまとめたものです。理科教育 Advent Calendar 2020の5日目の記事を兼ねています。
今回,私が担当したのはChapter. 8「Scientific Reasoning During Inquiry: Teaching for Metacognition」です。この章では、学習者が探究を行う際に直面する科学的推論の課題についてまとめられています。

科学的探究と科学的推論

科学者が科学的な手続きを通して現象のメカニズムを探究していくように、理科の授業では学習者が科学的探究を行うことを通して、学びを深めていきます。科学的探究には、実験やその結果の解釈といったプロセスがありますが、その際に働かせる思考を科学的推論と呼びます。

過去50年の教育学・心理学分野の研究を通して、科学的探究のプロセスや科学的推論の捉え方はアップデートされてきました。主なアップデートは次の3点です。

1.科学的推論は内容から切り離されたものではなく、科学的内容の発展と手を携えて発展していく。
2.個々の探究プロセスは独立したものではない。
3.科学における証拠の役割や、科学コミュニティの仕組みを理解することの重要性

1.は、科学的に考える際の思考が内容とは切っても切れないものだということを意味しています。これまで推論に関する論理学の研究では、帰納や演繹といった推論形式を内容とは独立して考えてきました。しかし、現実の自然科学ではその分野や内容に固有の思考が存在し、その分野の発展に伴い思考のあり方も変化していきます。日本の理科の学習指導要領においても、科学的な見方は4分野それぞれに特徴的なものとして設定されていて、分野に固有の思考の存在が想定されています。
 
2.は、探究のプロセスはそれぞれが独立したものではなく、相互に関係するものであることを意味しています。例えば、ある事象が観察されて変数が特定される中で、それと同時に仮説が洗練されていくという相互関係が考えられます。このような相互関係があるのにも関らず、多くの理科授業では探究のプロセスを単一の固定された一連の手順として扱っていて、教室の壁や教科書には探究のプロセスが一方向の矢印で示されています。本章の著者はこのような捉え方を歪んだ見方であると批判し、すでに哲学者・社会学者・科学者によって破棄された考えであるとしています。科学の分野やアプローチの多様性を考えれば、科学的探究のプロセスを固定的なものとして扱うのは相応しくないかもしれません。

3.は、科学の認識論や社会性を踏まえて科学的推論を捉えることの重要性を示しています。科学というのは所定の手続きを通して人間が作り出した暫定的な説明であり、その説明は科学者コミュニティの中で他者を納得させるものでなければいけません。このような認識論や社会性を踏まえれば、科学的推論から科学の営みの性質(Nature of science)を切り離すことはできません。

以上の科学的推論に関する近年のアップデートに留意しつつ、実際の教室における学習者の科学的推論の課題について順番に検討していきましょう。

問いの設定

科学的探究は探究するべき問いの設定から始まります。教師は問いを一方的に与えるのではなく、生徒が自発的に自身の好奇心を問いに変換できるよう支援していく必要があります。ここでの”問い”とは、何を明らかにするかという作業上の問いだけではなく、目標を達成するために何をするかという戦略上の問いを含みます。例えば、植物の種子の発芽に興味を持った場合、発芽の条件は何かという問いだけでなく、水や温度が影響するか調べるという作業上の問いが必要になります。

問いを設定する上で、問題となるのは認知バイアスの影響です。人間は様々な認知のバイアスを持っていて、非合理的な思考に陥ることがあります。認知バイアスの例としては、因果関係があると思う要因にのみ着目する因果バイアスや、自分の信念に一致することのみを調べようとする確証バイアスといったものがあります。日常生活においてこれらのバイアスは考える負担を減らし利益をもたらすかもしれません(cf. ヒューリスティクス)。しかし、理科においては自分の信念に関わらず関係のある変数をすべて調べる必要があります。科学的推論において認知バイアスが働くと、誤った推論にいたる可能性があります。

仮説設定

科学的現象に対して暫定的な説明を構築する過程を仮説設定といいます。仮説設定では、現象に関連する変数を特定し、その関係性を説明に組み込む必要があります。その際、1つの仮説のみならず、可能性のある複数の仮説(代替仮説)を検討することが重要です。しかし、先行研究では経験の浅い学習者は代替仮説を立てることが困難であり、自分が最も可能性の高いと考える仮説のみを設定することが指摘されています。これは、自分の信念に一致することのみを確証しようとする確証バイアスの表れだと解釈できます。このような確証バイアスを避けるために、教師は複数の仮説を検討するよう支援していく必要があります。

ところで、 理科の授業において、仮説は常に立てなければならないものなのでしょうか?本章の著者は理科の授業における「工学的アプローチ」と「科学的アプローチ」を区別する重要性を指摘しています。工学的アプローチでは、望ましい結果が生じるように設計を工夫していきます。一方、科学的アプローチでは、その現象がなぜ生じたかの因果関係を理解しようとします。前者の場合は事前に仮説を立てなくても、試行錯誤しながら望ましい結果を探索することができるかもしれません。このアプローチでは、確証バイアスも問題になりません。一方、科学的アプローチでは、事前に仮説を立てて、因果関係を系統的に調べる必要があります。最近ではSTEM(Science, Technology, Engineering and Mathematics)教育が着目されていますが、サイエンスとテクノロジーでアプローチに違いがある可能性に注意を払う必要がありそうです。

