私の美(34)「雪の中の駅舎」
映画『鉄道員(ぽっぽや)』を劇場で観る随分前から、雪の中の駅舎というイメージに惹かれていました。映画かテレビで観ていたのかもしれませんが、大雪積もる最果ての北国の小さな駅舎に、憧れのようなものをずっと抱いていました。
生まれ育った京都市内や、社会人になって住んでいる東京都内では、ひと冬ずっと雪に覆われることなどなく、雪がチラリと舞ったり、降り積もったとしても翌日にはシャーベット状に溶け出すので、憧れは憧れのまま遠い異国の夢物語のような感覚でいました。
大晦日の夜の各地の中継映像などでは、雪が深々と降る中を、参拝客が鳥居をくぐり初詣に行く姿を捉えたりしていましたが、私の窓の外は、寒風だけが吹く街が眠っているだけでした。
写真は、真冬二月の津軽鉄道のある駅舎です。一度は真冬に津軽平野を訪れたいと願っていたところ、ようやく時間がとれ、数年前に訪ねることができました。津軽鉄道といえばストーブ鉄道で、それを楽しみに集まった観光客の一人でしたが、まだ時間があったのでその輪から外れ駅舎をぶらぶらしていると、電車を見送る駅員さんの姿がありました。
ホテルのある青森市内から津軽中里駅、そして終点の津軽五所川原駅まで、大雪に見慣れるとその風景が日常感覚に宿ってきます。雪国の日々の暮らしの厳しさなど知らぬ観光客なのに、良い気なものなのです。雪道に少し慣れ、氷点下の空気にも慣れ、ダウンコートにスノーブーツで身体を温めながら、雪の中の駅舎に佇んでみると、昔から抱いていた憧れがひしひしと蘇ってきました。雪が降る、みしりみしりという音に囲まれ、長靴姿の駅員さんの後ろ姿を見ていると、その憧れがとても近しいものになっている私がいました。
今もなお、あの雪の中の駅舎は、機関車の煙の香りとともに、私の記憶にしっかり息づいています。中嶋雷太
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