「はじまりは蝶」

 中学2年生の尾長香は、授業中に幼い頃に蜘蛛の巣にかかった蝶を助けた夢を見て目を覚ます。放課後、まさかの意中の夢碧から告白され念願の両思いになるが、彼女を狙う二人組が現れバー『とどのつまり』に逃げることになる。香は町で噂のフランクに出会うが、彼も夢碧を狙う一味だった。追いつめられるも、夢碧は極悪の宇宙人に捕まってしまう。香はそこで、ここにいる全員が宇宙人で、彼女が星の王子との結婚が嫌で地球に逃げてきたことを知る。香は真実を聞きだす前に気絶してしまい、夢碧は翌週学校に来る事は無かった。家に帰ると自分の部屋に不法侵入していたフランクから、香はあるお願いをされる。果たして香の恋は成就するのか…?!



 

 

 

 


僕は、夢を見ていた。年長の夏、筑波山に登った日の

とだ。今僕は中学一年生なんだけど、僕じゃなくて、「俺」って最近は言ってるんだ。けど夢の中では自然と「僕」の気分になってたんだな。ぶっちゃけると、好きな子にちょっとばかしかっこよく思われたくて、「俺」なんて言い出したんだけどさ。とにかく今は年長なんだから「僕」だ。

でね、その日は家族とおじいちゃんとおばあちゃん、それにおじさんと一緒に筑波山に行ったんだ。

みんなには、「はじめてだから香には難しいかもね」なんて言われたけど、なおさらそれが僕を奮い立たせたんだ。 

あ、香っていうのは僕の名前ね。近所の人には、顔のせいで女の子に間違えられたことがあるくらいなんだけど、「香」って書くから余計に勘違いされるんだよね。「香」で「かおる」って読むわけよ。これ何かの冗談じゃないかって思うんだけど、マジなんだよな。  

僕はそんなにがっちりとした体形じゃないからね、弱っちいって思われてると思うんだけど、実はそうでもないんだぞ。やるときゃやるんだ。だからこそ、みんなに筑波山を登るなんて朝飯前さってとこを見せたくなったんだな(あとから気づいたんだけど、一人っ子ってめちゃめちゃ負けず嫌いなんだ)。

それで車から降りて登りだしたんだけどさ、母さんとお祖母ちゃん、父さんも息をあげてたけど、僕の足はどんどん先へ先へと進んでいった。時間の流れなんて感じない、息なんてこれっぽっちも上がらないんだ、不思議なくらいにね。

やってやるって気持ちのせいもあるけど、これが自然のマジックってやつなんじゃないかな。どこ見てもきれいなんだ。足元はぬかるんでいて、歩いている周りを見渡す限り、どの植物たちも雨粒のドレスを身に纏ってキラキラしてるんだ。見て、私のことを見てって、おめかしした舞踏会のお嬢様みたいだったな。映画しかみたことないけどね。

それからね、草の先についている透明の粒に指で触れると、ポロって真珠が地面に吸い込まれるんだ。歩きながらぽろんぽろんと落とすのが楽しいのなんのって。

「あらいいわね」って母さんが言ったから、「母さんもやってみてよ」って、僕は母さんの指を露草の先にちょんと持ってったんだ。冷たい水が指を撫でていって面白かったから、しばらく二人ではまってたね。

苔のついた木々の幹を見ながら視線を上にやると、鳥たちのお喋りが森いっぱいに響いていた。姿は見えないから、どんな鳥なんだろうって想像した。カラフルなのだったら良いなって思う。

鳥たちは何の話をしてるのかなって思ったけど、やっぱり人間の僕にはよくわからない。「やっと晴れたわね~」「これからどこ行こうか?」って感じかもしれない。

ちょっと先に行くと、橋がら離れたところに、少し浅めの川が流れているのが見えた。僕はロマンってやつを感じちゃって、思わず「母さん、オオサンショウウオいるかな?」ってちょっと後ろを見て声を張ったんだ。

ところでオオサンショウウオって知ってる? 上野動物園に連れて行ってもらったとき見たんだけど、その時から僕のお気に入りなんだ。あの顔といい、小っちゃい手足にもうビビッときちゃったんだから。

「そうね、ここならいるかもしれないわね」

母さんはニッコリ笑って答えた。僕はとっても嬉しくなって、川を上から下まで見えるところは全部見た。

川の途中に流木が倒れてて、隠れ場所も沢山ある。いかにも彼らの好きそうな住処じゃないか。

一生懸命目を凝らしてみたけどさ、オオサンショウウオは出てこなかった。僕が思うに、彼らはとんでもなくシャイなんだと思う。仕方がないから、心の中でまだ見ぬオオサンショウウオに挨拶をして、それから手を振っておいた。

僕は何にもいなくても手を振るのが好きなんだ。例え目と鼻の先にいたって僕はとにかく手を振っちまうんだ。これは性分だからね。直せったって仕方ないんだ。

とにかくだな、どこかにいるはずだって僕は確信したね。

オオサンショウウオの住処を見つけられたものだから、テンションが高ぶって、ますます歩くのが楽しくなってきた。 

そうしたら、出会ってしまったんだ。大きな大きな蜘蛛の巣に。いつの間にか近くにいた父さんが、「香より大きいんじゃないか」って言ったけど、ほんとにその通りだ。

そのまま突っ込んだら、糸に捕まっちゃうかと思ったもんね。蜘蛛の巣の真ん中にはでっかい主が居座っていて、長い足でオレが王様だぞって主張してるみたいだった。

そしたらさ、端のほうに蝶が引っかかっているのに気づいたんだ。アオスジアゲハみたいなんだけど、よく見ると蛍光色っぽくないペパーミント色をしている。だから、アオスジアゲハとはちょっと違うんだな。図鑑でも見たことがない蝶だったから父さんに聞いたんだけど、父さんも知らないって。 

そこまで大きさはないし、強そうにも見えない。じっと動かないから、蜘蛛も獲物がかかったことを知らないみたいだった。動かないから死んじゃったのかなって一瞬思ったんだけど、蝶が急に足をジタバタさせ始めたから生きてるってわかったんだ。

振動で巣がぐわんぐわんって揺れて、蜘蛛が蝶に向かって襲い掛かった。

「やあっ!」

僕は、地面に素早く屈んで、ちょうど落ちていた石を拾うと、蜘蛛と蝶の間に投げこんでいた。もう無意識だったんだよ。

そのまま続けて蝶の近くにもう一発。バタバタと力いっぱい蝶が動いたので、近くにさらに一発投げ込んだ。巣から解放された蝶々は、森の中へと姿を消してしまった。一方の家をぶっ壊された蜘蛛は、何事も無かったかのように、またせっせと糸を張り始めた。

「香、蝶の命を助けたな」

 父さんの温かくて大きな手がポンと頭に乗った。父さんはそんなに口が上手くないんだけど、だからこそ褒めてくれるときは特別に感じるんだ。あのときは、僕は自分がヒーローに思えたね。

僕は時々思うんだ。逃げた蝶は、あの後も元気にやってるんだろうか? 幸せにしてるかなってね。

ところで、父さんの手ってこんな感触だったっけって僕は思った。こんなに頭をツンツン叩かれている記憶はないんだけどな。僕の記憶だと、森もここまで騒がしくはなかったな。ざわざわしすぎて、マイナスイオンのマの字もないよ。 

