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本に愛される人になりたい(80) マーク・トウェイン「トムソーヤーの冒険」

 本作の原書を初めて読んだのは中学二年生の夏。京都の丸善でペンギン・ブックスを購入したのを覚えています。翻訳は小学校のころに読んでいたので、おおよそのストーリーは頭に入っていましたが、英和辞典片手に英語での原書の「トム・ソーヤーの世界」に入ってゆくと、翻訳では分からなかった細かな人間描写が見えてきて、楽しく読み終わったと記憶しています。
 勉強嫌いで、いつもいたずらを考え、何でもサボろうと知恵を働かせ、伯母さんのポリーにいつも叱られているトム・ソーヤーは魅力たっぷりな主人公で、私はあこがれていました。そして、彼の親友ハックルベリー・フィン。「宿無しハック」と呼ばれるハックもまた魅力的な少年でした。
 家出してミシシッピー川をイカダで下って海賊ごっこをやったり、真夜中の墓場でインジャン・ジョーの殺人事件に出会したり…。
 この小説の冒頭で著者のマーク・トウェインが語る…「この本に書かれている冒険は、その大部分が、本当に起こったもの」だと信じた私は、トム・ソーヤーの冒険をとってもリアルなものだと感じていました。十代始めの私の想像力はまだ幼さを纏っていたようです。ミズーリ州のセント・ピーターズバーグというミシシッピー川流域の架空の町が舞台ですが、この小説のストーリーに入りこんでいた私は、その架空の町に漂う臭いまで嗅いでいたようです。
 家と学校を往復する日常という狭い世界観で生きていた中学二年生の私にとり、遥か遠いミシシッピー川流域の町に住み、闊達に生きるトム・ソーヤーの姿は憧れで、やがて自我の芽生えとともに自分の世界観も広げたいと考え始めるきっかけの一つになったと思います。
 大学生になり、「トム・ソーヤーの冒険」を読んでいたことなど忘れていましたが、ある日、英文科の知り合いからマーク・トウェインの「金ぴか時代」や「ハワイ通信」などを紹介してもらう機会があり、私は再びマーク・トウェインのファンになりました。
 そして今も、ふと「トム・ソーヤーの冒険」を読み返しては、狭い世界観で燻っていた私の若き自我の芽生えのころを思い出しますが、その感覚は昔話などではありません。日常生活を営んでいると、世界観というものはどんどん狭くなり干からびていきます。絶えず、自分が抱えている世界観に疑問を抱き、そしてより広くより深く世界観を求めていくのは、これからも続く永遠のテーマです。中嶋雷太

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