実験計画

仮説を確かめるための実験を計画する上では2つの科学的推論方略が重要になります。
1つ目は変数制御方略(Control Variable Strategy)です。実験を計画する際には、実験群と統制群で1つだけ変数(実験変数)を変え、その他の変数(統制変数)を群間でそろえる必要があります。例えば、植物の発芽に肥料の有無が影響するかを調べる実験を考えてみましょう。実験群では肥料を与え、統制群では肥料を与えません。重要なのは、その他の条件を両群ですべて同じにすることです。先行研究では、10歳までの学習者は対照実験をうまく設定できず、変数制御に失敗しやすい傾向にあることが報告されています。

Tschirgi(1980)は、子供の行う変数制御は以下の3種類があると指摘しています。

Vary-One-Thing-At-a-Time (VOTAT) :1つの変数だけ変える◎
Change-All (CA)          : すべての変数を変える×
Hold-One-Thing-At-a-Time (HOTAT) :操作変数を群間で変えない×

このうち、VOTATは条件が制御された適切なデザインです。しかし、CAでは統制群におけるの変数の統制に失敗しています。HOTATでは、群間で変えるべき操作変数を変えることに失敗しています。また、Tschirgi(1980)は、学習者のもつ事前の信念と仮説が一致しているかで変数制御の成否に違いが出ることも指摘しています。例えば、先ほどの発芽の実験計画において、肥料が発芽に強く影響するという信念を持っている学習者は、どちらの群でも肥料を与え、HOTATの過ちを犯すことが考えられます。一方、肥料は影響しないという信念を持つ学習者は、その信念を確証するために、適切な変数制御(i.e., VOTAT)を行うということです。

実験計画の2つ目の方略は、系統的探索です。科学的実験においては、実験者の信念に一致する組み合わせだけでなく、すべての変数の組み合わせを系統的に調べる必要があります。例えば、発芽条件の実験で次のような3変数を検討する場合、[植物(2種類)、肥料2種類、光2種類]、この計画は2の3乗、すなわち8通りの組み合わせをすべて調べる必要があります。変数の数が増えるほど、調べるべき問題空間は拡大していきます。しかし、Siegler & Liebert(1975)が14歳を対象に行った調査によると、生徒は問題空間全体の10%ほどしか調べようとしませんでした。これは、確証バイアスによって学習者が興味のある実験のみを行おうとする実態を反映していると考えられます。

データの解釈と考察

前述の通り、変数制御に失敗した実験計画は問題があり、そこから導かれる考察は誤りを含む可能性が高いです。また、仮に実験計画が適切だったとしても、考察において誤った推論が行われることがあります。学習者の中には、実験結果を無視し、理論や自分の信念に基づき結果とは矛盾した正当化を行おうとする人がいます。例えば、植物の成長に自然光と人口光で差が見られなかったとしても、自然の方が健康的で良いといった信念は、結果をゆがめた考察を導くことがあります。

データの記録

実験を行う際には、その結果を改変せずに適切に記録していくことが重要です。科学者は実験ノートを作成し、実験計画の網羅性を確認しつつ、様々な記録を残しています。理科の授業においても学習者はノートを作成し、実験計画や結果を整理・記録することが期待されています。しかしながら、義務付けられなかった場合、多くの学習者はノートをとりません。また、ノートが書かれたとしても、確証バイアスに基づき自身が関係のあると思った変数しか記録されません。ノートを見返す機会もほとんどありません。

学習者がノートをとらない原因として、本章の著者は、自身の記憶力の過大評価と有効性認知の低さを挙げています。若い学習者は自身の記憶力を過大評価しており、ノートに記録しなくても覚えていられると考えるようです。しかしながら、そんなわけはなく、実験計画や結果は時間とともに忘れられていきます。また、そもそもノートをとることが有効だと考えていないとも捉えられます。なぜ、ノートをとる必要があるのかということをあらためて確認する必要があるのかもしれません。

科学的推論方略とメタ認知

新しく科学的推論方略(e.g., 変数制御)が教えられたからといって、それまでの方略が記憶から消えたり使われなくなったりするわけではありません。実際にはレパートリーが拡張され、使用率が変化するのです。例えば、変数制御方略を学んだあとでも、[制御されていない実験比較、単一事例計画、理論に基づく正当化]といった方略がレパートリーに並んでいます。このような状況で、学習者がどの方略を使うか決める際に、メタ認知が重要な役割を果たします。

メタ認知とは、自分の認知についての認知です。いわば、自分がどのように考えているかについてメタ的に捉える働きを指します。メタ認知は、さらにメタ認知的活動とメタ認知的知識に分けられます。これらメタ認知を学習者に育てることで、適切な戦略を選択できるように変容していくと考えられます。メタ認知的知識の例としては、変数制御をどのように行うかという方略的知識や、なぜその方略を行うべきなのかというメタ方略的知識があります。理科教師は「何をすべきか」を教えると同時に、「なぜこれが適用すべき戦略なのか」、特に「なぜ、他の戦略が適切でないか」を教える必要があるのではないでしょうか。

Acknowledgement

この記事の草稿に有益なコメントくださった、雲財寛さん西内舞さんとその他の方々に感謝します。

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