それで周りを見回してあれ? と思ったんだ。周りの景色がぼんやりしてきて、目の前の父さんもスッと消えて、一度全部が真っ黒になった。その次には、朝日が差し込んだような光に包まれて、ざわざわとした音がさらに大きくなる。体もふっと上に浮くてくるような感じがして、僕は目を開けた。

 

 

目を開けたら薄汚れた木目がすごく近くにあって、自分がどこにいるのか混乱しちゃった。

「……な……さん、おーなーがーさんっ」

 ツーンとシップのような臭いがした。担任の宇佐美先生は、よく肩が凝るのかいつも清涼感のある匂いがする。覚醒しない頭のまま顔を上げたら、ぱっと頭から重さが消えた。    

やっぱり俺の頭をツンツンしてたのは、父さんじゃなくて宇佐美先生だったみたいだ。宇佐美先生は、今年他県からやってきたばかりの新任の先生だ。トレードマークの赤眼鏡がきらりと光る。ついでに言うと、三六名クラス全員の視線も自分に集中していた。

「あー俺、寝てました?」

 忘れずに、一人称を「僕」から「俺」にチェンジした。寝てたかってのは確かめるまでもないんだけどさ。念のため言わずにはいられなかったんだよ。

「それはもうぐっすりとね」

宇佐美先生を見上げると、先生はふっと息をついて言った。

 やばいな、これはかなり怒ってるぞ。ここ何か月かで知ったんだけどさ、先生、怒るとフチをくいっと上げる癖があるんだ。なんで知ってるかって言うとだな、前にもやったことがあるんだ。今この瞬間も、くいくいっと上げてるよ。教室中に小さな笑い声がだんだん広がって、大きくなっていく。クラスに一人はいそうなおふざけキャラだと思われてたら困るんだけどさ、俺は至って真面目なんだ。ただそれがわかってもらえないだけでね。

「尾長さん、今月の学級目標は? 一つでも覚えていますか?」

もちろんそんなもの覚えていないや。知ってるわけがないのさ。俺が知ってるのは、学校の献立ぐらいのもんだな。こういうのはさ、きっと先生か考えた学級委員か、それか一番前の席で毎日張り紙と睨めっこしてる人だね。

教室の前に貼ってある学級目標を見ようと思ってね、体をちょいと横に動かしたら、先生も同じ方向に動いたのよ。これにはまいっちゃったよね。仕方がないから、今日の給食なんだっけな~と考えることにした。なんだかお腹が空いてきた気がしてね。

先生から目線を外すと、小学校時代から腐れ縁の美沙が、ニタニタと俺を笑っているのが見えた。あいつは何かとオレのことを弄ってくるんだ。それでいてさ、尾長は子供っぽいっていつも言ってくるんだぜ。何か言い返してやらなきゃいかんなと思うんだけど、できないんだよなこれが。

「お前のはねっ毛どうにかしろよ」って言ったって、もともとなんだからどうにもならんだろ? かと言って、「お前の母ちゃんでべそ」って、関係ない人を巻き込むのはなんか違うと思うんだな、うん。

だからさ、「俺」って言ったり俺なりのささやかな抵抗はしてみるんだけど、あいつは憎たらしくぷぷっと笑うだけなんだぜ、きっと。ケッと心の中で俺は呟いた。心の中だったらいくらでも言えんのにさ。

「尾長さん、覚えてるの」って先生に言われたから、俺は素早く背伸びして前の張り紙に目を移した。

「積極的に授業に参加しようです、先生」

「よろしい。君は今日寝るのは何回目ですか?」

「え? ええーと、それは……」

そう来るとは思わなかったな。俺はさ、実を言うと今日数回寝てるんだ。誰しもさ、今日何回息をしましたかって聞かれても、絶対答えらんないと思うんだよな。それとおんなじだよ。

頑張って思い出そうと空を仰ぐ途中で、美沙の少し後ろの席で、夢碧さんが遠慮がちに笑っているのが見えたんだ。その証拠に、夢碧さんのポニーテールと一緒に薄緑のリボンが小刻みに揺れている。うおー、これは恥ずかしいって。こればかりは、俺もどこかに穴を掘って冬眠したくなったな。

何を隠そう、彼女は俺の意中の女の子なんだ。夢碧さんは、俺が小学校六年生のときに転校してきた。夢緑さんを一言で表すと、清楚寄りのかわいい女の子だ。かと言って、お嬢様っぽいお高くまとった近寄りがたさはないんだ(美沙のガードが固すぎて近づけないんだけどね)。おとなしそうに見えて少しはしゃぐところとか、ギャップがとっても可愛くて、そこんとこが俺は好きだなと思う。 

夢碧さん、前は東京にいたらしいけど、ここには不釣り合いなほどの輝きようで、いるだけでオーラがあるんだ。男子だったら、一度は夢碧さんが好きになると思うけど、俺は一度とは言わず、ずうっと夢碧さん一筋だ。

「三回です尾長君、君はもう三回も寝ているんですよ」

とはいえ、俺は告白までする勇気などないんだ。意気地なしなんて言わないでほしいね。夢碧さんは、みんなにとってもはやアイドル的存在なんだ。隙あらばサインをもらおうってくらいにね。

でもね、そんな真似は、命が何個あってもできやしないよ、俺が保証する。何故ってあの美沙がガードしてるからな。あいつは普段からゴリラみたいなやつだけど、夢碧さんに関わる事となるとものすごいんだ。ほんと見せてやりたいよ。夢碧さんに近づく雰囲気を出そうものならば、もの凄い眼力で威圧するんだ。まるで爪をシャーシャーって引っ立てた、現代版ねこ娘だね。

だが驚いて欲しい。その脅威を退けて、俺はその夢碧さんと修学旅行でツーショットを撮ったことがあるんだよ。京都だったんだけどね、そんときは何故だか班行動じゃなくて、夢碧さんと美沙と行動してたんだ。それで、集合時間に近づいてきたときに、どうしても夢碧さんが買いたいものがあるから戻るって言いだしたわけ。そしたら美沙が、「夢碧さんの着物が汚れたら大変ですから、あたし行ってきます」って夢碧さんに言って、あっという間にどっかへ行っちゃったんだ。きっと、夢碧さんの着物のことで頭がいっぱいだったんだな。

ざわざわした中にポツンと二人残されてさ。心臓のバクバクが人ごみに紛れて安心したよ。夢碧さんをちょっと見たら、彼女もこっちを見ててね、本当どうしようかと思った。そしたらね、「尾長くん、写真一緒に撮らない?」って。断る理由なんか無かったさ。美沙は、最後まで俺と彼女を二人きりにしたことに気が付いていなかったと思うよ。

あとで夢碧さんがさ、その時撮った写真を印刷して、こっそりくれたんだ。もちろん、今も家の机の中にしまったままにしている。俺の勉強机についてる引き出しの、右の方。引き出しを引くとね、「これ以上開けたものは呪われる」って大きい付箋に書いて張ってあるんだよ。取られないようにね。俺はすごい発明したと思う。金をかけない画期的なセキュリティ対策さ。泥棒だって、怖くて開けないに違いないよ。

