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つぎはどこへ

 
 その街の何に愛着を覚えるかは、人それぞれだ。

 今住んでいる市はとにかくお金持ちが多いイメージで有名だが、もちろん私は富裕層だからここにいる訳ではない。今借りている部屋に一目惚れして、それがたまたまこの市にあっただけのことだ。

 この市は色々な顔を持っている。お年寄りが多かったり、外車ばかりだったり、雑草が生え放題の空き地が点々とあったり、山側と海側で雰囲気がまったく違ったり、駐車マナーが極悪だったりと、小さい市なのに色々な要素がミルフィーユのように重なり合っていて、面白いなあと思って眺めている。

 しかし仮にこの地を離れることになったとして、恐らく淋しく感じるのは、例えば近所の酒屋さんに行けなくなることだと思う。

 その酒屋さんの一人娘と思われるアカネちゃんだが、てっきり親元で仕事を手伝っている大学生くらいに思っていたところ、つい最近どうもお腹が大きいんじゃないかということに気付いた。口数は少ないけどとても感じのいい子だなと、いつも奥さんと話していたので、もしそうだとしたらとても嬉しい。

 「これはいよいよ、お酒を買いに行った方がいいんじゃないかな」
 「なんでそうなるわけ?」
 「いやいや、自分で飲むやつを買いに行くだけだよ」
 「なあんだ」
 「日本酒買って『おめでとうございます』なんて渡すわけないやろ!」

 こういう話ができなくなるのはきっと淋しく感じるだろう。つまりこんな私でも、一応この市に少しは愛着があるということだと思う。

 じゃあ次に住むならどんなところがいいのか。この前ふらっと見に行ってみたところは、海が近く比較的古い家並みが残る場所で、その曲がりくねった道が不思議な陰影を作り出している街だった。

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 路地を曲がると結構な割合で野良猫に出くわす。みんな耳に切り欠きがあり、こちらが佇んでいると近くに寄ってきたりする。恐らく地域猫として世話をされているのだと思う。

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 古い豆腐屋さんが今でも営業している。この日はご主人が店の奥で、小学生のしめ縄教室で使う縄を結っていた。絹あげを買ったら何故かうすあげやがんもをぽんぽんとおまけしてくれたのは、奥さんの人間力の賜物だ。

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 つぶあんぱんをアンパンマンがおすすめしてくれるのはご愛敬。しかしこのパン屋さんはとても狭い。

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 海沿いの狭い土地に折り重なるように家々が建ち並び、その間を細い道が不規則にめぐっている。ここも点々と空き地があるのは、今住んでいる市のように地価が高過ぎて買い手がつかないのではなく、条件が悪く使い道がないのだと思う。

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 この季節になってもまだ、セミの抜け殻が葉っぱの裏に残っていた。

 何故だかよくわからないが、この街は今の気分にしっくりと馴染むところだった。こんな感じでしばらくの間、デラシネの2人が何かに愛着を感じて過ごせそうな場所を、あちこち探すつもりでいる。

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