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本に愛される人になりたい(81) 塩野七生「イタリア遣聞」

 イタリアの歴史にまったく興味のない方も多いかと思いますが、塩野七生さんという作家の名前を聞いたことはあると思います。『チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷』、『海の都の物語』や『ローマ人の物語』…等々、本屋さんの新刊本コーナーで平積みになっているのを目にしたことはあるはずです。私は学生時代から数十年経った今まで、塩野七生さんの作品が好きでその主な本は読んできたのですが、『イタリア遣聞』はそのなかでも、気軽に読めるエッセイ集で、彼女の軽妙洒脱な世界観を楽しめます。
 古代ローマ史の本は数々出版されているものの、それらが学術的には精緻だとしても、その歴史を語る語り口からその当時の人々の生活感がまったく見えてこないのが大半なので、塩野七生さんの語り口からは人の姿が手に取るように見えてきます。まして『イタリア遣聞』というエッセイはその生活感を楽しめる作品です。
 アドリア海-つまり長靴形のイタリア半島の東側にある海-の北の根本あたりにあるヴェネチアという歴史的な都市ひとつをとっても、そこに生きていたヴェネチア人たちの日常感覚が見えてくるようで、東にはアジアに繋がる世界、西には地中海、北にはヨーロッパ、そして南にはアラブやアフリカに囲まれていたヴェネチア人の世界観の一端を感じとれます。
 第一話の「ゴンドラの話」では、何故ゴンドラは黒い色をしているのかというテーマから始まり、155の島と177の運河のヴェネチアという街で生きる人々、そして歴史は11世紀に立ち返り、何故黒色になったかを解いていかれます。
 地球儀という全球のあらゆる町や村には、その場所で生きる生活感がありますが、『イタリア遣聞』のページをパラパラとめくりながら、私は、私が日常生活を営む湘南・片瀬海岸から、アドリア海の根元にあるヴェネチア人の生活感に身を置き楽しんでいるのです。中嶋雷太

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