とにかく、その写真は大切な宝物であり、今一緒のクラスにいるってだけでも奇跡といっていいんだ。よって、この想いは墓場まで持っていく所存である。

「聞いてますかっ、尾長君」

「えっと、はい」

 危ない危ない、ついつい思考が違うところに遊びに行っちゃったぞ。

「もうすぐ夏休みも近いんですから、あと少し頑張りましょう。わかりましたか?」

 そうか、あと少しで夏休みなんだな。みんなそうだと思うけど、俺も例に漏れず休みは大好きだ。

夏はさ、熱いけどやることがいっぱいあるんだ。虫も沢山出てくるからな。僕は、いつも黄色い虫取り網を使ってるんだ。家の近くにある木は、カブトムシやクワガタがわんさか見られる木があってね。俺の中じゃ有難いスポットなんだ。 

で、俺は思い出したんだ。何って、今日寝た回数をさ。三回なんかじゃないってね。だから、宇佐美先生に、「先生、今日寝たのは三回目じゃありません、国語と算数を入れると五回目です」って言ったんだ。先生、ちょっとばかし耳が少し遠いんだろうな、「はい?」って耳をぴくぴくさせながら言うんだ。

だからもう一度、大きな声ではっきりこう言ったんだ。「今日寝るのは五回目です」ってね。

 

 

「そろそろ授業も終わりね。じゃあ一番後ろの席の人、宿題のノート回して」

 俺はさ、正直に申告したんだ。「三回じゃなくて五回でした」って。それなのにさ、先生ぷりぷり怒り出すんだよ。もうまいっちゃったよな。「嘘をつくのは良くないことだ」って、よく言うじゃんか。やっぱり大人はよくわからないよ。

チャイムの音を聞きながら、宿題のノートを取ろうと机に手を突っ込んだ。俺は血の気が引いたね。ぶるぶるしちまったさ。だって、今朝確認したはずなのにあるはずのノートに手が触れないんだよ。これはおかしいんだ。だって、今日という今日はちゃんと宿題をやってきたからバッチリだって、休み時間に思ったばっかりなんだ。昨日必死に日本の選挙制度についてまとめた記憶はあるからほんとだよ(全部教科書を写しただけだけど)。

ないはずなんてないと思ってね、一度目を瞑ってみたんだ。気を集中させてノートを見つけ出すために。ノートが机の中にいるのを、頭の中によーく想像しながらさ。それから右から左に机の中を手探ってみたけど、プリントがすごい音を立てて動き回るだけで、やっぱりなかったな。俺は休み時間に、宇佐美先生の授業を受けるキンチョーでトイレに行きたくなって席を空けたんだけど、多分その間に全ての出来事が起こったんだと思う。

これは、能力者による陰謀なんだと俺はわかっちゃったね。俺から心の安泰を奪おうという策略だよ。あいにく俺は、無くなった課題を出現させるような能力はない。

こうしている間に返却されているか、暗い机の中をバッグに着けていたミニ懐中電灯のストラップで照らしたんだけど、やっぱり無かったな。

俺は回ってきたノートをそのまま前の人に渡しながら、のろのろと先生のもとに向かった。どうしようか考えてたんだ。どうやってこの事実を伝えるのかをね。

「あのぉ~宇佐美先生」

 とりあえず俺は声を出してみた。言っている間に考えようと思ってさ。

「何かしら、尾長さん」

 先生が赤い眼鏡をくいっと持ち上げた。俺は両足を揃えて、かかとをちょっと浮かせてまた地面につけた。

俺はさ、何か大切な話をしなきゃならないときは必ずそうするんだ。

「え~と」

「何です?」

負けるんじゃない、この陰謀を世に出して明らかにしなければならない、俺は自分に言い聞かせた。

「の、のうりょく」

「のうりょく?」

 繰り返した先生の額に、薄く血管が浮かび上がっているように見えるのは気のせいだろうか。くいくいって、宇佐美先生が眼鏡のブリッジを上げる度に、俺のムースの如ききめ細かなメンタルがぽろぽろ崩れていく。誰か俺の穏やかなる日常を邪魔しようとしてるんだ。くいくいっ。の、能力者め。そうだ知ってるぞ、俺だけは知ってるんだからな。くいくい。いやでもな、先週も似たようなことあったけ? そういえば、先々週も先々先週もあったような? くいっ……

 

「あの先生、宿題忘れました」

 

宇佐美先生のガミガミ声をBGMに、俺は外で飛んでいる蝶々を見た。能力者による恐ろしい陰謀は、俺の心のうちに留めておけばいい。実際のところはさ、また家に宿題を忘れたのかもしれない。入れたつもりで机の上に置きっぱなしってやつだよ。まあいいのさ、そういうことは。

宇佐美先生、頭にくると頭に全部血が持ってかれちゃって、目の前の人間も目に入らなくなっちゃうんだ。ほんとはじっと先生を観察してても良かったんだけどね、その蝶が筑波山で飛んでいた蝶にすごく似てるもんだからさ。しかも二匹もいるんだ。俺は虫を見るのが好きなんだけど、あの時の蝶の名は、結局分からず仕舞いだったな。二匹ともひらひら~ひらひら~って楽しそうに見えてさ。昔ならお幸せにって思えたと思うんだけど、ラブラブだなこのやろーって思っちゃうんだよ。どうも自分が怒りのシャワーを浴びてるとさ、人の幸せを願う余裕がなくなるらしいんだよな。

何だか眠くなって目を閉じると、「こらっ」って宇佐美先生に怒られた。どうやら先生、ようやく正気に戻ったみたいだ。

 宇佐美先生から解放されると、また俺に脅威が近づいてきた。脅威って美沙のことさ。

「おーい尾長っ、尾長っ」

「うるせー」

 美沙は、手に小箱を抱えている。あん中にさ、絶対俺を攻撃する道具が入ってんだぜ。

 どう考えても美沙の声のトーンは、俺を馬鹿にしてる弾みようなのさ。目も福笑いみたいになってんだもの。今日は厄日だと確信したね。あるだろ? そういう日。いい日は面白いくらいに、次から次へといいことが舞い込んでくるんだけど、悪いときはそれの逆が起こるんだよ。俺はそういう日を「バッドデー」って呼んでるんだけど、美沙が来たらもう確定、グッバイマイハッピーライフ。

だから美沙の一言にゃびっくりしたね。「お土産あげる」ってさ。

俺、思わず「何だコイツ」って目で見上げちゃったんだ。いやだって、いつもならちゃかちゃか茶化すんだけど、今

日は一言も言ってこないんだもの。ゾゾっってしないわけがないね。

「なによ? なんか言ってほしい訳?」

口調に意地悪な雰囲気がのったから、「いやいや全然! 全く」ってぶんぶん手を振って、すかさず否定した。あいにく俺はマゾじゃないんでね。揶揄われないなら、その方がいいに決まってる。

「えっとあんたはね――」

 美沙が箱に手を突っ込んだ瞬間、俺はスペシウム光線を出す如く、手を構えた。ビームなんか出せないけど、早くガードしていた方がいいにこしたことはない。来るぞ、絶対来るぞ。

 美沙は片眉をくっと上げた後に、俺の垂直に構えた左手に何かを握らせようとしたので、俺は「うわっ」と変な声を出した。そのなんかが手を掠って机の上に落ちる。

「あれ、お菓子?」

 袋に入っていたのは、見た目は茶色のカステラみたいで、何やら歪な鳥みたいな形をしている。

「そうよ? お土産って言ってんじゃない。アンタなんだと思ったわけ」

「わー、お菓子だー」

 ここで余計なことを言って、せっかくのお菓子が回収されたらたまったもんじゃないからね。いい感じにリアクションをした。

「というかお前、どこ行ってきたの?」

 美沙が探ってくるような眼をしたけど、俺はさり気なーく目を逸らした。あいつの目を見てるとね、何だか見透かされたような気持ちになるんだよ。

「えっとね~浅草」

 美沙の興味を逸らせるなんて、俺は天才か。

「へー」

「あんたどこか分かってないでしょ?」

こいつ俺が物を知らない奴だと思い込んでるんだ。実に心外だな、こういうのは。

「そ、そんくらい知ってるよ、東京だろ?」

「なぁーんだ、知ってたんだぁー。ふーん」

言ってなかったけど、俺は結構東京にも詳しいんだぜ。まだ中一だけど、大学生になったら東京に住むって決めてるんだ。「尾長香、夢の上京計画」も水面下で進めている。俺は、高校は近くのとこに行くつもりなんだ。それまでは、田舎にいてもいいかなって。寂しいとかじゃないよ、決して。 

この計画には、毎日のように新たな情報が追加されている。今の予定としては、俺はお洒落な大学に通うつもりでいるんだ。なんとかっていうブランドを纏ってね。そんでかわいい彼女なんてできた日には、もう俺は完璧なシティーボーイだと思うんだな、うん。

やっぱりさ、大きくなっても虫は好きなままだと思うんだ。だから、虫について勉強できたらいいなと思う。

ムシパニっていうのかな? 巨大化した虫が町を支配するみたいな? そういうハリウッド映画なみのことが、俺が上京するまでに茨城で起きなければ、無事に大学のときには東京に行ってるはずさ。

 美沙がニヤニヤと顔を近づけてくる。俺の計画について熱く語ってやりたかったけどさ、どうも話が通じなさそうなんでね、やめた。

それに、美沙の力はゴリラなんだけど、目がぱっちりしててさ、顔だけはなかなかにいいんだよ、顔だけは。だから、あんまり近づかれるとどうも落ちつかなくてね。

「な、何だよ」

「べっつにぃ〜。じゃ、余ったらまたあげるね」

「えー、いっぱいあんだろ? どうせなら好きなの選ばせろよ」

「尾長の癖に生意気ね。いいのよ、あんたはヘンテコドリで」

「ケッ、けちんぼ」

言った後に、今の言い方は良くなかったなって思った。実に反省したよ。けちんぼっていうのはさ、いかにもこう、子どもっぽい言い方なんだな。

どうせ美沙はニヤニヤして見てるだろうから、腹いせにくしゃくしゃって袋を開けてやったね。デザインはヘンテコだったな。それが誰がどうやって見てもヘンテコなんだ。きっとさ、作った人は暗闇の中でデザイン案を描いたに違いないよ。それとも、別れた恋人の未練を引きずりながら、視界を涙でいっぱいにしながら描いたんだろうな。結局採用されちゃうんだから、世の中ってわからないよな。

けど味は美味かった。味まで外側につられてたらそりゃたまんないよ。生地の中にさ、こしあんが入っていて程よく甘いんだ。

俺はお菓子を食べるときには、中身に何があるかわかるようにかじるようにしてるんだ。中に何が入ってるのか確認すんのよ。これはさ、お母さんがよく味噌汁の具材とか調味料をよく当てさせようとするから癖になっちゃってんだよね。今回は隠し味に醤油が入っておりますなってね。だからさ、俺の舌は案外グルミーなのよ。これについては結構な自信があるね。お菓子の味は、なかなかにいいとこいってるんだけど、強いて言うなら、あと三倍くらい大きくてもいいってことだな。

そう講評しながら、美沙が夢碧さんの席に向かうのを眺めつつ、残りも口に放り込んだ。

「夢碧さん、これお土産ですー」

 俺と夢碧さんの席はそこまで離れていないから、会話は丸聞こえだ。夢碧さんは眠そうに目を擦りながら言った

むう、珍しい。夢碧さんも夜更かしするんだろうか。

「これなんてお菓子?」

「人形焼きです!」

夢碧さんの机の前にしゃがみ込むと、美沙はお菓子の箱を夢碧さんの机に乗せて、「どれがいいですか?」なんて言って、ニコニコした。

 夢碧さんが、「う~ん」と言って首を傾げながら悩んでいる。表情は見えないんだけど、すっごくかわいい顔してると思うよ。どんなポーズだって、ちっともかわいこちゃんぶってないように見えるのが不思議なんだ。

垂れた顔横の触覚みたいな髪を、夢碧さんは流れるような仕草で耳にかけた。

「ねえ美沙、ほんとに好きなの選んでいいの?」

「もっちろん、好きなだけどうぞ!」

ケッ、美沙のやつめ。俺との扱いの差よ。

「このトリみたいなのある? なんだかかわいい」

 これには驚いたね。ヘンテコドリデザイナーも失恋したかいがあったということだな。

俺は、絵だけは人とは違う感性を持ってるのは間違いないんだけど、このヘンテコドリの作者のセンスはよくわからなかったな。ほんとにね。なんで僕が特別な感性の持ち主だって知ったかっていうと、君もやったことあるかもしれないけど、授業中に教科書の隅っこにネコが走っているパラパラ漫画を描いたことがあるんだ。けど、見た人が誰も猫って気が付いてくれないんだよな。みんな「怪獣が町を破壊していく様のようだ」って口を揃えて言うんだ。ものすごく壮大な絵に見えちゃったんだな。

荒木田っていうちょっと面白いやつがいるんだけどさ、そいつは俺の傑作を見て、「絵は人の心を表すという」って言った後に、「フフッ、フフッ」って怪しい声で笑って満足そうに去ってたんだ。全く褒められてんのか全くもってよくわからなかったよね。

まあ俺が思うに、「ダイナミックにして繊細な感性の持ち主だ」って言いたいとこだろうな。最後の笑いは、あまりに自分の言葉が的確過ぎるあまり、少しナルシシズムに浸ったんだろね。

でも、夢碧さんがかわいいっていうんだからかわいいんだろうって、俺は思うことにした。

「あれ? トリさんみたいなのもう無い?」

「あ、ちょっと待っててくださいね」

 瞬きした時には美沙は目の前にいて、次には俺の机を両手で叩いたもんだから、おかげで無重力体験を宇宙に行かずに体験することとなった。

「尾長、さっきのチョーかわいい鳥返して」

 お前、さっきヘンテコっつってたじゃんかよ。と思って美沙を見上げたが、目がマジなもんだから、言葉を飲み込むという大人の対応をした。

「もうないよ」

「はぁ〜っ? 今すぐ吐き出して返せ」

 美沙に首を掴まれ立ち上がらされた俺は、「夢碧さんに謝らせちまっただろぉーが」とガクガク揺さぶられるという、窒息の窮地に立たされていた。

この圧倒的な力の差、人類とゴリラが戦ってるのが見られるのは、ここだけだぜ。

「そんなん無理に決まってんだろ?!」

残された酸素を何とか絞り出しながら、どうにか頑張って言い返した。

「あのごめんなさい。私、最後の一個だって知らなくて」

 夢碧さんが、こっちに向かって言ったかわいい声に頬が緩むのも束の間、

「いーんですよ、そんな事。全部コイツが悪いんで」

「はっ?! お前っ……、うっ」

首元の力がさらに強まった。やめるんだこの怪力ゴリラ、人の心を思い出せ! いや、ゴリラは人間じゃない。いや、元を辿ればご先祖様ってことになるんだろうか。あっといかんいかん、何を言ってんだ俺、しっかりするんだ俺。早く、早く酸素プリーッズ!

「私、この鈴の形にするね」

「夢碧さん、そんなので良いんですか?」

「うおっ!」

途端にゴリラの手から解放された俺は、硬い椅子に尻を衝

突させた。下降しますっつーアナウンスが欲しかったな、ほんとに。すっかりうるっうるの目になった美沙は、「本当に本当にいいんですか」と、夢碧さんに駆け寄って問いかけている。二重人格かお前は。俺は、首がしっかりとついているか確認するために首元を撫でた。良かった。人間結構頑丈にできてるもんだな。

「そりゃもちろん! 食べちゃったら見た目が違っても味は同じはずだもんね」

 ああ、なんていい子なんだろう。それに比べて……

「尾長お前、一度夢碧さんに謝っとけや〜」

「もう〜やめなさいってば、美沙。尾長くん、毎度毎度美沙がごめんないね」

振り向いて夢碧さんに謝らせてしまったもんだから、

「いやいやいやいや」と、咄嗟に手を振った。

天使だ。鼻の下を伸ばしていた俺に、いつの間にか顔がつくくらい美沙が近づいていて、ぬっとのけぞった。

「命拾いしたなぁ~尾長。ええ?」

 夢碧さんに聞こえないくらいの声量で囁くと、固まる俺にガンを飛ばしてから、美沙はコロッと表情を変えてお土産配りを再開した。こえーよ。お前、いつもそうだけど夢碧さん関わると、ほんとこえーよ。

一通り菓子配りが終わると、美沙は夢碧さんと夏休みにどこに行きたいかを話し始めた。ふむふむ。夢碧さんは、海に行きたいのだそうだ。って、何盗み聞きしてるんだ俺は。でもいいなー、海。俺も夢碧さんと海に行けたらなぁと、ないことも思ったりする。浜辺を走って追いかけっこなんてしちゃってさ。ふふん。

見計らったように美沙がこちらを一瞥する。それにすっかり縮み上がっちまって、俺はどうもまた便所に行きたくなってきた。チラリと時計を確認すると、まだ授業までに余裕があった。美沙と目を合わせないようにしながら、そそくさと廊下に出た。

 

 

「じゃあね~、イ・ノ・コ・リ」

「うるせぇっ」

 きゃーとわざとらしい声を上げて、美沙が教室から出ていく。教室には俺以外誰もいない。俺は、その後の授業もまたその後の授業も見事に居眠りを決め、宇佐美先生からごみ捨て大将に任命された。他の先生から聞いたに違いない。俺だって、不真面目を決め込もうと思ってやったんじゃないないんだ。不可抗力ってやつさ。目をかっぴらきながらノートをとっていたら、磁石のS極とN極みたいに机とおでこがくっついてんだもの。それに、給食の後ってのは無条件に眠くなるもんなんだよな。

掃除の時間もあったっていうのに、週末でゴミが多いところにこの役目を押し付けてくるとは、宇佐美先生はなかなかの策士であるとみた。このやろー、と気が済まないので悪態をついておく。週末に近づくほど、なんだかみんなの気も緩んで、ごみの捨て方も雑なんだよな。自分ちのゴミなら平気なんだけど、どーも学校となると抵抗がある。

どうやったら嫌じゃなくなるかなって考えてたら、突然俺は足を動かしたくなった。足を動かすってのは、ダンスのことさ。俺は時々、急にダンスを踊りたくなっちゃうことがあるんだ。社交ダンスでパートナーがいるのを想像してね、手をぐっと上げてから女の人の手を取って、腰にそっと手を回す。

これは、おじいちゃんに教えてもらったんだ。おじいちゃんは昔会社の社交ダンスサークルに入ってて、県大会でも優勝したことがあるっていう実力の持ち主なんだ。今でも、東京のダンスホールに時々踊りに行くんだって。

俺も、遊びに行ったときにワルツを教えてもらったんだけど、全然覚えられなくってさ。だからでたらめなんだ。でもなかなか楽しいもんだよ、でたらめダンスでもね。

「さあ、華々しく社交界デビューを決めた尾長香さんです」

アナウンスする人がいないからさ、俺がやるんだ。すっかりビニールの口を縛って出来上がったゴミ袋を両手に持つと、俺は一人舞踏会を始めた。教室をダンスホールに見立ててタップを踏む。

「どうして~僕は~こんな目ぇに~ルルルル~」

思うがままに、教室を右から左へとクルクル回る。

「リズムに乗って~ワン、トゥーサンッ、僕は踊るよ~机の間をぬって」

ハサミ歩きのように華麗な足さばきをしながら、今度は教室を後ろから前に、くるくるくるくる。

「みんな~の注目の的さぁ~、さあ一緒に踊ろうよ……」

「それなんて踊り?」

 なんてこったい。両手からゴミ袋がポテッと落ちた。教室のドアの前に立っていたのは俺の意中の相手、夢碧さんだったのだ。

「ゴ、ゴミのワルツ……」

 自分でも何言ってるかわかんない。ダンス上手だね、とかなんとか言われたかもしれないが、それどころじゃない。「尾長くん、すんごい驚いた顔してる」

夢緑さんがクスクス笑いながら、植木鉢を持って教室に入ってきた。

「ゆ、ゆ、夢碧さん、これはその」

と、俺はすかさずゴミ袋を拾い上げて、ズサササっと後ずさった。

「あっ私ね、緑化委員なの。週末だし最近熱くなってきたでしょ? だから、たっぷりお水あげとこうと思って」

「へ、へぇーそうなんだ」

 夢碧さんは特に俺の奇行について追及する気はないらしく、鼻歌を歌い出した。何も聞かれないのはありがたいんだけど、さっきまで適当に歌ってた「ゴミのワルツ」を早速歌ってるもんだから、気恥ずかしくて仕方ないだ。

とんでもなく恥ずかしくはあるんだけど、夢碧さんと教室で二人っきりっていうのは素直に嬉しい。要、いろんな意味で俺の心臓はバックバクだ。

「ねぇ、尾長くん」

「は、はい。なんでしょう」

 ちくしょー、何て情けない返事なんだ。

 夢碧さんは、ミニひまわりの鉢をベランダに置くと、俺の方に振り向いた。振り向き様に、サラッと髪の毛も揺れる。

「尾長くんは、好きな人いる?」

「えっ、ど、どうしてそんなこと?」

 ほ、本人の前で言えるわけがないだろー!。

「う~ん尾長くんいるのかな~と思って」

夢碧さんのまん丸で少し緑がかった綺麗な目が俺を見ている。

「夢碧さんこそ、す、好きな人いるの?」

とうとう聞いてしまったー。怖いけど、やっぱり気になる。世にも奇妙な物語がやるって時期に、怖いけどちょっとみたいっていう、怖いもの見たさとこれは似てる気がすんだな。

「うん、いるよ」

俺はメデゥーサに見つめられた人みたいに固まって、

「ふ、ふ~ん。そう、なんだ」

 とかなんとか声を絞り出した。

いるよ……いるよ……いるよ……。悲しきリフレイン。

ああー神様―。尾長香ただいま十二歳、失恋。

「そのー、聞いてもいいかな? 夢碧さんの好きな人」

 こうなったらとことん落ち込んでやるって俺は思ったんだな。例えばさ、冷蔵庫に入れておいたプリンが食べられてたとするじゃんか。そうするとさ、もちろん勝手に食べられたことに腹を立てるわけだ。母さんはさ、もう賞味期限が近いのにいつまでも食べないから、いらないと思ったって言うんだな。でもそれは違うのさ。全くもってね。プリンを食べるタイミングっていうのが、俺の中にはちゃんとあるんだよ。プリンはプリンの方で、今食べごろですーっていうのをある瞬間発し始めるわけよ。それが必ず買ってきた日に起こるわけではないんだな。なんでわからないかな。

とにかくだ、ぶっちゃけプリンは買ってくればまた食べられるわけだけど、その時はしばらく憂鬱に浸っていたいんだ。そうするとさ、しばらく上手くいかないのも他人のせいにできるんだな。だから、俺はいっそのこと夢碧さんのハートをかっさらった野郎を聞き出して、とことん今後の不幸をそいつのせいにしてやろうって思ったんだ。

「うん。じゃあ、思い切って言うね」

 夢碧さんが顔を伏せると、ふわっと風にカーテンが揺れ、一瞬彼女の体を包み込む。夢碧さんの動きが、全てスローモーションに見えた。小さな口が、ゆっくりとソイツの名前を刻む。

「……くんなの」

だけどあんまり魅入ちゃってたもんでね、全然聞き取れなかったのさ。だから、「え、誰だって?」と聞き返したのね。

 彼女はもじもじと手をすり合わせると、「尾長、くんなの」ともう一度言った。

なるほどなるほど、そいつが夢碧さんの……ん?

「えぇえええええー! 俺?!」

 夢碧さんはこくんと頷いた。な、なんてこったい。俺は、自分を指さしたまま、あんぐり口を開けて固まった。

「あの、尾長くんは私のこと、どう思ってますか?」

 俺の頭からシューシュー蒸気が噴き出し始めたのがわかった。容量オーバーってやつだ。嬉しいというより、俺はもう蒸発寸前だったね。だってどう思うよ。ずうっと好きだと思ってた女の子から告白されちゃったんだぞ。学校中のアイドルなんだぞ。「どう思ってる?」だなんて上目遣いで見られちゃった日には君、ねぇ。

「ええっと、ええっと、俺も、夢碧さんのことが好きです、はい!」

「ほ、ほんと?」

 少し不安そうに見つめてくる夢碧さんの破壊力、効果はバツグンだ! 言葉にならなくて、俺はヘッドバンキングのごとく首を縦に振りまくった。

「良かった~」

 ぱあっと夢碧さんは笑った。かわいすぎる。嬉しいのを通り越して、俺はじーんとしちゃったね。

「尾長くん……」

「夢碧さん……」

 俺たちは吸い寄せられるように、夢見心地で数秒間見つめあった。こんな奇跡が起きたからには、ここで男を決めなければなるまい。夢碧さんを抱きしめたい! そんな感情が、もりもりと沸き上がった。

「夢碧さんっ」
 俺は、彼女に近づいた。桜色をした唇との距離が縮まって、夢碧さんに心臓の音が聞こえてくるんじゃないかってくらい俺はドキドキした。スッと大きく息を吸ったとき——
「探しましたよ」
 ギョッとしたのと同時に、俺は目を疑った。足音も気配だって何もしなかったってのに、真横に黒いスーツを着た、クリームっぽい髪色の男が立っていたんだ。
「だ、誰ですか」
 あまりにびっくりしちゃって、そう言うのが精一杯だった。入学してからこの方、一度だって見たことがない。
一瞬だけこちらを見たクリーム男は、じっと夢碧さんを見つめた。
 夢碧さんは口を堅く結び、首を横にフルフル振って後ずさった。夢碧さんが危ない。口元にきゅっと力を入れ、俺は夢碧さんを庇うように、前に立って手を広げた。
 男は何も言わないから、それが余計に怖かった。冷たい視線が俺を突き刺すように感じたけど、何とかその場に踏みとどまって睨み返す。けれども、クリーム男が手を伸ばしてくると、俺はやっぱり耐え切れなくなってぎゅっと目を瞑った。
 
ガチャァアアアアアアン!!
 
「きゃあっ」
 急に聞こえたガラスが割れる凄まじい音に、とっさに手で顔を覆った。
「だぁああああ! してるんですかタタンッ」
 伺うように指の間から状況を確認すると、足元近くまで窓ガラスが床に散乱していた。
「えっ背中っ、オレの新調したばかりのスーツがっ、スーツがっ、うぉおおおおおおっ」
 クリーム男が上着を脱ぐと、残念ながらスーツがびりびりになっていた。なむさん。取り乱す男をよそに、のんびりした調子で同じようにスーツを着た、タタンと呼ばれた男が教室に入ってきた。さらさらしていて、アクアマリンのような髪色をしている。
「あーすいませんサド、やっちゃいました……」
なんて言いながら、タタンって人はぽりぽり頭を掻いた。その頭の上には、ケーキの上の飾りチョコよろしく、ガラスの破片が突き刺さっている。サドは、完全に俺たちを放ってタタンに詰め寄った。
「なーにがやっちゃいました、ですか。それと、サドと名前で呼ばないでくださいと何度も、言ってるじゃないですか」
「あーそっか」
「わざわざ閉まったところから入った理由は?」
「ん~そこに窓があったから」
「……見てくださいこの様を!いったいこれがいくらしたと思ってるんです?」
タタンって男は、上から下に一通り見ると、「2000円くらいですか?」と答えた。スーツの値段とかはよくわからないけど、俺だってもう少し高く答えるような気がするな。
「どういう金銭感覚してんだよ。……思わず口調が乱れました、失礼」
と言ってサドが咳払いをした。
「というかですね中佐」
とタタンが続ける。中佐ってまるで軍隊みたいだけど、いったい彼らは何者なんだろう? 名前だって、外国の人みたいだ。けど、何者だとしても彼らが危険な人物っていうことだけはわかった。
俺は、その場を下手に動けないでいた。実際圧倒されてしまって、上手く場を切り抜ける方法が考えられなかったんだ。
「あー、あーあーあーなんです?」
 相も変わらずゆったりとしたペースで話すタタンに、サドは何度も「あ」を連呼して、ガラが悪い声を紳士っぽい感じに調整していた。電話に出るとき、普通に話すよりも僕の声がワントーン高くなっちゃうみたいな感じのやつ。それの逆バージョンだ。
「もとはといえば、中佐の合図がちょっと変なんです」
「なにっ? 君は私のせいだと言いたいんですか?」
 そのときタタンが、「なんかムズムズすると思ったー」と言いながら、頭の頂点に刺さったガラスをスポッと抜いたんだ。これには俺もギョッとしちゃったね。頭からぴゅーって血が出てんのに、気付きもしないんだもの。
サドもこれにはさすがに肝を抜かしたらしく、「全くこれだから」とか何とか言って、ポケットから包帯を取り出した。器用とは程遠い応急手当てを施し終わるころには、タタンはすっかりエジプトのミイラと化した。
「だって本当におかしいです。3、2、ゴーが正式なんですよ?」
 包帯の隙間から、タタンはもごもご声を出した。
「普通は、321なんです。心の中でゴーは言ってください」
「声に出しちゃだめですか?」
「ダメです!」
 サドは、包帯ぐるぐる巻きの包帯の先っちょを、さらにきつく引っ張った。
「イタイですイタイッ、暴力反対!」
「ちょっと静かに」
「イテッ、ま、まただ。そういうのをね、こっちではパワハラっていうんだ! も~う隊長にいいつけてやるっ」
「勝手にしなさい!」
「ひどい、サドのいじわるっ」
「だ、か、ら、名前で呼ばないでください」
「じゃあ、中…」
「階級もやめてください。アイツの下の階級だということを、しみじみ痛感する。そもそも中佐などという役職、このオレには合わん。あのくそ野郎め、今にこのオレが引きずりおろしてくれるわ。ワァッハッハー」
「さっちゃん素が隠しきれてないよ恐いよ~。でもまあいいじゃないですか、役職名あるだけで」
「さっちゃん言うなっ。そして頭を撫でるなセットが乱れる」
「イテててっ。も~う本当に大佐に言いつけてやる、叱られてしまえっ」
「できるもんならやってみなさい!」
「あ~んもう転職だっ、すぐに退職してやるんだからぁ」
 勝手に始まった言い争いは、終わりを見せない。ぽつんと切り離されていた世界で、俺はあっけにとられて彼らを見ていた。
「尾長くん」
ちょんちょんと夢碧さんに腕を引かれてようやく我に返れたんだ。見ると、夢碧さんはいつにもまして真っ白な顔をしていた。
「逃げよう、夢碧さん」
 なんであれ、こいつらが普通でないのは確かだ。夢碧さんを探してたみたいだけど、そんなのはどうでもいい。とにかく今は逃げるんだ。
 俺は、夢碧さんの手を掴むと、一気に教室から飛び出した。校庭を突っ切り野球部員たちが練習している脇をひた走る。「わっ、なんだ?!」というサードの選手のわきを抜けると、続け様に野郎どもの悲痛な叫びが聞こえた。
「夢碧さんが拐われた!」「あいつ、気安く手を握ってやがるぞ」「俺たちの夢碧さんが……!」
 校庭の端々から、雄叫びと共に抜群のコントロールで俺に飛んでくる。物凄いスピードなんだよこれが。この調子なら、今年は全国制覇できるに違いないって、俺は確信したね。
「おりゃぁあああっ!」
涙と汗に塗れた流れ弾が、俺の頭上を通過していった。入学してからもう夢碧さんの魅力は学校中に知れ渡ってるんだ。
みなさん、夢碧さんと手を繋いで、いや、繋がせていただいております。歓喜余る想いであります。見よ、両思いだぞーと本来なら腕を高らかに上げたいところだったけど、優越感に浸る間もなかった。身の危険を感じたもんでね。
 裏門から外に飛び出してすかさず後ろを振り向くと、誰も追いかけて来てはいなかった。ほっと息を付いたけど、夢碧さんの不安そうな目はまだそのままだ。握った手のひらがやけに冷たい。
「こっちにいこう」
 俺たちは、そのまま路地に入ってから急停車した。
「ん?!」
いや、実際そうせざるを得なかったんだよ。道を塞ぐように横一面に、学校で使っているような机が並べられててね。その奥にもバリケードみたいに、椅子を積み重ねたのがいくつか作ってあるんだ。横一面に並べられた机上の真ん中には、小さなお婆さんがちょこんと座ってて、それがすっごいんだ。紫っぽいフード付きのマントみたいな、いかにも占い師という格好をしているんだけど、背が小さすぎて逆に服に着られている感じ。お婆さんは、笑点に出てくるような紫の座布団を下に五、六枚は敷いていて、おまけに姿勢がピザの斜塔みたいに斜めってるんだ。
 うちのばあちゃんは背中が丸まってるけどね。こういうタイプは始めてだ。きっと斜めになりながら作業してたんだと思うよ。膝の上には、バスケットボールくらいの水晶玉が乗っかってて、そのうち水晶に潰されて、地面にめり込まないかなって心配だった。あまりにも静かで、だんだんとお婆さんが神聖な感じに思えてきたもんで、俺たちは静かに一礼した。でもお婆さんは、目を閉じて人形のように微動だにしない。
 俺は、斜めったまま人形みたいに動かないお婆さんを見上げて言った。
「あの~すいません、そこをどいてもらっても良いですか?」
 反応なし。
「俺たちちょっと今急いでるんです」
 と……、
「あほーにゃららーー」
「うわっ」
 とつぜん、お婆さんが声を上げて、斜めった体がゆでる前のスパゲッティみたいにピンと伸びた。どっちしろ斜めってるんだけどね。すると何処からか、ヒュ~ロロロと笛の音が聞こえてきた。それに続くかのように、太鼓やお祭りで聞くときの鐘の音があっという間に合わさって、思わず体を動かしたくなってしまうような拍子の曲が始まった。
俺はさ、スーパーとかでその店のテーマソングとかかかってると、ついついダンスしちゃうんだよ。ほんとうについついなんだ。現に足が動き出したよ。
「あほーにゃららーー、あほーにゃららーー」
 お婆さんのちんちくりんな言葉と一緒に、バリケードのあちこちから、鉢巻と法被を着た人が沢山出てきた。肩から太鼓を掛けて叩く人、横笛を吹く人、扇子をひらひらさせる人、提灯をもってリズムをとる人。みんなそれぞれの役割を持っててだな、掛け声も賑やかなんだ。
「あほーにゃららーー、あほーにゃららーー」
「ほっ」
お婆さんの口が、梅干しを食べたときみたいにモスモス動く。曲に合わせて体と一緒に左右に腕をくにゃんくにゃん動かすんだけど、これがまた物凄く絶妙な具合に外れているんだな。何人かがおばあさんを神輿みたいの上に移動させた。  
太鼓の演奏が、ズーンズーンと胸に響く。思わずヨーヨーすくいがないか探しちゃったけどそんなのなかったね。水玉とか白い線が描かれたカラフルなあの丸いのを見ると、お祭りだって俺は思うんだ。お祭り騒ぎで逃げなきゃいけないことを忘れそうになっていると……。
「見えますじゃー、見えますじゃー、二人の未来が見えますじゃ」

どんどこどんどこ!
 
 お祭り気分で、法被の人たちのほっ、ほっという謎の掛け声に合わせ、お婆さんは歌い出して、懐から扇を取り出してこちらを指した。夢碧さんと顔を見合わせる。
お婆さんは、今度はくるりくるりと大袈裟に水晶の上で手を動かし始めた。その割には焦点は水晶にあってないんだなこれが。めためたにうさんくさいんだ。
法被の人たちが神輿を上下に持ち上げて、お婆さんをリズムに合わせて空へと高くあげる。
「あほーにゃららーー、あほーにゃららーー」
 どどんどどんどどん!
さらに黒子が姿を現した。神輿の周りを、木の棒の先に紙で作った海の生き物をつけたのを持って回る。スイミーみたいな大群が泳いでるみたいで、これが結構きれいなんだ。想像してみてよ。アジ、たこ、イルカ、トウモロコシ。ん?マンボウ、クラゲ、カクレクマノミ、トウモロコシ……。
かなりお腹が空くラインナップだったな。魚の動きに合わせて、お婆さんを乗せた神輿も回りだした。すると、
「カッ!」
 と占いお婆さんは目を見開き、両腕を水平に広げてからパチンと両手を合わせた。神輿も正面で止まる。
「おぬしら、先々に数々待ち受ける困難あり」
続いてどどん! と太鼓が鳴り、俺と夢碧さんはまた顔を見合わせた。
「先ずは『とどのつまり』に行くべし」
婆さんはババッと扇を広げた。
 
どどどん!
 
「……はぃ?」
またまた俺たちは顔を見合わせた。だって『とどのつまり』だよ? これは知らないうちに町の仲間入りをしてたバーのことなんだ。場所もへんちくりんな場所にあって、周りにお店も家もないような町から外れた位置にあるから通りかかる機会もないんだ。俺は虫取りに行く途中に一度だけ通りかかったことがあるけど、誰かがお店を利用している様子なんて微塵も無かった。そのときは霧がかかっちゃってさ、へンゼルとグレーテルに出てくるようなお菓子の家みたいに、怪しさを放ってたね。
聞いた話では、マスターは相当な変わり者らしいし、おまけに負の大魔神と呼ばれるお得意様が居座っているようなんだ。その負の大魔神の波動を受けた者は、あまりのマイナスオーラに次の日に富士の樹海行きを検討するって話さ。
そんな人がいる場所に俺たちを行かせるっていうのは、怪しいと思うんだよな。俺は夢碧さんを守んなきゃいけないから、危険な場所に連れて行きたくないし。
「その、とても言いにくいんですが、かなり嘘くさいです」
 俺の一言に、黒子たちがポーズを決めたままカチリと固まった。やっとこさで目をパチクリさせたお婆さんは、モスモスと口を動かした。
「お主……」
「なっ、なんですか?」
扇をぴしゃっと閉じて鋭く俺に向けてきたものだから、背がすっと伸びた。ネコのように婆さんはスッと目を細めて、俺を見つめてくる。俺は、レントゲン検査みたいに、内部まで見られてしまったみたいな気がした。
「おムースのように繊細なメンタルはどうにかしたいところですな」
「えっ、なんですって!」
 おムースなメンタルっていうのは俺の唯一の短所なんだ。俺の勘が当たっちまった。本当に丸裸にされるとは。びっくりするかもしれないけどね、俺は結構物事に敏感で、いわゆる繊細さんってやつなんだ。黙ってたけどね、とりわけ好きな女の子にはそうなんだ。だから夢碧さんに弱い男に思われないか、心配で心配でたまんないわけよ。一人称だってね、「僕」の方がこうなんていうか、すっと入ってくるんだよ?   
ほんとは。でも普段から「俺」って言うように心掛けてるし、夢碧さんには絶対バレてはいない。必死になってる時にはついつい戻っちゃったりするんだけどね。こればっかりは死守しなけばならないんだ。
 こんな重大な秘密を一瞬で見破るとは、このお婆さんは一体何者なんだっ。
「ほっ!」
 
どどん!
 
「お主の気持ちがびっしびっしと伝わってくるわ。好きな乙女に告白もできずに逆プロポーズされてしまったじゃー」
「ぎくっ」
 
どどん!
 
「その上初めてのキッスもできないとは、なんと俺は情けないんじゃー」
 
どどん!
 
「ちょっと、それ本人の前で言わないでくださいって……、あ」
「尾長くん……」
「表では俺ヨユーだぜという顔をしながら、乙女と目が合う度、トランポリンで跳ねるみたいに心臓バックバクじゃ〜」
 
どどどん!
 
「夢碧さん何も言わないでこっちを見ないでお願いだから」
 本物だ、本物だよこのお婆さん。的中し過ぎて俺は返す言葉もない。男が廃るだろ、ぐすん。
「ほっ!」
「うるさいぞ!」
 我慢がならなくなって、外野の黒子に俺は叫んだ。
「『とどのつまり』でうぬらは真実を知るのじゃ」
 
どどどん!
 
 これ以上、夢碧さんに俺のバレてはいけない部分を暴露されたらたまったもんじゃない。さらに何かを言おうとするお婆さんに被せて俺は言った。
「わかりました、わかりましたって! 俺たち行きます、その『とどのつまり』に」
 
パッパカパカパカパー
 
 おもちゃみたいなトランペットが鳴り響くと、続けざまに太鼓の音が後押しするように響き渡る。それに合わせて掲げられた旗に、俺はあんぐりと口を開けた。
『パフォーマンス代、一万五千円』
 
「んじゃ、はい」
今までのキレッキレだったお婆さんが、急に生気をなくしたように皺だらけの片手を差し出してきた。
「なんじゃそりゃ?!」
 これには驚いちゃったね。一万だなんて額持ってないもの。急いで飛び出してきたもんだから、そもそもお金は今持ってないんだ。けど、お婆さんにはなにかしらの対価ってものは払わなきゃいけないと思ったんだよね。本物ってやつをこの目に見せつけられちまったからさ。
だから俺は、ポケットに手を突っ込んだ。シャカっと手に何か当たったので、そのままお婆さんに差し出す。
「これで勘弁してください」
 シーンと全てが静まり返った。
「へ……」
 お婆さんの口がモスッと動いた。オレが渡したのは、今朝美沙から貰った菓子の袋だ。どうやら、そのままズボンに入れていたらしい。お婆さんが両手で菓子の袋を受けもったままフリーズし、周りの黒子たちも、変なポーズのまま固まっている。立派な請求旗だけが、バタバタ音を立てていた。
「えーと行こう、夢碧さん」
これは気持ちってやつだからいいんだよ、これで。
「うん」
 ここは一本道だから、もたもたしていたらすぐに追いつかれてしまうだろうしね。一向に占いパフォーマーたちが退きそうにないから、俺たちはここから退却することにした。一応汚しちゃだめだと思って、膝をつきながら机を上った。大掃除の時とかも上履きは脱ぐし、土足で上がるもんじゃないって思ったんだ。夢碧さんが机から降りる時に手を差し出して、夢碧さんが地面に降りると再び走り出した。
「待てー」という声が聞こえた気がしたが、俺たちはそのまま振り向かずに『とどのつまり』を目指した。


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